第十三話 最悪の妖術師の最優の妖術師

「助けていただいた上にこうして身体を休ませてくれるとは…感謝する」


「ん?別に構わない。打算的思惑があろうとなかろうと、俺の弟子を守ったことは事実だからな。雑に扱うわけにはいかんだろう」


「それでも…だ。貴方はお弟子さんとの修行の時間、削っているのではないですか?」


「あーいや、座学させてるから問題ないな。俺は今、あんたに色々聞きたいことがあってここにいるわけでな。お前、誰だ?個人で働く陰陽師にしてはあまりに強すぎる。それほどまでに強ければどっかしらの家から声がかかるだろうからな」


「…わかっていましたか。そうですよ、私は正規の陰陽師ではありません。それどころか…陰陽師でもない」


「妖術師…だな?」


「そうなります。どうします?今ここで始末しますか?」


「するわけないだろうが。俺は妖術師を殺す必要があるとは思ってないからな」


そういう月夜の脳裏には、人と魔族に手と手を取り合わせるために奮闘した、魔族の顔が浮かび上がった。彼は今、どうしているのだろうか。


「妖術師に偏見等はないのですね…安心しました。名乗り遅れましたね。私は縁妖えんみょうふるいと申します。フードの男…縁妖凪勿なぎなとは血縁関係にあります」


「なるほど…血縁関係とは、具体的にどのような関係で?」


「凪勿は私の叔父に当たります。我が父の弟です」


「そう…ですか。では、篩さん、及び凪勿という男の目的を教えていただけますか?」


「……わかりました。お話し致します。ですが、これには私と叔父の、過去の話をしなければいけませんね。聞いて、いただけますか?」


「わかりました。聞きましょう」


「では…遠慮なく。これは、私がまだ7歳の子供だった頃…18年前の話です」


**********


「篩様。篩様。お外でみんなと一緒に遊びましょ」


「いいね、行こうか」


私は代々妖術師の家系である縁妖家の一員として生まれました。我々の住まう里は不便ではありましたが里の全員は家族として仲が良く、子供達はよく里の近くの山の麓で遊んでいました。我が家では妖術を使う時の掟がありました。それは、『先に手を出してはいけない』というもの。攻撃されるまで、こちらからは攻撃しないという、妖に寄り添うための掟です。皆それを守り、平和に暮らしていました。ですが…その平和が一瞬にして崩れ去る出来事がありました。とある時代から陰陽師達は似たような仕事をする妖術師に敵意を向け、異端者として殲滅対象としていました。その中心となっていたのが陰陽八家の1つ。板無家でした。そう、突如板無家から襲撃を受けたのです。


「篩様!早く逃げますよ!」


「で、でも父さんと母さんが…」


「篩様を逃がすための足止めに向かっているのです!今篩様が戻れば当主様達の覚悟を無駄にしてしまいます!行きますよ!」


「み、みのり…だが」


「だがも何もありません!走りますよ!」


私は穫という父が雇っていた使用人に連れられ、里から走って脱出しました。ですが当然、周囲には板無家が敷いた包囲網がありました。


「篩様…私が囮になります。その隙に、逃げてください。上手くいけば姿を見られることなく脱出できますので」


「だが…穫なしで僕は…外で生きることなんて…」


「大丈夫です。篩様には妖術師としての才能があります。なんとか、なりますよ。っ、奴らがこちらに寄ってきますね。私が飛び出します。奴らが私の方についてきたら走って逃げてください。いいですね?」


「わかった、わかったよ…」


この時の私は、おそらく泣きそうな顔をしていたのだろう。穫の苦々しい表情は妙に覚えている。


穫が飛び出し、私が逃げる予定の方向とは少し逸れた方向へ、自然な形で陰陽師達を誘導していく。穫の身体は術やら矢、避けきれなかった刀などの攻撃に晒されている。その覚悟を、無駄にするわけにはいかなかった。私は走った無我夢中で。遠くへ、遠くへと。だが高々7歳の子供の体力では、そこまで離れることはできなかった。里を囲うようにして聳え立つ山の頂上付近まで登っているが、未だに越えることはできていない。だが、陰陽師達もそれは同じと考え、私はたまたま近くにあった祠で足を休めようとした、その時だった。私の足が矢に貫かれたのは。陰陽師達は空を飛んでいた。この襲撃作戦は、板無・飛風合同で行われたものだったのだ。


「うぐ、ああ…」


「っ、羽蜜はねみつ様、やめませんか?彼はまだ子供ですよ」


「ダメじゃ。悪いがここで引くことは我が飛風家の恥と思え。儂もおかしくは思うが、ここは心を鬼にするしかなかろうて」


「ですが…」


この時、私に彼らの会話は聞こえませんでした。脳内に響き続ける、『任せろ』『解放しろ』『どうにでもしてやる』との言葉達。この祠には何か危険な妖が封印されていると理解した。選択肢などなかった私は、迷うことなく封印の解除を選択した。だが、子供でしかない私に封印の解放などできなかった。その時だった。


「そこを退け!陰陽師共が!」


私の叔父である凪勿だった。彼は卓越した妖術によって雪童を召喚し、即座に周囲に猛吹雪を起こした。陰陽師達は視界を遮られ、突然のことにその殆どが反応できていなかった。しかし、羽蜜と呼ばれた男は違った。


「風よ、我が視界を遮る障害を打ち払え!《風魔霧散ふうまむさん》」


「っ!コノメ、やめろ!」


叔父がこちらへ走り寄るが、陰陽師が吹雪を打ち払い、そのまま風の陰陽術で叔父に攻撃したのだ。しかし、コノメという雪童が自分の意思で間に入り、儚げな笑顔を向けると、そのまま霧散してしまった。風の陰陽術によって死んでしまったのだ。


「コノメ…っ、篩!無事か!?」


叔父は追加で放たれた陰陽術を障壁を利用して上手く防御すると、篩を守るようにしてさらに術を展開していく。


「叔父…上、祠から、祠から任せろ、解放しろって…」


「くっ…解放にはどれくらいかかる!」


「ぼ、僕1人では…!」


「難しい、か…四面楚歌だな、ッ!?」


その瞬間、地面から伸びた木の根が叔父の右足を穿った。


樹林じゅりん家か…!」


「違うっすよ。単純に樹属性が得意なだけっすから」


陰陽師側の増援。しかも防御のしずらい樹属性ときた。正直言って…


「おにーさん、もう無理っすよ。さっさとお縄についた方がいいんじゃないっすガッ!」


無理だと思った。だがその時、頭から血を流しながらも増援の陰陽師の頭部に木の杖を振るって殴りつけ、気絶させた者がいた。


「はぁ…はぁ…篩、様。凪勿、様。私が時間を稼ぎます。ですから、祠を」


穫だ。穫は杖を正面に構えると、剣呑な雰囲気を纏って陰陽師達と相対する。


「…わかった。すぐに終わらせる!篩!」


「は、はい!叔父上!」


私と叔父は、すぐに封印解除に集中する。穫や陰陽師達からは完全に目を離していた。


「ほう?さてはお主、中々やるじゃろ?」


「これ、でも、里の、中で随一の剣豪、ですので。では…かかってこい、陰陽師共が…全員切り捨ててやる」


穫は霊力を解放し、杖を投げ捨てる。構え直したその手には、存在しないはずの刀が握られていた。


「霊装…だと?」


「まさか本当に出るとは…できる気はしていたがな」


「であれば、応えねば無作法であるな…来い、《天穿あまうがち》よ」


羽蜜はその手に槍を出現させた。霊装だ。


「お前ら、儂の獲物じゃ。全員動かず見守っとれ」


「羽蜜様!?ダメです、危ないですよ!」


「フン、面白くもない襲撃をやらされて気が立っとるんじゃ。代わりにお主が相手するのか?うん?」


「っ、わかり、ました。怪我だけはしないでくださいよ」


「笑わせてくれる。さあ小娘、行くぞ。くれぐれも…」


ーー死んでくれるなよ。




「叔父…上!」


「くっ…もう少しだ!もう少しだけ粘るんだ!篩!」


「くっ、ああ…!」


私はすでに限界だった。霊力は底をつき、御守りとして持っていた霊石から霊力を捻出しているのだ。これは子供にとっては高等技術であり、簡単に成せる事象ではないのだが、私にはすることができた。だが、その分私にはリソースが残っていない。この時、私の脳裏には何人もの人が写った。私を逃すために里に残った父と母。皆のために私に協力してくれている叔父。そして、今この瞬間も我々を守ってくれている穫。無駄にはできなかった。おそらくこれが、私の限界値を振り切ったのだと思われる。この瞬間、私の限界は壊れ、急激に増加した霊力の最大容量。これによって、封印自体の霊力を吸収した。封印の解除ではなく、封印の破壊によって解除したのだ。そしてそれは、良い方向に働くかもわからないそれらは、封印の破壊によって崩れた祠から起き上がった。


「「封印から解き放っていただき感謝する。我が主達よ」」


それは2人の九尾だった。放つ妖力は帝級クラス。とんでもない強者だ。


「私はレン」


「私はセン」


「「我が主達の忠実なる僕でございます」」


「レ…ン、セン、みの…りを、助け、て。みのり、のしじに、したが、て…」


「「承知致しました、我が主よ」」


2人の行動は異様に素早かった。息も絶え絶えの篩に妖力を霊力に変換して分け与えた後、傷を治療した。その直後、凄まじい妖力を放つ2体を警戒していた陰陽師達が、反応することもできずに倒れ伏したのだ。なんとかその場に立っていることができた陰陽師は羽蜜だけであり、しかも驚くべきことにこの出来事は3秒ほどで起こった事象である。羽蜜と相対していた穫は、なんとなく大丈夫であると確信すると、倒れるようにして眠ってしまった。


「っ、規格外が、すぎるのぉ」


「耐える者がいるとは思いませんでした」


「霊力は失われているのに」


「年の功、じゃな。じゃが、儂に勝ち目がないことくらいわかるわい。ここは飛風家当主である、飛風羽蜜の首一つで手を引いてはもらえぬだろうか。倒れ伏しておるひよっこ共の命は、儂が守らねばならん」


「どうします?首はいただきますか?」


「「如何致しますか?我が主達よ」」


「今すぐその者の首をーーーー」


「叔父上、僕に任せてはもらえないでしょうか」


「何?どうするつもりだ」


「今彼を殺しても、僕達に降りかかる火の粉は消えません。叔父上はそれでもいいのかもしれませんが、僕は縁妖家の血を、生き残ることを託された身として絶やす訳にはいかないんです。ですから、僕に交渉をさせてはもらえないでしょうか」


「帝級が2体いれば、奴らどころかかかってくる陰陽師共全員を殺すことなど余裕だ。わざわざ生かす必要などない」


「そうですね。殺し尽くすことは可能だと思います。ですが、陰陽師達が全滅した後のこの国はどうなるのですか。叔父上が仇を討つために陰陽師全体と敵対するのは、正直に言えば無鉄砲だと思います。ですから、僕に任せて欲しいのです。色々と、成して見せますので」


「……チッ、好きにしろ」


「ありがとうございます」


私は叔父の元を離れ、羽蜜という老人の目の前でしゃがみ込み、交渉を開始した。


「初めまして、羽蜜さん。僕は縁妖篩。貴方と交渉しようと思います。応じてくれますか?」


「ほう…応じなければ?」


「レンとセンの2人を、板無家、飛風家の両方に突撃させます」


「…はぁ、いいじゃろう。篩殿は何が目的じゃ?」


「決まっています、今この場所で見聞きしたすべての隠蔽、そして僕達に2度と手を出さないでいただきたい」


「それ、だけか?」


「ええ」


その言葉に、羽蜜は大きく目を見開いた後、豪快に笑い出した。


「ガッハッハッハ!面白いじゃねえか、お前さんよお。いいぜ、任せな。むしろお前さん方、飛風家うちの庇護下に入らねえか?そうすりゃあ、他の奴らも手は出さないぞ?」


「それは遠慮させていただきます。いつ背中を刺されるかわかったものではないので」


「ふむ、それもそうじゃな。じゃが約束しよう。お主ではどうにもできない何かが起こった時、儂個人はできる限り力になろう」


「感謝します。それでは、しばらく身を隠させてもらいます。2度と会うことはないでしょう」


「了解した。さて、この童どもを連れ帰るとしようかの」


「…篩、私は大人しく引っ込むつもりはないぞ」


「叔父上…貴方は僕におっしゃいましたよね…失ったものは戻らない。見るだけ無駄だ、と。僕だってやれるならやってますよ…!でも!そのせいで関係のない一般人が死ぬのを、僕は許容できません!」


「ふん、篩は篩で好きにするがいい。私は私のやりたいようにやらせてもらう。口出しするな、何も知らぬ小僧が」


「…?兄上、どうしたのですか」


「セン。貴方は篩様について差し上げろ」


「兄上…?どうしてですか?ずっと共にあろうと約束したではないですか」


「私は凪勿様にご一緒します。センは篩様を支えて差し上げてください」


「で、ですが…」


「いいですか、セン。別に今生の別れというわけではありませんから。またすぐに会えます。では」


「………」


センは目を閉じ深呼吸すると、篩の斜め後ろに立った。


「篩、もう一度言うが、私は私のやりたいようにやる。お前もやりたいように生きてみるといい。広い世間は美しく、華やかで、それでいて残酷だ。叔父として、かける最後の言葉だ。ではな」


**********


「私と叔父は、ここで別れて以来、幾度となくぶつかってきました。ですが、正真正銘、叔父として声をかけてくれたのはこれが最後だったのでしょう。あれ以来話し方は変わり、叔父であり叔父でないような感覚でした」


「今の話を聞くに、やはり縁妖凪勿の目的は」


「そうです。陰陽八家が一つ、板無家。その血族全員を殺し尽くすことです」


しかも、圧倒的力を伴ってーーーーーーー


**********


「ああ、素晴らしい。ここが、こここそが、」


ーーーー神代の世か。


深く被ったフードを脱ぎ捨て、顔を露わにした。右眼のないその男、縁妖凪勿は、普段の世界とは異様な雰囲気を醸し出す紅い月の下で、大きく口を開いて笑ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る