ガチャ=デウス
伊阪 証
第1話
人は祈る、それが例え意味の無い事だとしても。
人は祈る、それが例えどれだけ努力した人間であっても。
人は祈る、確率論でも決定論でも、自分が知らぬなら祈る。
人は祈る、得体の知れない未来に怯え、いつも祈る。
祈るは折ると大して変わらない。
希望の希は希釈の希である様に、望みを薄くする。
・・・そして、漸く望みは果たされる。
人は働き続けれないが、人が働く事を強いる誰かがいる。そして、それが正しくある様に振る舞う。
取り返しのつかない利便性と共に、命を託す。
「望みと願いを石に託す。」
この世界に神が存在するかは、運次第である。
・・・つまり、だ。
石に祈り、時間を浪費し、神を引けるかどうか。
分からないが、成功者がいるのは確かだ。
シーン2-田園の中で
アムを対峙させる構図で、指示なし。強いて言うなら瞬きによる目の開閉を台詞毎に交互に配置。切り替えは発言前。
人の前には、いつしか神というものが与えられた。・・・正確には、最初からいたが、独占から漸く逃れたらしい。
しかし神も無限に存在する訳ではない。その中で神は人々に告げる。
「人の子よ、お前達に石を与える。これは祈ればやがて我等を手繰り寄せる事が出来る。」
「・・・しかし、祝福は全員には与えられぬ。努力を怠ってはならぬ、苦痛から常に逃れてはならぬ。・・・人は神に頼る為に作ったものではない。」
「自分は、昔、神に出会った。」
「親に捨てられ、一人、空腹の中で祈り、『デウス=ノーヴァ』という神を引き、大人になるまで最低限食える分の金を得る事が出来た。」
「・・・しかし、それ以降は全く祝福も無い、そんな退屈な日々を過ごしていた。」
「・・・名前はアム、捨てた親は名前のスペルAdamすら間違え、こんな名前になった。」
「信仰は多くの人を狂気に陥れた。聖書無き単純な信仰は、恩恵こそ存在するものの特に倫理を育てる事は無かった。」
「自分には先が無い、未来が無い。」
「その中で生きる、そんな話だ。」
「そう、そういう、悲しい話なのだ。」
煌びやかなガラスは足元を決して照らしはしない。
あの空は青々としている。白の陽光は閃光を何度も送り出す。
嗚呼、焼ける様に暑い。
蜃気楼という目に見える暑さ、蝉の音という嫌でも聞こえる暑さ、焼ける様な鼻奥にこびりつく臭い、数秒間触れる事すら許さない指先、呼吸の度に飲料の余韻を残す舌先。
この田舎に残された家を一人守り続ける。
当然の様に学校の準備をして、向かう為に靴先を揃え、鍵も閉めずに外へ出る。
どうせ鍵をかけた所で、人が住んでいるとは思いはしない。
田園に、野良犬を見た。
野良犬は祈りはしない、その不幸な産まれから、ヒトに拾われ、生き延び続け、そしてヒトに捨てられた奴もいる。
あの犬は、多分捨てられた。
「・・・あの犬は、祈りを知っているだろうか。」
犬の為に祈る。しかし何も起きやしない。
誰かの為に祈っても、あの時の様にはならない。
後ろから細いブレーキ音が聞こえる。
彼女はロミー、使い古して今にも壊れそうな自転車を上手く止めて、足をついた。
「今日、暑すぎるんだけど。」
アムが振り返ると、ロミーは自分の前腕を彼の腕にそっと押し付けてくる。
「風で冷えた。気持ちいいでしょ?」
アムは何も言えず、一歩だけ離れた。
「・・・ああ、暑い。」
ロミーが笑う。ほんの少しだけ、からかうように。数ヶ月でパッと会話が途絶えるタイプの女か、と。
商店街へ入る。
開きかけたシャッターの取っ手だけが鈍く擦れていて、一方で上にある屋根は部分的に新しかった。・・・どうやら、田舎でも繁盛はしているらしい。
暑いという文句から店に立ち寄り、ミルクティーをロミーに差し出す。
「え、くれるの?」
ロミーは驚いたように受け取り、すぐに一口飲んだ。
「どうせ神からの端金、今の内に恩でも売っておこう。自分と違って内気でもない彼女に。」
「・・・ありがと。」
そのままベンチに腰かけ、ひと息ついた後、周囲を見渡す。
しかしアムは立ったまま、何も飲まずにいる。ロミーはしばらく彼を見て、それから立ち上がり、近くの店に入った。
戻ってきたときには、フレンチトーストの入った紙箱を持っていた。ロミーは紙箱を開け、すぐにミルクティーのカップ、透明なフタを開きアイスだけを器用に取り出す。
彼女はスプーンで慎重にそれをすくい取り、トーストの上にそっと落とした。
「はい、食べて。」
アムは答えない。だが、関心というか目を睨むという感じが一切無い光り方をしている。
野良犬と同調でもしていたのだろうか、とロミーは思ってしまう。空腹は抑えられないものだ。
視線だけがトーストに向けられ、静かに、ゆっくりと手が伸びる。
アイデアを叩き付けた者として、笑顔で何も言わず、紙二枚とペンを再び握る。
祈りのもう一つの手段として、努力というものがある。
努力は祈りよりも確実で、祈りよりも誇らしいが故に、大抵の幸運な人類は努力したと言い張る。
授業は静かに進行していた。
教科書を読み上げる声と、ノートに書き込む音だけが響く。
それは、祈りとは関係のない時間だった。
だが、チャイムが鳴り、休み時間になると、教室の空気がゆっくりと変わる。一部の生徒は立ち上がり、窓際や廊下へ向かう。
鞄から取り出した小さな石を手に持ち、目を閉じる者もいる。
誰も騒がない。誰も笑ってもいない。
そんな中で、アムとロミーは校庭の片隅にいた。
誰が持ってきたのかすらわからない、やや空気の抜けたボールを蹴り合っている。
芝生はすでに土が露出していた。靴の裏で砂がこすれ、小さな埃が立つ。
「祈りの時間、遊びの時間ってわけね。」
ロミーが笑いながらボールを返す。ポニーテールが肩で弾む。
アムは黙って受け止め、すぐに返した。蹴り方が重くなく、手加減もない。
教室の窓から、それを見ている生徒もいた。
だが咎めるでもなく、羨むでもない。ただ、見ている。手のひらに石を包んだままの指が、ほんの少しだけ強張っている。
ロミーは転がってきたボールを足で止めながら、ちらりとアムを見る。わずかな汗が額に滲んでいた。
「・・・なんかさ、空っぽの方がよく跳ねるって言うよね。」
アムはそれに答えず、軽く蹴り返した。砂埃が舞い、足元に残る。
有意義だ、無駄な体力消費を抑える・・・という機会が減り、不健康は進むが、努力とて確実なものではない。
「・・・どうやら、今日の昼からは外部講師らしいわよ。暇になりそうね。」
「全員が全員社会経験を拒絶しているのに大人になんてなれるか。」
アムは蹴りを強くした、思い返す痛みがあった。
ロミーはボールを拾い上げて手の甲で汗をぬぐいながら、校舎を見上げる。
「場所って大事よね、学歴も極論勉強内容じゃなくて学校の構造とか、建物の構造から推測したものなんじゃない?」
「成程なぁ。確かに、大学の説明会で『エアコンのある話し合える場所』が多数ある所と全くない所で分かれているのを見た。」
・・・念の為言うと、彼等自身は中学生だが、就職も早い段階から進み、学歴フィルターどころかカースト制度になりつつある。という影響でこの様になっている。
「学力が無くてもコネ作りで強い所はあるし、学歴ってそういうのを見るのがメインになるんじゃないかしら?」
アムは少しだけ息を切らしながら深呼吸して頷いた。
「・・・それは、神の有無を問うのか?」
強めのキックで返す、自分は何か煮え滾るものがあったのだろう。
「さぁね、努力も所詮積み重ねの運よ、結果も、実績も。だから努力は生半可じゃダメ。当たり前のラインを引き上げるの。」
「・・・ああ。」
納得はしなかった、不満ではあった、だが、耐える。
「アムは、出来る。」
違う、自分は努力しても大して出来はしないだろう。祈りも努力も微妙だ。不快ではあるが、顔には出さないと、彼女は不敵に笑う。
「・・・ま、根性論にも聞こえるかもね。」
「・・・?」
そういう話か、なんて思っていたが、実は違うらしい。
「頑張る・・・というのは単なる視点では出来ないの。諦めを自制し、最終的に自分の感情を制御し切り、大人になったかどうかを確認する。・・・必要なのは、そういう能力よ。」
優しくボールを届ける、それに自分は合わせてしまう。球の速度に感情が露出する。
字を綺麗じゃなく丁寧に・・・なんて言うけどそれは瞞しよ、綺麗に丁寧に書くの。
神々の時代、人々は単純な力を神に託し、己だけにしか磨けない能力を伸ばす事が多い。勉学も運となった時に、より多く選択された。
・・・大人は、結構な数がコミュ障である。必要な説明をせず、無駄な手順を重視する割にそれ以外は疎かにする。
その結果、多くのミスを起こす。礼儀作法が大事なのは、そういう事だ。
失敗や過失を不思議と許せる人格であれ、そう願った結果が礼儀作法という一番簡単な手段なのだ。
・・・その中で礼儀作法は許し合える関係性だが・・・その重要な部分を全て忘れてしまったのだ。
その上で多様性というものを求めるのは、個性や芸術性の勝負という風になり、礼儀作法を覆せる手段かどうかが試された。
「芸術性で勝負する、それは競合ばかりよ。その上で生き残るなら、丁寧に綺麗に、そこから異質な芸術性を露出させるの。」
舌先を出す、何かが奥にある。それを目視した時には遅かった。
「・・・これがミルクティーの分、タピオカはお返しするわ、一つだけだけど。」
ぬらぬらと光る喉の奥、そっと口の奥にキスで押し込まれ、反射的に指先で掴み取り出す。
「・・・ビー玉か?」
「歯の裏で球体に整えただけよ、芸術性はこの位個性があって漸く評価出来るもの、この神々の時代で個性は諦めるべきだと思うわ。」
「・・・一連の行動も芸術的で、呆気に取られたよ。」
「そう?」
疑問形の割には笑顔が先から小悪魔的だ。
「芸術の神は居ない、出ない様にされたと聞いたわ。だから私は貴方に忠告する。」
自分は、ゆっくりと心臓を掴まれる様に感じ取った。どこかで彼女は把握していたのだ。
「・・・自分の境遇を不幸と思い、稼ぐのは良いわ。でも、それを自らの芸術性と勘違いしない事ね。飽きやすいエンタメよ。」
・・・自分の出生をどこかのタイミングで掴んだ、一切明かしていない筈だった。学校内でもバラバラの噂が飛び交っていた・・・だが、彼女だけは見抜いていた。
「(このタピオカ一発ネタはどうなんだ。)」
だが、よく考えればこれは鮮烈だ。深く重いものではなく、シンプルで具体的で、印象的だ。何より味がある。違うのだ。
「忘れられる?」
「・・・いや、無理そうだな。」
この世界では不運を嘆く不運主義というものがある。努力でも運でも成功しなかったと諦めるのだ。
だから逆に周囲に対し自分より不幸ではないだろう、自分の方が感情としては重い、と考えて祈る。
神にではない、自分の方が不幸であれと自分自身に願うのだ。
「今日出会ったばかりなのにね。」
「・・・意外と増えたよな。」
神の中には、結婚や恋愛、友情や敬意とありどれが出るかは分からないが、片方だけ出ていれば問題ない。
その為「この人かもしれない」と運命的に出会ったり、どちらも引いてないのに向き合ったり・・・そもそも神がどう出現するかすら知らない人間が大半だ。
「・・・君の名前は?」
「ロミー、名前はロマンスからとった感じ。アムは何?」
「親のスペルミスだ、アダムをAumと間違えた結果こうなった。」
もう、明かしても構わないか。とそう伝える。
「アダムから何も考えてなさそうな所が素敵だと思うわ。」
「ありがと、いつか自分の名前を変えてくれ。」
「・・・そういう腹積もりなんだ。」
「・・・ま、縋るのは大事だ。」
・・・実は、両者互いに違う感情を抱いているが、すれ違う感情を気にしない、互いが互いを運命と錯覚している、それだけの事だ。
昼下がりの教室、窓から差し込む光だけが白く眩しい。 石を机に並べて数えている生徒、隣の席の子に向かって手をひらひらさせている。
教室の隅で座り込んだまま、鞄を足で突っつく者もいる。
「またダメだった。昨日もずっとお願いしてたのに。」
「私なんか三日も飲み物飲まなかったけど、全然何も変わらないし。」
「それ本当?水分取らないと死ぬって。」
「ほんとだってば。ほら、私もう細くなったでしょ。」
わざとらしく袖をめくって見せる。机の向こうから数人が苦笑い。
「これぞホントの無茶だな。」
「アム、無茶以上に無粋よ。」
「何より無謀だ。無望とか、絶望とは言ってやらないでおこう。」
アムの方は祈る様子があまりない、石の光り方としてはかなり使い込んでいる。
・・・関連性は不明だが、祈る回数や確率は形で変わるとか聞いた事があるが・・・今の所関連性はないらしい。
「うちの親、“祈れば楽になる”って言ってさ、また石買ってきたよ。」
「神引いたってだけで進学決まった人もいるんだよね。」
「いいなあ・・・。」
羨望と嘲りが交じったため息がいくつも落ちる。
ロミーは教室の一角、窓際の席でノートのページを繰りながら、会話に加わらない。
時折、誰かの言葉にだけ視線を上げる。・・・田舎の小規模な所である為そもそも学年が違い、話すのも抵抗がある。
結局引けた所で、所詮運であると軽蔑される。引けた事が祈りのアイデンティティを支える。
・・・努力は否定される、祈りも否定される。それが所詮彼等の中身なのだ。
机の下、アムはぼんやりと自分の手を見つめている。会話の輪から遠く、返事をしない。
ロミーはその様子にも一度だけ目を止めるが、すぐまた窓の外に視線を戻す。
「努力も遊びも意味ないよね。全部、神頼み。」
「もう無理だよ。神出るまで、みんな待つだけなんだし。」
誰も本気で笑わず、うつむいたまま指先だけが石を弄っている。 自分の不幸を競い合い、話が途切れると空気が重くなる。
ロミーはうるさそうに髪を耳にかけ、ペンでノートを小さく叩く。
教室の空気に溶け込まず、どこか一歩引いたまま、窓の外の陽射しを眺めていた。
だが、アムだけはそれを興味深そうに見つめる。
「興味あるの?」
「勿論だ、分からないからな。」
「・・・一旦次の授業よ、そろそろ向き直しなさい。」
「ああ。」
チャイムが鳴る。会話は自然と止まるが、重たい沈黙は残ったままだ。
「本日は外部から講師の方をお招きしています。」
静かに入ってきたのは、見慣れないスーツ姿の男・・・近年移住してきた、有名な資産家だった。
話題の“配信者上がり”で、だが、今は広告でしか見ない。
前に立った瞬間、ロミーがぼそっと呟く。
「落ち目の芸人ってなんでもするわよね。」
「映画のエキストラでなら見た事がある。サメ映画のだが。」
一瞬だけ空気が揺れるが、すぐに静まり返る。
資産家は黒板の前に立ち、教室全体を見回す。 表情に余計な愛想はなく、視線はどこか諦めたような色を帯びている。
「私は、現実の話をしに来た。・・・まあ、お前達が知ってる通り、神は、今やこの世界中で引き合いに出されてる。」
・・・静かに、ロミー以外は頷く。アムは素直故に頷くが、視線は逸らさない。
「祈りで願いが叶うだの、幸せになれるだの・・・そんな話、いくらでも転がってる。だが・・・現実は全く別だ。」
彼は机の前に手をつき、声のトーンを一段下げる。
「実際に神を引いた。確かに願いは叶った。だが、それは誰かの不幸が俺に巡ってきただけだ。・・・お前らが思ってるハッピーエンドなんかじゃない。」
一瞬だけ目線が生徒の列をなぞる。
「神で人を殺してしまった、偶然だった、一瞬だった。理解するのに一週間も掛かった。・・・誰を殺したかはニュースでしか確認出来なかった。」
静寂が教室を満たす。重く、悲痛な空気が。
「努力も祈りも、選べるほど立派なもんじゃない。幸福も不幸も、誰かの“結果”が回ってくるだけだ。それでも現実は、いつも正直だ。」
資産家は短く息を吐き、全員に聞こえるように淡々と締めくくる。
「お前達は、何かを祈っている?それとも努力するのか?」
誰も身動きできず、冷たい空気だけが残る。
・・・恐ろしい事実が降って湧く、ロミーですら衝撃を受ける・・・アムは知っている、神は問答無用で呼び出され、同時に機能する。
神が人を殺せるなら、それは同時に人殺しを強制される・・・或いは、既存の神の影響が結婚後に恋愛を引くとか、周囲が金銭を引いて一人だけ貧困になるとか・・・そういうものならまだ分かる。
・・・どうやら、それは違うらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます