【第10章 第二十四話「花火」】



あれから、当主・久我沢重光は、

眠れぬ日々を過ごしていた。



「凛を差し出すなど…………


そんな事…………


出来るわけなかろうっ!」



″バキッ!″



握っていた扇子が折れた。


── 紗代、お前がいてくれたら……



庭の花を見つめながら、

重光は、凛の亡き母の顔を思い出していた。



「父上、少しよろしいでしょうか」


── 凛が、部屋に入ってきた。



────



霧丸は、

先日の御伽山での怪我もあり、

しばらく、自宅で休まされていた。



「…… そろそろ、動けるか」



木刀を掴もうとした時、ふいに家の戸が開いた。



「霧丸…… いる?」



凛がいきなり入ってきた。



「な、なんだ!?いきなりっ!」



「今日、神社でお祭りだって!霧丸いこー!」



凛は、お構いなしに続けた。



「え!?お祭り?」



「きっと楽しいよ! いこ!」



「いや……まだ、怪我も……」



「え〜、今、木刀持とうとしてたでしょ!?」



「…………」



「お願い! 一生のお願い!

もう、わがまま言わないから……

これが最後だから!」



「……はぁ……わかったよ、凛には敵わないな」



「やったー!」



凛は、飛び跳ねて喜んだ。




────



「見て見てー!また当たったー!」



屋台の弓矢射的で、

凛は、連続で景品を落としていた。



「…………」



「霧丸もやってみてよー!負けたらかき氷おごりね!」



霧丸が渋々、弓矢を手にしようとした時、



「あっ!お面だ! 霧丸いこ!」



凛は、霧丸の手を引っ張り、駆け出していく。



── やれやれ



凛は、ひとつ手にとり、頭斜め上につけて

上目遣いで尋ねた。



「どう?可愛い?」



「ん……あぁ……いぃんじゃ……ないか」



凛は頬を膨らませる。



「なに!その返し!もう女の子の気持ちわかってないんだから!」



「そうだ、霧丸も被ろうよー」



「……オレもか!?

いっ、いや……オレはいい!」



「なんでよー せっかくのお祭りだよ!

あっ、私が選んであげる!」



「うーん どれがいいかなぁ……

あっ! これだ!」


「え!?……ひょっとこ……」



「そうだよー! 一番可愛い!」



「って……お前……さすがに……」



「いいから、いいから! ちょっと屈んで!」



凛は、霧丸の頭斜め上につけた。



「ほら! やっぱり可愛い!」



「可愛いって……」



霧丸は、恥ずかしくなった。



「あっ!あっちに綿菓子ある!いこ霧丸!」



凛は、霧丸の言葉を無視して

霧丸の手を引っ張って駆け出した。



──その途中



「あっ!」



突然、鼻緒がきれて、

凛が転びそうになった。


が、とっさに霧丸が、凛の体に腕を回し

転倒は回避できた。



「大丈夫かっ!」



凛は、上目遣いで霧丸を見た。



「……痛ぁ〜い……もう歩けなぁ〜い」



「鼻緒直すから、ちょっと待ってろ」



凛は、ちょっと黙ってから……



「痛くて歩けなぁ〜い おんぶしてぇ」



「こどもか!」



「だって痛いもぉ〜ん、おんぶがいいっ」



凛は、頬を膨らませた。



「はぁ、しょうがない姫様だ。ほらっ」



霧丸は、その場にしゃがんで、

凛に背を向ける。



凛は、ニヤニヤ顔だった。



──おんぶしながらの帰り道



″ドーン!″ ″ドーン!″



花火が上がった。



「わぁ見て キレイー」



霧丸は、黙々と歩く。



「あ〜、もう終わっちゃったぁ」



霧丸は、黙ったままだった。



「楽しい時間ってあっという間だな……


……楽しい時間ばかりだったらいいのに」



「楽しい時間ばかりだったら飽きるだろ!」


霧丸がようやく口を開く。



「そんな事ないもーん、楽しいのが好きだもーん」


──やれやれ



しばらく歩くと──


凛は、ちょっと真顔になり、

意を決したように、ゆっくりと恥ずかしそうに口を開いた。



「霧丸はさぁ……」



「ん?」



「……うぅん……やっぱりなんでもないっ」



「なんだよ 気になるだろ!」



「なんでもないのっ!」



「……そ、そういえばさぁ……前にもこんな事あったっけ?」



霧丸は、動揺した。



「い、いや?…… 初めて…… だろ」



思わず声がうわずる。



「そうかなぁ 前にもこうやっておんぶしてもらった気が……」



「う、乳母のふみさん……だろ!!」



霧丸は焦った声で答える。



「そうかなぁ……なんか感じ違う気もするけど」



「ま、いっか。霧丸今日は楽しかったね!」



「まぁまぁ……かな」



「またそんな事言って!

ホント素直じゃないんだから……」



二人は、屋敷への道を歩く。




──月が、

二人を見守っているかのように光っていた。




──その夜




月明かりだけが静かに差し込む部屋。



凛はひとり、

母の位牌の前に膝をついていた。



昼間はきっちりまとめていた髪が下ろされ、

寝巻き姿の凛は、姫と言うより、

どこか「少女」に戻っているかのようだった。



しばらく、母の位牌を見つめた後、



ポツリと……



弱々しく……



今にも泣きそうな声で



呟いた。




「かあさま……褒めてくださいますか?」




── 月は、雲の陰に隠れていた。




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