第29話 絶望ブリー【8】









「いててっ!」


仮眠室のベッドに上裸でうつ伏せになった島山が唸る。

体を動かさないように頭だけを上げて歯を食いしばった大きな口を見せ、また枕に突っ伏した。


「いてーよ。筧。もっと優しくできねえの?」

「弾取るんだから痛いに決まってんだろ。

これでも麻酔してやってんだからマシなはずだよ?」


麻酔、と筧は言ったが市販のクリームだ。

ないよりはマシという程度だろう。


しかし肩甲骨の手前で弾が止まっていたので割と浅く、取り出すのは簡単だった。

どうやらあまり威力のない拳銃だったようだが

肩をえぐられている島山にはどちらにしても

痛いのには変わりない。


「篠、イソジン取って。

ジャバジャバかけとこう」

「ジャバジャバ?これ以上痛くすんなよなあ」

「イソジンは痛くないって。知らんけど」

「知らんけどやめろー」

「もう、咲うるさいな。篠、イソジン…篠?」


筧の隣で救急箱を膝に乗せて座っている篠原がぼんやりと島山の背中を見ている。

筧が篠原の目の前で手を振ると、ハッと気づいたように瞬きをした。


「なに」

「なにじゃないよ。イソジン。瓶ごと取って」

「あ、はいはい」


篠原が言われた通りにイソジンを瓶ごと筧に渡す。

島山の肩の下にシートを敷いているので、

筧は傷口に本当にジャバジャバ、と遠慮なく

かけた。


「縫えないからなあ。どうしよ」

「血は止まってんだろ?

なら絆創膏でも貼っといてくれよ」

「撃たれたところに絆創膏はさすがにないだろ。

あ、そうだ。縫わなくてもいいってテープが売ってるって聞いたことあるな」


筧が携帯を取り出してそのテープを調べる。


傷口を見ようとして島山が顔を後ろに向けると、救急箱を膝に乗せた篠原がぼんやりと一点を見つめていた。


「篠原?」

「…」

「おーい。篠原」

「ん?」


目に色がない、とでもいうのだろうか。

いつもと違う篠原を見て島山は心配になった。


一番最後にメンバーになったのが篠原だ。

島山の記憶が正しければ発砲した案件には、

まだ篠原は出会ったことがなかった。


よほどショックだったのか、怖かったのか。


篠原が入る前に島山とバディを組んでいた相手は、仕事中にケガをして怖くなり辞めた。

ケガは軽かったのだが、心の傷は深かったのだろう。


そのこともありケアしておく必要があるな、と島山は無理して微笑んだような篠原を見て考えていた。


「あったあった。これだ。買ってくるわ」

「俺行く。画像送って」


救急箱をベッドの空いているスペースに置き、

篠原は財布をポケットに入れて仮眠室を出て行った。


バタン、と事務所の入り口のドアの閉まる音を聞いてから島山が筧の方へ振り向いた。


「篠原なんか変だよな。

やっぱ…ショック受けてんのかな」


恨みを晴らす、というのが今回の案件の柱だ。

恨みを晴らしにくるヤツが丸腰でくるわけがない。


それがわかっていたので島山は今回ウォッチではなくコピーをしたのだ。


島山がケガをしたのを目の当たりにして、

もし自分がコピーだったら、と篠原は少なからず怖くなっているのかもしれない。


「ショックは受けてると思うよ。

目の前で咲が撃たれたし」

「だよなあ。実際見るとビビるもんな」

「そうじゃなくて。咲が撃たれた時…

篠は飛び出そうとしたんだ」


篠原が身につけていたカメラの映像が流れるようになった。

それを見て筧は篠原が足を踏み出したことがわかったのだ。


「…マジ?」

「校内放送、もなんだけど…

何かの時に証拠になるから撮影は続けてもらわないとならない。

哉太はもう顔出ししてたし、あの時点では

篠のカメラしか生きてなかったんだよ。

だから篠にウソついて咲のところに行かせないようにした」

「ウソ?」

「咲は致命傷にならないところに銃弾を浴びるように計算して突っ込んでるから心配すんな、って、ウソついた」


さすがの島山でもあの一瞬でそんな計算はできない。

しかしそうでも言わないと篠原は出て行って取り乱していただろう。


「警察が来るまで時間もなかったし。

だからそういうことにしといた方がいいかも、って。

篠が取り乱すことで時間が削られるし」

「うん。お前の判断は間違ってないよ。

篠原にこの仕事を続けてもらいたいから…

これからもこういうことがあるかもしれないってことは、正直に伝えないとだな」


それで篠原が辞めるというなら仕方ない。

しかし島山的には篠原に理解してもらって、

納得してからこの仕事を続けて欲しかったのだ。


「たぶんさ、篠がパニックになったのは

撃たれたのが咲だったからだよ」

「え?」

「もちろん俺たちの誰かが撃たれてたとしても篠は飛び出そうとしたかもしれない。

でも取り乱すことまでにはならないと思う」


消毒液やシートを片付けながら筧が微笑む。

あまり言うと今度は島山が責任を感じてしまうので、筧はあえて優しい言葉を選んだ。


シートを持ち上げたことによって、そこに

乗っていた弾丸がコロン、と転がる。

筧と島山はそれをじっと見ていた。


「心は殺さないと…特にウォッチは。

気配を感じ取られたらダメだもんな」

「そうだね。たとえ、目の前でメンバーが最悪の事態になっても息を潜めて、身を潜めないとならない。

ケースバイケースだけどそれぐらいの心意気でいかないとウォッチも、そしてコピーも務まらない」


それがたとえ愛する人だとしても。

しかしそれを篠原に伝えるのは辛いと、島山も筧も思っていた。


ギイ、と建て付けの悪い入り口のドアが鳴る。

タタタ、と歩く音がして篠原が仮眠室に戻ってきた。


「テープあったよ。あと、痛み止めの飲み薬も買ってきた」

「サンキュ。悪いな篠原」


島山が顔を横に向けてニコッと笑う。

篠原も笑い返したがやはりいつもの笑顔ではない。


筧はそれに気づかないフリをして、篠原が買ってきたテープを取り出して島山の傷口にペタリ、と貼った。


「咲、動くと取れるからちゃんとくっつくまでしばらくここで休んでて」

「座るのあり?

ずっとうつ伏せてたら腰が痛いんだよ」

「肩を動かさなければいいよ。

右腕もなるべく動かさないように」


うん、と頷いた島山がそろりと体を起こしてベッドに座る。

筧が小さな冷蔵庫から水を出してきて、島山に痛み止めの薬を飲ませた、


「このテープは救急箱に入れておくか。

よし。じゃあ俺、録音してるのを確認したいから帰るわ」


鏑木が宮良と犯人の男、それぞれに盗聴器を

くっつけていた。


島山たちが支店長室を出てからの動きだ。

どこまで録音できているか分からないが、筧は自宅でそれをひとりで聞こうと思っていた。


鏑木と藤井はあの後すぐに自宅に帰った。

今頃は二人とも死んだように眠っているだろう。


今回の依頼に関する会議は明日の予定だったので、今日中に筧は録音したものを聞いておきたかった。


「篠、咲のことよろしく」

「うん。わかった」


手を振った筧が部屋を出ていく。


島山がペットボトルの水を左手で持ってのどに流し込み、ふぅ、と息を吐く。

篠原がそのペットボトルを受け取って近くにある机の上に置いた。


「筧に聞いた。飛び出そうとしたんだろ?」

「ごめん。あんまり、覚えてなくて…」


たとえ目の前で島山が撃たれたからといって

仕事中に記憶がないなんて、本当なら許せないことだ。


依頼者のために一分一秒忘れることなく覚えておかなければならないのだ。


覚えていないことを隠そうと思えば隠せたかもしれない。

でもきっと嘘をついても島山にはわかってしまう。篠原はそう思って正直に言った。


「記憶はないかもしんないけどさ、ちゃんと

踏みとどまってくれたじゃん。

そのおかげで撮影は続行できた。ありがとな」

「咲…」


ベッドに座っている島山が、すぐ近くの椅子で頭を垂れてしまった篠原に微笑みかける。


下を向いているが、島山が本当に怒っていないことが篠原には見えた。


「これからは…気をつける。

どんなことがあっても自分の仕事を最後まで全うする」

「この仕事…続けてくれるってこと?」

「え?あ、うん」


ショックを受けていた篠原から辞める気が

ないという言葉を聞いて、島山は力の抜けた

微笑みを浮かべた。


「これからも、こんなことがあるかもしれない。

でも、みんなで協力してみんなで守り合おう」

「はい。俺も力になれるようにがんばる。

もう、自分の意志で動いたりしない」

「でもなあ篠原。俺でもわかんねえよ?」


島山の言ったことに、篠原は首を傾げた。


「俺でも完全に自分を殺すことなんて無理だってこと。

だって前もさ、篠原が首絞められて息が止まった時、俺パニックになったもんな」


島山がゆっくりと手のひらを上に向けて左手を篠原の方へ伸ばす。

篠原があわててその手を両手ですくうようにした。


「篠原とおんなじ状況で、好きな人がそんなことになったら、飛び出すかもしんねえ」

「…好きな人?」

「うん」

「どういうこと?」


篠原が真剣な顔で眉間にシワを寄せる。

それを見て島山がははは!と笑った。


篠原に好きになってもらうためにはもっといい男になる。


篠原にそう言ってから、島山はさらに仕事に打ち込んで

きた。

それは篠原に背中を見せる、というのもあった。

島山に限らず、島山代行事務所の先輩たちの背中は

篠原はしっかりと見てくれている。


しかし今もまだ未知の世界ばかりを体験している篠原は、

仕事を覚えるのに必死で、島山が以前にそう言ったこと

などどうやら忘れているみたいだった。


「どういうことだろねえ」

「え。なになに。あの、咲、好きな人…

いるってこと?」

「いるよ」


篠原がサッと眉を下げる。キレイな二重の目がだんだんと細くなって悲しそうな顔をした。


「今言ったよ?篠原の息が止まった時パニクったって。これからもしそんなことがあったら俺どうなるかわかんね、って」

「……」


今度はカッと見開いた篠原の大きな目。

その下の頬がみるみるピンクに染まっていく。


篠原がすくった左手を返して、島山は篠原の手を握った、


「俺の好きな人は、篠原なんだけど…

顔ももちろん美人だから好きなんだけど、

それよりもマジで一生懸命仕事してるとことか、がむしゃらにがんばってるとことか、

マジでリスペクトしてて、」

「理由いいよ。恥ずい」

「まあ、そんな感じなんだけど…お前は?」


繋いだ手が熱くなっていく。

ふたりの気持ちを温度に表すとこうなるのだろう。


目をキョロキョロさせている篠原を見て島山はそんなことを考えていた。


「俺も、リスペクトしてますよ」

「そっち!?」

「声デカっ!」


島山が撃たれて飛び出しそうになった自分。

今でこそ記憶は途切れ途切れだが、あの時の必死な感情だけは胸に残っている。


頭がパニックになるほど島山を失いたくないと思ったのは上司だからというわけではなさそうだ。


そう考えると篠原の胸が暖かくなってきた。

島山の手をきゅっと握り返して、男らしいキレイな眉を下げている島山を見て微笑んだ。


「俺も、好きです」

「マジ?」

「はい」

「よっしゃ!やったぁー!」

「あ、待って待って」


ガッツポーズをしようとした島山の右手を篠原があわてて押さえる。


次の行動が簡単に読めてしまうところも可愛いな、と思い、篠原は腕を押さえながら下を向いて笑った。


「いてててて」

「もう〜。じっとしてて。テープが取れるよ。

座ってたらどうしても動くから、

寝た方が良くね?」

「なあなあ。肩のとこにタオル敷いたら

仰向けに寝れるかな」

「うつ伏せの方がいいんじゃない?」


篠原がそう言ったのもきかずに島山がタオルを取ってくれ、と指先でタオルの入っている棚をさす。


仕方なく篠原がタオルをベッドに厚めに敷くとその上に、いててて、と言いながら島山が仰向けになった。


「あ、そっか。うつ伏せは腰が痛いんだよな」

「それもあるけど、うつ伏せだったら

篠原の顔が見えねえから」

「いやもう俺帰るんで。お大事に」

「はあ?冷たくない!?

筧に頼まれてなかったっけ?

俺、手使えないんだよ?メシどうすんの?」

「咲、左利きでしょ」


ええええー!と大きな声を出して不貞腐れている島山を見て篠原が笑った。


助けるためとはいえ飛び出して宮良をかばった島山だったが、これからは篠原だけではなく

メンバー全員に心配をかけないように、

そして仕事を全うしつつも一番に命を大切にするようにしなければならないと思っていた。


身代わりになるということ。


危険と隣り合わせなのかもしれないが、

ケガをしたり命を落としては意味がないのだ。


ニコニコと笑って篠原が島山を見ている。


依頼人だけではなくメンバーの笑顔も守っていきたいと島山はあらためて誓った。










次の日。まだ長時間座れない島山のために全員が狭い仮眠室に集合した。


筧が持ち込んだパソコンを小さな机に乗せて、

メンバーがそれを取り囲んで座った。


小さな窓から午後の日差しが差し込む。

筧がその日差しに背を向けて、机の上のパソコンがみんな見えるように椅子ごと窓の方へ下がった。


「朝のニュース見てない人のためにまずは

それから見せるね」


筧のマッシュヘアのふちが逆光になってキラキラと光っている。

マウスをクリックするとパソコンの画面もキラキラとし始めて朝の情報番組が始まった。


「昨日、千葉市中央区の不動産会社ミヤラエステート千葉支店の支店長室で発砲事件がありました。

ケガ人はいません。

現在、発砲したと思われる男と支店長の宮良惟久みやらいくさんに警察は事情聴取をしているということです」


キャスターの声とともに昨日見たばかりの建物が画面に映る。

その当時現場にいた4人だが、それがずいぶん前のことのように感じていた。


「千葉支店長の宮良惟久さんの中学の時の同級生の男が、宮良さんに復讐をするために予告状を出したということなんですね」

「なぜ復讐なんでしょうか」

「犯人と思われる男は中学時代に宮良さんにイジメを受けていたということなんです」


キャスターとコメンテーターの間にある大きなモニターに、今回の事件で今のところわかっていることが箇条書きにされて載せられていく。


その中には島山代行事務所のことは一切入っていなかった。


「ニュースは他局も似たようなもんだった。

で、犯人くんと宮良につけた盗聴器の録音を

宮良の方から流すね」


ふっ、とニュースの映っていた画面が消え、

オーディオスペクトラムが表示され、

宮良と警察の声に合わせて縦に並んだ棒が跳ねていた。


「手紙をもらった時、社長にバレるのが怖くてひとりでなんとかしようと思いました」


島山代行事務所に身代わりとして犯人に狙われてもらう。

宮良の本当の思惑は、島山代行事務所がいなかったことになっているので伏せられることになった。


「宮良さんは手紙を出した犯人が誰か、

わかってましたか?」

「はい。わかっていました。

私が中学の時にいじめていたことに対する復讐だということもわかっていました」


そしてやってきた男に部屋に入ってこられ発砲された。

弾は壁にめり込んでいた一発のみ。

警察に対して宮良はそう答えた。


「支店長室の外で銃声を2回聞いたという社員の方がいましたが、本当に一発でしたか?」

「一発です。二発なら絶対に覚えています」


問題はそこなのだ。

元々男の拳銃に弾が何発入っているのかがわからない。

そして銃声を2回聞いたという人物もいる。

しかし当人である宮良は一発だと言っている。


どれが真実なのか。


二発が真実だとすれば二発目の弾はどこへ消えたのか。

警察はやはりそこに論点を置いているようだった。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る