死父

 一人で部屋で飲んでいると、酔い潰れては眠り、また起きては飲むの繰り返しをする。何が楽しいのかと聞かれても、飲む以外することがないので飲んでいる。酒が切れると近所のコンビニに買いに行く。確か、深夜の3時頃だったと思うが、自分の指の爪がどうしても気になり、コンビニに行く前に切ってしまおうとバチバチ切り出した。案の定、左指の人差し指の肉に刃が挟まり、したたか切って血が吹き出た。承知かもしれないが、この部屋には絆創膏だの、包帯なんかが無い。ちょうどいいと思って、酒を買いがてら、絆創膏もこの際買って、少しは人並みになろうと思い、血をダラダラ垂らしながら、部屋を出て、コンビニに向かった。私の住んでいたアパートは閑静な場所にあって人っこ一人いない。ま、大体午前3時に誰もいるわけがない。コンビニに入るといつものナイトシフトのニイちゃんがいる。こちらに目を向けずに、いらっしゃいませと言う。この時間に来るのはほぼ私くらいものだ。ジンを1本とワインを2本買い、部屋に着くと絆創膏を買うのを忘れていた。やはり私は人並みにはなれない。血もほぼ止まっていたようだから、めんどくさいのでセロテープでグルグル巻きにしておいた。ジンの栓を開け、トニックウォーターで割り、飲み干すとその素晴らしさに感動すら憶える。この世は快楽と冗談だけでできている。久しぶりにアーマッド・ジャマルでも聴いてみたが、5分くらい聴いて、うるさいなと思い消した。

女に電話でもしようかと思ったが、やはりやめた。

なんだか死んだ父親の事を思い出した。私と同じ酒飲みで55で死んだ。死んだ時、私は正直ホッとした。父親は晩年になると精神的に酷く不安定な状態になり、手が負えなかった。暴力を振るうわけではないが、ひたすらウチに籠り、私の母親を言葉で随分なじっていた。私と殴り合い寸前の場面も1回や2回ではなかった。父親は外資系の高級エンジニアで英語と中国語が堪能だった。極東地区の石油基地を統括して毎日の仕事のプレッシャーからか毎晩、シーバスをほぼ1本開けていた。

父親が死んだ時、涙が出なかった。

ようやく終わった。

と思ったものだ。

今でもその気持ちは変わらない。

父親に対して恨みごとは一切無い。それは彼は彼の人生を生きたからだろう。

それに給料も良かったから、たくさんの金を母に残した。


母は今、その金でクルーズ船に乗ったりして旅に出ている。

時々、母から電話が来る


「今?ブエノスアイレスだよ、あんた、ちゃんと食べてるのか?酒は飲むなよ」


「酒なんか飲まない、今、ステーキを焼いたところだ」


多少、嘘はついたが、確かにその時は珍しくステーキを焼いていた。


私は食わないが、久々に遊びにきた唯一の友人のために。


では股。

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