第30話 絶望ブリー【9】





発砲したのが二発ということになると全てが

ひっくり返る。


二発発砲されたと仮定すると、室内からは

一つの弾しかでてきていないので、

宮良と犯人以外の第三者に弾が当たり、死亡。

その遺体を遺棄したという説も浮上してくる。


窓を開けて外へ撃ったということも考えられるが、それならば建物の外に避難して支店長室の辺りを見上げていた社員が見ていたという可能性が高くなる。


宮良は発砲の数以外は全て真実を話していた。

もちろん島山代行事務所のメンバーがいないというていで、だが。


「犯人くんは雨池風雅あまいけふうが。25歳。

取り調べで雨池は中学の時に宮良から受けた

イジメで精神的に病み、引もこもりになったこと、

最近になってやっと外へ出られるようになったので宮良に復讐しようと思った、と話してた」


筧が説明している後ろでパソコンからは雨池が宮良にされた陰湿なイジメについて話す声が流れていた。

その声はだんだんと涙声になり、最後の方では言葉を詰まらせている。


それを聞いているメンバーたちも現場を思い出して胸を痛めた。


それから全員で雨池の事情聴取を静かに聴いた。

宮良も全てを話していたので、イジメに関しては双方の意見がピッタリと一致していた。


「ひとりで乗り込んで来たんですか?」


警察が核心をついてくる。

雨池はもちろんひとりで乗り込んで来たので、はい、と首を縦に振った。


「支店長室に入った時、中には宮良さんしかいませんでしたか?」

「はい」


ここも打ち合わせをしていないのに、雨池は

支店長室に入り、鍵を閉めて宮良にイジメに対して謝るように言ったが宮良が謝らないので発砲した、と言った。


「拳銃はどうやって手に入れましたか?」

「ネットの闇サイトで買いました」


雨池がサイト名を言う。

しかしもうこのサイトはないだろう。

こういったサイトを運営している者たちの逃げ足はすごぶる早いのだ。


「買った時、弾は何発入ってましたか?」

「怖くて中を開けていないのでわかりません」


これはどうやら真実のようだ。


雨池が持っていた拳銃はリボルバーと言われる回転式拳銃。

メーカーによって弾倉の開け方が違う。

それに、もし開けたはいいが閉まらなかったら

など考えると素人にはなにもかも怖いものなのだろう。


警察が弾倉を調べた結果、残りの弾は4発。

リボルバーなのでフルで6発入れることができる。

ここでやはり雨池が社員の証言通り二発を発砲したのでは、という疑問が浮かんでくるだろう。


しかし元々入っていた弾の数を見ていない雨池に警察はどう聞こうか悩んでいるみたいだった。


「宮良さんを殺そうとして発砲したのですか?」


警察がもうひとつの核心に迫る。

脅迫する手紙は送っているものの、雨池が本当に宮良を殺そうと思って乗り込んだのか。

ここも重要なポイントだった。


「最初は…そう思っていました」


ここでも言葉を詰まらせる雨池。

ゆっくりとひとことずつ話していった。


「引きこもっていた時間は本当に辛く苦しいものでした。

同じ歳の子たちは高校へ行き、大学へ進学している。

なのに僕は狭い部屋から出ることもできない。

これもみんな宮良のせいだ。

いつか絶対に復讐してやる。

僕が奪われた時間の代わりに宮良のこれからの時間を奪ってやる。

それだけを支えに僕は生きてきました」


警察の声は聞こえない。

少しずつ話す雨池に寄り添っているようにも感じた。


「宮良に拳銃を向けた時…気づいたんです。

復讐するために生きてきた僕は、それがなかったらとっくに命を絶っていたと」


雨池の涙まじりの声がパソコンから聞こえる。

藤井がぎゅっと目を閉じた。


宮良に同じようなめに合わされた藤井には島山がいた。

復讐も手伝ってくれて宮良が二度と近づかないようにまでしてくれた。


もし、島山がいなかったら…藤井も今ここにいる自信が全くないのだ。

また腕を切り刻んで、今度こそ、となっていただろう。


だから藤井は雨池のことを偉いと思った。

よく生きていてくれたと。


「失った時間も長かったけど、僕にはこれからまだまだ時間があります。

それは宮良にだって同じこと。

宮良のこれからの時間を奪ってしまったら僕はあいつと同じような人間に成り下がるんです。

だから…宮良と実際に対峙して、殺す気が失せました」


こんなヤツのためにこれからの自分の時間を無駄にするのはバカなことなんだと気づいた、と雨池は言った。


「良かったー。殺す気があるかないかって結構重要だからね。いやーマジでよく言った!」


仰向けに寝転んでいた島山が手を叩こうとして、いてて、と顔をしかめる。

その隣に座っていた鏑木があごに手を当てて

いた。


「宮良はすぐに帰されるだろうけど、雨池さんはしばらくお泊まりだな」

「いうて加害者だからね。

でも、殺す気もなかったし実際殺してないから

罪は軽そうだよ。

発砲した弾も咲が持って帰ってきたようなもんだから見つかることはないし、最初に入っていた弾数の証明ももうできないだろうしね」


鏑木と筧が顔を見合わせる。

そして藤井を見た。


「みんなありがとう。

これで…本当に終わった気がする」

「哉太…」


隣にいた篠原が藤井の肩を抱く。

グッと引き寄せると藤井がいつもの愛くるしい顔で笑った。


「俺ずっと哉太と一緒だから」

「ありがとう篠くん」

「発砲しなかったら、また校内放送してやれたのにな」

「咲くん、長い間一緒に背負ってくれてありがとう。

これからもよろしく。みんなもよろしく!」


メンバーの中で一番身長の高い藤井が立ち上がって両手を拡げる。

鏑木、筧、篠原が藤井に抱きついて笑った。


ベッドから島山が目を細めてそんな4人を見上げていた。


素晴らしい仲間に出会えたことで藤井の辛い過去は良き思い出となる。


それを乗り越えたからこその今だ。

雨池にも同じようにこれから素晴らしい仲間と出会って、生きていて良かったと思える人生を歩んでほしい。


みんなの笑顔を順番に見ながら藤井はそう願っていた。








昼ごはんの買い出しに行っていた鏑木がバン、とドアを閉めるとギィィと音を立てて外れ、

大きなドアが廊下に寝転んだ。


「え」

「おい大智ー。こわすんじゃねえよー」


ポカンと口を開けたような、さっきまでドアのあった穴から島山の大きな声が廊下に出て行く。

廊下に寝転んでしまったドアを助けることなく、鏑木は白いビニール袋を二つ下げて事務所の中に入ってきた。


「俺がこの中で一番物静かなのに。

なんで俺が閉めた時に壊れるかな」


落ち着いた低い声で鏑木がぶつぶつ言いながらテーブルにビニール袋を置く。

このテーブルもいつ壊れてもおかしくないほど年季が入っていた。


「ホームセンターで、あの、なんだ金具みたいなの、」

「蝶番」

「そうそう。それを買ってきてつけりゃいいんじゃね?」

「咲がやんなよ。てかさ、ここ賃貸なんだから家主に言えば直してくれるんじゃないの?」


弁当を並べながら鏑木と島山はドアをどうするかでもめていた。


弁当の匂いに釣られて奥の部屋から出てきた藤井と篠原が事務所の長椅子に座る。

真正面に空いた長方形に目を見開いた。


「ドア取れたんだ。てかなんでパーテーションまで退けてるの」

「誰も通んないと思うけど丸見えじゃん!

ヤバくね?」


藤井が言った通り、確かに島山代行事務所の前は誰も通らない。

かといってドアがなくてもいいというわけではない。


弁当を食べながら、どうするんだろね、と他人事な篠原と藤井だった。


「これ食ったら家主に電話してみるわ」

「あーやめとけ。クソ安い家賃で借りてんだ。直してくれるもんか」

「確かに。今思い出したけどここ借りる時に

自由にしていい代わりに何があっても知らないとか言われたよな」


島山と二人でここを契約した時のことを思い出して鏑木はため息をつく。

隣で島山が頭をボリボリと掻いていた、


4人で風通しの良い事務所で弁当を食べていると、銀行から戻ってきた筧が廊下を占領して

いるドアを見てあわてて事務所に入ってきた。


「とうとう壊れたのか」

「逆によくこんなに長いこともってくれたよな?な?大智」

「マジそれな。

筧。弁当冷めるから早く食って」

「ありがとう。先に奥で計算してから食べる。

すぐだから」


ホームセンターへ行けば蝶番は腐るほど売っているだろう。

しかし素人の自分たちがうまく修理できるの

だろうか。

傾いて開かなかったり、隙間ができたりすることを考えると鏑木には難しい気がしていた。


筧が弁当を食べているメンバーの横を通り過ぎて奥の部屋に入っていく。

そしてあ、と思いついたように足を止めた。


「自分たちで直すんならその壊れた蝶番を外して、それとおんなじものを買ったらいいんだよ」

「さすが筧。

でもこれめっちゃ古いけどあるかな」

「よくわかんないけどサイズだと思うから。

店の人に聞けば大丈夫だよ。あと付け方もね。隙間とかできないようにちゃんと聞いてきて」


バタン、と筧が奥の部屋のドアを閉める。


食べ終わった弁当をみんなで片付けていると、ドアのない入り口に一人の男が立っていた。


「あの、こちらは…島山代行事務所さんですか?」


持っていたかしこまったカバンから、男は携帯を取り出す。

おそらく住所を確認しているのだろう。


「すみませんね。

ドアないんですけどそうです」


【島山代行事務所】と、ドアにプレートを付けていたので、ドアがないとわからない。


藤井と篠原が入り口に行って男を中に入れる。

そして今しがた外れたドアを二人がかりで無理やりはめた。


「篠くん、これ」


ひとつ落ちている蝶番を藤井が拾う。

かなり昔のものなのだろう。

良い色にあせていた。


「買いに行くか。このままじゃお客さんが話してる間にまた廊下にバタンといっちゃうし」

「そうだね」


藤井がハンカチに蝶番をくるんでポケットに入れる。

そして二人はそのまま階段を降りて行った。



「ご依頼ということでよろしいですか?」


長椅子に座らせた客の前に鏑木がお茶を置く。

客は礼を言って鏑木を見上げた。


「はい。わたくしこういうものです」


着ていたスーツの胸ポケットから名刺入れを取り出した男は、一枚抜いて真正面に座っている島山に渡した。


【株式会社ライトレフト 企画部 右近龍二うこんりゅうじ


シンプルな名刺なのですぐに見終わった島山は姿勢を正した。


「申し遅れました。わたくし島山代行事務所

所長の島山咲也と申します。

右近さん、本日はどういったご依頼でしょうか」


島山の隣で鏑木が右近を見つめた。


「島山代行事務所の鏑木大智と申します。

ご依頼の内容をお伺いできますか?

お伺いいたしましてお受けできるかどうかお返事をさせていただくことになります。

もちろんお伺いいたしました内容は守秘させていただきます」


それでもいいなら、と島山が言うと、右近はすぐに首を縦に振った。


鏑木が出したお茶をひとくち飲み、右近は正面に座っている島山たちに頭を下げた。


「一週間後に社内で重要な会議があるんです。

社長の左京要さきょうかなめも出席する会議です」


新しいプロジェクトを立ち上げるための重要な会議。

企画部の3人と社長、左京要が出席する予定なのだが、社長のやり方に反発している企画部の上川虎之助かみかわとらのすけ

丹下核たんげかくがその会議に出ないと言い出した、


「新しいプロジェクトは我が社が一丸となって行う本当に重要なもので、

その企画会議に出席しないと社長は怒って二人をクビにするかもしれないんです」

「その上川さんと丹下さんはクビになるとしても出ないおつもりなんですか?」

「説得しましたが新しいプロジェクトの内容も賛同できないらしく、自分たちならもっと良いものを作れると言って」


社長の考え自体と合わないのだろう。

仕事は好きでやりがいがあるのだが、やり方や考えが気に入らない、


社長よりももっと自分たちの方が成功させられると上川と丹下は思っているのだ。


「入社してからわたしはずっと上川と丹下と3人で仕事をしてきました。

才能のある2人です。

こんなことで辞めさせたくない。

そこで思いついたのがとりあえず一週間後の会議には出席させて、今後のことはそこからまた話し合えばいいと」


会議にさえ出席すれば社長の機嫌を損ねない

だろう。


しかし上川と丹下を今までずっと右近は説得してきて、出席するのは無理なこともわかっている。

そこで身代わりを立てようとやってきたのだ。


「わかりました。ただ、上川さんと丹下さんの身代わりをするにあたっておふたりに会わせていただきたいんですが。

会うというかおふたりを観察させていただきたいんです」

「引き受けてくださるんですね。

ありがとうございます。悩みすぎてこんな

ギリギリになってしまったので、引き受けていただけないかと思ってました」


ホッとした右近は、良かった、と小さく呟いて

島山と鏑木に頭を下げた。


「観察と言いますと…

同じ部屋にいたらいいということでしょうか」


特に会話などはしなくてもいい。

同じ空間にいて、普段の上川と丹下を観察させてもらいたいと島山が付け加えると、右近は

考えるようにじっと一点を見つめた。


「企画部の部屋に置いてあるコピー機が最近調子が悪いんです。

業者を頼まないと、と思ってましたのでそれに扮していただく、というのはいかがでしょうか」

「それでいいです。1時間ほどで大丈夫なので。

明日にでも上川さんと丹下さんの情報と、会議で受け答えするのに必要な仕事内容を教えていただけますか?」

「わかりました。二人の情報などをまとめて

明日お持ちいたします」

「ありがとうございます。ではそちらにお伺いするのは明後日でいいですか?」


右近が手帳を取り出してスケジュールを

チェックする。

3人が部屋に揃っている時間を見た。


「明後日の10:00からでよろしいですか?

明後日はほとんど3人とも部屋におりますが」

「明後日の10:00ですね。その時間にお伺いいたします」


明日もう一度来る、と言って右近が長椅子から立ち上がり頭を下げる。


そのまま右近がドアに向かおうとしたのを

後ろから鏑木があわてて追いかけた。


「僕が開けますので」

「すみません」


蝶番がなくてはめてあるだけのドアだ。

押したらまた廊下に大の字に倒れてしまう。

鏑木がそっと押してからドアが倒れないように支えたが、重みを全く感じない。


蝶番のところを見ると新しい蝶番に変わって

しっかりと修理されていた。


「いつのまに。良かった。右近さんどうぞ」


鏑木がドアを全開にする。

ここで事務所を開いた時から聞き馴染んでいたギィ、という音が聞こえない。

鏑木は少し淋しい感じがした。


右近を送ってドアを閉める。

パーテーションを戻して鏑木が中へ入ると、

藤井と篠原がさっきまで右近が座っていたところに座っていた。


「仕事早いな」

「あんなもんすぐ直るよ。てかさ、やっぱ元のは古くて同じのないからサイズだけで買ってきたんだよ。合って良かった」


ね?と藤井が篠原の方を向くと篠原がニコッと笑う。

ホームセンターの店員にこんな古いの見たことがないと言われた二人は無事に修理ができて

ホッとしていた。


「二人ともご苦労さん」


島山が右近からの依頼を篠原と藤井に簡単に説明する。

鏑木がまとめたものをパソコンの画面に映して藤井と篠原に見せた。


「依頼者の右近さんが明日詳細を持ってくるから。観察は明後日の10:00を予定してる。

コピー機の修理業者として入る」

「オッケ」

「コピーは大智と篠原。ウォッチが哉太と俺。筧は指示」

「はい」

「明日の詳細を見てどちらをコピーするかを決める」


こんな簡単な仕事もあるんだな、と全員が思っていた。会議をする間だけなのだ。

発言ぐらいはしなければならないかもしれないが、時間も短いし危険な感じもない。


簡単すぎて依頼料をもらうのも悪いよな、と

4人で笑った。






















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