第七章 星を宿す石
カイの、最後の日は、突然やってきた。
遠隔感応の回線を開くと、彼の意識が、急速に薄れていくのが私には手に取るように分かった。彼の心のあの、深く静かだった湖の水が、ゆっくりと引いていく。思考の輪郭が曖昧になり、記憶の断片がまるで水面の泡のように、浮かんでは消えていく。
『ミナ』
彼の声は、もう、とても微かで、風に運ばれる囁きのようだった。
「はい、ここにいます。あなたの、側にいます」
私は、自分の意識の全てを、彼へと集中させた。
『……ありがとう。君と、出会えて……私の、長い、航海は……完全な、ものに、なった』
「私こそ、ありがとうございました。あなたがいなければ、私は、きっと、自分の能力に押し潰されて、とうの昔に、壊れていました」
『君は……これから、素晴らしい……燈台守に、なる。私には……分かるよ』
彼はもう、ほとんど言葉を交わすことは、できない状況になっていた。彼の意識の光は、風前の灯火のように、弱々しく、揺らめいていた。
私は彼にしてあげられる、最後のことを、ようと決めた。それは、私が彼から教わった、全てだった。
私は、私の心の全ての壁を取り払った。
そして、私の心の全てを、彼へと開け放った。
これまで私が聴いてきた、無数の人々の、名もなき苦しみも、ささやかな喜びも、その全てを。そして、私自身の、長い間の孤独と、癒えることのなかった痛みも。そして、彼との出会いによって生まれた、新しい確かな希望も。
『あなた一人じゃない。あなたの痛みも、あなたの喜びも、あなたの見てきた星々の美しさも、全て、私が覚えています。私たちは、永遠につながっている』
その、言葉にならない想いが、彼に、届いただろうか。
彼の、消えかけていた意識の奥底から、ほんのかすかな、最後の波動が、私に伝わってきた。
『星々よ……ありがとう……。ミナよ……ありがとう。……皆、……ありがとう』
それが、彼の最後の思念だった。
やがて、彼の心は、完全に沈黙した。全ての光が、消えた。
彼は、一体の美しい、静謐な石になった。
遠隔モニターに映し出された、彼の最後の姿。安楽椅子に深くもたれ、穏やかな表情のまま、完全に結晶化した身体。不思議なことに、その石は、内部から、微かな、青白い光を放っていた。まるで、内部に小さな星を宿しているかのように。
私は、泣かなかった。
悲しみは、なかった。
ただ、私の心の中には、彼が遺してくれた、一つの温かく、そして力強い光が、確かに灯っていた。
彼は、消えたのではない。
彼は、光そのものになったのだ。
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