エルフの女王なのに、夢見草を嗅がされ続けて人間の王に跪くまでの話
夜道に桜
第1話
そこは“世界の外”にある森だった。
木々は千年の時を刻み、空は晴れていても風は神秘の香を纏っている。
獣の鳴き声さえ、どこか旋律のような、調和の音楽に聴こえる。
ここは《フィルシア》――神の加護を受けたエルフたちの王国。
その中心、
そこに住まう者こそ、気高き女王、エリザベス・イ・フィルシア。
*
「──民の数に変動なし。森の外縁部での人間の接触も報告されていない、とのことです」
報告を終えた文官が頭を下げる。
玉座の上、女王エリザベスはまばたきひとつせず、ただ静かにそれを聞いていた。
その容姿はあまりに神秘的で、もはや“人の形”をしていながら“人”とは呼べぬほどの美だった。
流れる銀の髪。月光を宿したような氷色の瞳。
姿勢は崩さず、言葉に感情を乗せない。それでも、存在そのものに重みがある。
「よろしい。定例会議はこれで解く」
声は静か。だが拒絶すらないのに、誰もが膝をつくような威厳を帯びていた。
*
会議が終わり、エリザベスは一人、王座の間に残る。
静かに立ち上がり、窓辺に近づく。
森のざわめき。風が歌う。
そして遠く、山脈の向こう――かすかに“人間の世界”の気配がある。
「……」
わずかに瞳を細めた。
そのとき、侍女リヴィアが入ってくる。
「女王様……。また、人間の王ザリスから、親書が届いております」
「捨てておけ」
「はっ……しかし……交渉の申し出に加え、“個人的な謁見”も含まれており……」
「聞こえなかったか? 捨てろ、と言った」
リヴィアがひざまずく。
それでも彼女は女王の背を見つめながら、すがるように口を開いた。
「女王様。……いつかは、人間との交流も考えるべきではと……。このままでは、世界の流れから……」
そのとき。
「“流れ”に抗ってこそ、我らがエルフだ」
冷たく、それでいて凛とした声が空気を張り詰めさせる。
「人間の文明は、便利さと引き換えに森を焼き、空を濁らせ、血を流すことで繁栄してきた」
「……」
「彼らの“幸福”とやらに、我らが染まる必要はない」
エリザベスは静かに振り返る。
その瞳には、凍てついた月のような、理知と孤高さが宿っていた。
「我が民には、我が理がある。……それを崩すような甘言は、すべて排せ」
リヴィアは頭を垂れるしかなかった。
女王はあまりに気高く、揺るぎない。
だからこそ、誰もが彼女を“象徴”とし、民は誇りを持ち続けてこられたのだ。
──このとき、誰も知らなかった。
この気高き王国を蝕む“甘い毒”が、すでに風に乗って忍び寄っていたことを。
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