第5章 ノートと真実

11話

 2人は講堂の最上段、一番後ろに腰を掛けて食事をした。

 講堂の窓は高く、白くぼやけた光が壁を淡く照らしている。

 外はまだ雲が多いが、ところどころ薄く切れて、淡い光が差し始めていた。

 陽菜乃がふと背後を見やり、壁際にかかった大きな布を指さす。

「これ何?」

 峻はペットボトルを置きながら振り返る。

「ああ、垂れ幕。舞台用だったって聞いた。」

 陽菜乃は「へえ」と言って近づき、そっと布をめくると、中には大きな鏡がはめ込まれていた。

「鏡だ。」

 彼女は前髪を指で整えて、小さく笑った。

「ちょっとボサボサだったかも。」

 峻は鼻を鳴らして笑い、肩をすくめた。

「俺よりまし。」

 陽菜乃は小さく吹き出してから、布をそっと戻した。



「…そろそろ調べるか。」

「ええ、全部見て回りましょう。」

「…ここから始まったんだよな」

「そうね。選択の文字が…。」

 黒板は、朝見たときと変わらずきれいな状態だった。教授が書いた『選択』の文字が歪む光景がフラッシュバックした。黒板を見つめているうちに気づいた。

 角度を変えてみると、表面に文字の後がうっすら残っている。

「選択」という文字の跡も、かすかに残っている。

「…これ、見えるか?」峻が後ろを振り返ると既に陽菜乃は横に立っていて、うなずいた。

「うん」

 彼女は黒板に近づき、斜めから覗き込むようにして言った。

「光の角度によって、消した文字の跡が見えるのよ。きっと何度も書いたんだわ。」

 陽菜乃が小さく息を吐く。

「やっぱり、ここが『始まりの場所』なんだと思う」

 峻は壁の時計に目をやる。午後3時。黄昏までは、まだ時間がある。

「他も見てみよう」

「なら、教壇よ」

 陽菜乃は迷わず歩き出す。

「教授が立っていた場所も、何かあるかもしれない」

 峻はその後ろ姿を見ながら、わずかに口元をほころばせた。

 心のどこかで、「彼女と一緒なら、この異常な空間もそこまで悪くない」そんな感覚を抱いていた。

 峻と陽菜乃は次に教壇を調べることにした。

 峻が近づいて教卓を触ってみると、表面は年月を感じさせる木の質感だった。

 パッと見は何の変哲もない。

 峻は教卓の引き出しをゆっくり開けた。

 中は予想通り空っぽだが、違和感がある。

「…浅すぎるな」

 引き出しの正面を見直すと、見た目はもっと深くて然るべきだ。

「正面からの見た目に比べて引き出しが浅すぎる。隠し空間がありそうだ。」

 峻は教卓の側面を手で撫でながら、細かい継ぎ目やわずかな凹凸を探った。

「ここか…?」

 よく見ると、四角形の木片がはめ込まれている部分がある。

 峻が爪で引っ掛けて木片を外すと、取っ手が現れた。

 峻「陽菜乃!取っ手が有る!」

 陽菜乃「えっ!呼び捨て?」

 峻「あっ、ごめん…」

 陽菜乃「別に、いいけど。」

 陽菜乃「引いてみてようか!」

 峻「うん引いてみて。」

 陽菜乃「やった!開いた!」

 木の板が軋む音を立て、引き出しの隠しスペースが開く。

 陽菜乃は息を飲んで中を覗き込む。

「これ、ノートかしら?」

 古びた革表紙のノートが一冊、置かれていた。

 峻がそっと取り上げ、表紙を開く。

「教授の私物…かな?」

 ページにはびっしりと走り書きの文字があった。

 二人は顔を寄せ合うようにして、その文字を読み始めた

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