円環の廃墟

 目覚めて、血まみれになったことはあるだろうか。私はあって、自分の風呂場のバスタブで目が覚めた。血まみれな自分の体にしたたか驚いた。「人でも殺したのか」と思ったものだった。幸いそうではなく、自分の左手の指を切ったらしくそこから血が流れていた。血はすでに固まっていた。私はフラフラと起き上がり、シャワーを浴びた。熱い湯のせいか、傷からまた血が吹き出した。私はどういうわけかシャワー室を抜け出し、キッチンに向かった。確かめたかったのだろう。どうやら、つまみにトマトを切ろうとして失敗し、指を切ったようだ。私は少し落ち着いた。しかし、血の流れは止まらず少し困惑した。またシャワー室に戻り、指の傷を洗った。改めて気づいたが、傷は指だけではなく左足の太ももも大きく切っていた。一体何があったのかなと考えてみた。が、思い出せるわけもない。湯がかかり血が噴き出す。バスタブから、排水溝に流れる血の流れが随分不気味だった。私はバスタオルで一旦、自分の体を拭いて、ベッドに座り友人に電話をかけた。友人はこんな自分をよく理解している男で「今から行く」と言い残し電話を切った。血は止まらず、指と太ももから噴き出す。ベッドのシーツも血で汚れていった。私はテーブルに置かれた飲み残しのジンを煽った。それからまたシャワー室へ行って血を洗い流した。私の部屋には絆創膏も包帯もなく、タオルで傷口を押さえてリビングの椅子に座っていた。怖いのでジンをまた煽った。程なくして部屋の呼び鈴がなった。友人が現れた。私はすぐにドアを開けた。友人は何も言わずに私の着替えを持ってきてフラフラの私を着替えさせた。友人は車を持っていたので私は後部座席にのってそのまま寝転んだ。

二人とも無言で何か別な事を考えていた。

西新宿の救急病棟に向かった。友人が色々手配してくれて、私は言われるがままに待合のベンチに座っていた。血の流れは一通りおさまっているようだ。よく見ると、色々な人間がいた。殴られたホスト風な若い男、ずっと下を俯いた若いらしい女、天井を見つめ動かない爺さん、手首を若い女にずっと掴まれている小さな子供もいた。しかし不思議と私は、いや私たちは落ち着いていた。ゆっくりとした時間が流れていた。それは多分、いつか、ここにいる人間たちは、最終的に自分たちの行き着く場所がきっとこんなところで、自分が隠し持っていた表には出さない我慢していた事があったとして、とうとう、隠しきれずここにいる。あるきっかけで吹き出してしまい、もう全てをさらけ出した。もう隠すことも、逃げることもない。安堵した雰囲気が流れていた。死ぬとか死なないとかそんなこともどうでもいい。阿片窟とはきっとこんな雰囲気なのだろうな。

私は名前を呼ばれた。

医者は傷口を見てくれた。慣れた感じで若い、メガネの似合う疲れた感じの男の医者だった。

「よく飲みますか?」と医者

「はい」と私

看護師が私の傷をあらたに洗浄し、包帯を巻いてくれている。

「これをどうぞ」疲れた感じの若い医者はパンフレットを私にくれた。

私は受け取り表紙を見た。

私もよく知っているアル中患者の療養施設の案内だった。

一通り治療が終わった。

清算を済ませ、私は友人の車の、今度は助手席に座った。

私たちはなにも言葉を交わさない。

友人はアクセルを踏んだ。

今は何時だ。

ああ、朝の6時を少し回っている。

車窓から、新宿の風景が見えた。

ゴミを回収する人々が見えた。

寝転んでいる者も見えた。

泥酔してもまだなお酒屋めざす者もいた。

こうやって、グルグルグルと回っている街だなと思った。

私は友人に聞いた

「今日は何曜日だ?」

「土曜だ」

私は途中でコンビニに寄ってくれと頼んだ。

ジンかワインでも買おう、

ああ、スッキリしたいからビールもいるな

と思った。

まだまだ時間はある永遠にあるかのような錯覚さえ

覚える

同じようで似ても似つかない時間が人々に

流れる

グルグルグル回る。

朝日が目に染みた。

私は目を閉じた。


では股。


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