【第13章 第三十二話「砦を突破せよ。その5」】



霧丸は、血に濡れた足取りで

最上階の扉を押し開けた。



軋んだ音とともに開いた扉の先は、

柱がいくつも立つだけの、

虚ろな空間だった。



柱の間からは、風が流れ抜ける。



奥を見ると、巨大な開かれた扉。

その向こうには、夜明けの淡く霞んだ日の光と、絶え間ない風。



辺りを警戒するが敵の気配はない。



「何だ……ここは?」



歩き出す霧丸の足音だけが、静寂を刻む。



静かすぎて、鼓動の音が耳につく。



一歩ずつ、部屋の中央に進むと、

柱で隠れて見えなかった大きな椅子のようなものが目に入った。



岩を積み上げた段差の上に、何本もの太い木を縛り作られている。枝は剥き出しのまま、

敢えて整えていないかのように。


──ただ、その椅子の木は決して新しい木ではない。茶色は焦げたように、肘掛けや背もたれは、ドス黒く変色していた。



じっと何かを待ち続けた

何十年もの時間が、

積み重なって染み込んだ色だった。



″カラン……″



鎖が揺れ、金属の擦れる音が空間に響いた。



霧丸は、椅子の周りに視線を向けた。



後ろの壁から、手枷がついた鎖が

ぶら下がっていた。



足元を見ると、



──血の跡



まだ、渇ききってはいないようだ。



その傍に、何かが落ちていた。



「凛…… 」



──拾い上げたもの


それは、凛がいつも身につけていた 

木の飾りがついた首紐だった。



首紐をじっと見つめると

出会った頃の思い出が蘇る。



──河原での出会い



オレに笑顔をくれた。



オレがあげた杖を、大事に、必死に守る凛の姿。



「ふっ……あんなに大事にしやがって…… 」



首紐を見つめながら、霧丸は微笑んだ。



「ん……!?」



首紐についた木の飾りに、目を凝らす。



霧丸はハッとした。



指先が震えるのを、止められなかった。



「バカかっ……オレは……」



唇を噛みしめ、木の飾りを握りしめる。



──凛の笑顔が浮かんだ。




「まだ……持ってんじゃねぇょ……」




声は震えていた。



霧丸は、

首紐を帯の間に入れ、

日の光が入る奥の扉に向かう。



身体は、傷だらけだった。

だが、頭には色々な事が浮かぶ。



──赤ん坊の頃の微かな記憶



自分の顔を撫でる



マダラの大きな手と、優しい手。



顔はぼやけているが…………



オレを抱く母の、微笑む口元。




──ひとりぼっちの少年時代




──河原で出会った目の見えない少女




泣いたり……


すねたり……


霧丸! 霧丸っ!……オレを呼ぶ声



そして、



あの笑顔……




霧丸に、迷いはなかった。




「今、いく……」




──霧丸は、扉から漏れる淡く霞んだ光の中へと進んでいった。






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