あまり期待するな

鏖(みなごろし)

野生の棕櫚

 できれば、家を出たくない。一歩もだ。この2階のこの部屋で、またはベッドの中にずっといたいものだ。昔、若い頃、珍しく友人ができて飲みにいかないかと電話があった。私は家に居た。「わかった」と答え電話を切るとわたしは出かける準備をした。シャワーに入り、着替え、靴下を履こうとした時、なんで出かけるのにこんなに手間のかかることするのかなと、もう、何もかも嫌になった。もちろん出かけるためにシャワーに入る必要もないし、着替える必要もないし、ましてや靴下も履かなくったっていい。しかし、人は何処かに出掛けるときは何かしらするもんだ。財布も持たなきゃならないし、最近はスマホか、随分と厄介なことしなきゃいけいないと考えてしまう。そうなるともうダメで出掛けない。悪いがわたしは友人に電話を掛け直し具合が悪いとかなんとか言って断った。その友人は頗るいい奴で一緒に飲むと楽しい。しかし飲むのならわたしはやっぱり一人がいい。理由は色々あるが、何も、誰にも気を使わなくていいからだ。酔い潰れて寝転んでも文句を言われないし、部屋の中なら安全だ。テレビも点けない。壁や天井ばかり見つめて黙々と飲む。つまみはなんでもいいが大抵は食パンをトーストにして一枚を小さく契っては口に放り込む。金がないわけじゃない。まぁ無いのだが。とにかく自分にとっては味の付いたものが酒には合わない。だからバターもマーガリンも付けないそっけない味のトースト一枚くらいで安物のワイン1本くらいは飲める。極端なことを言えばはガムでもいい。画家のハイム・スーチンもおんなじことをしていて、こいつも立派なアル中だな、と思った。金がない云々ではなく、食べると酔わなくなるからだ。満腹では酒を飲んでも酔わない。純度の高い蒸留酒を飲んでも、もう酔わない。満腹感で酒が回らなくなる。だから、アル中は食わない。中島らもも確かおんなじことを言っていたような気がする。そして行きつけの店なんか持たない。特に個人店なんか誘われない限りは行かない。店主や店員と仲良くなろうものなら、「もうその辺で」とか「今日はここまでにしておいた方が」とか「少しは食べないと」とか、そんな大変気を遣ってくれてありがたいことを言ってくれる方たちの店の常連にでもなってしまったら、自由に酒が飲めなくなる。こっちのやり方で飲みたい。店で飲むのが好きな奴とそうでないのがいるが、私は全く後者だ。もうあらゆることがめんどくさいから自由に飲む方を選んでいる。飲む以外することがないから飲んでいる。そんな奴はかなりの数がいる。まだコンビニに酒を置いている店が少なかった頃、酒屋で酒を買うのだが、近所の婆さんの酒屋で毎日缶ビール500ml2本、ワイン2本を買うのが常で、一度少し胃の具合が悪かったので缶ビール500ml2本とワイン1本だけにすると

「今日はワイン2本じゃなくていいの?」と店主の婆さんに言われて、頗る恥ずかしい思いをした。いろんなアル中がいるが、大体手に負えないプライドの高いアル中が多い。私は学歴も酷いし、職業で人を判断したりはしないが、あまり自慢できる仕事をしているわけじゃない。ひっそりとただただ飲んでいるつもりがちゃんと見ているやつがいるのかと思うと、恥ずかしい、と言うよりは、何かしら自分の中にある「柔らかいもの」を見られた感じでバツが悪い。それで私は近所の酒屋を3件見つけ、そこをぐるぐる代わりばんこで酒を買うようにした。それでも一度なんか婆さんじゃない、おっさん店主の酒屋に行った時、

「お兄さんよく買ってくれるからさ、これプレゼント」と言われてウィスキーグラスをもらったことがある。数回その店に行く度にそのグラスをもらうので5個くらい貯まってしまった。私の家に同じグラス5個は全く必要ない。その店には行くことは二度と無くなった。

昔、一緒にいた女に

「酒飲みは本当に意地汚い。酒を飲むためだったらなんだってするのね」と言われたがその通りだ。ギャンブラーはギャンブルのためだったら何でもするし、薬物中毒者も同じだ。依存者は開き直ってまたヤルか、不甲斐無さに落ち込んで逃げるためにまたソレに依存するか。それとも単に楽しいか。またはその全てか。そして同じことが死ぬまで永遠に繰り返される。週末または明日が仕事休みとなるともう歯止めが効かなくなる。酔いが覚めて酒が切れると深夜だろうが朝方だろうがコンビニに酒を買いに行く。コンビニというのは奇妙に人間関係を希薄する場所でアル中も店員も気に止めることはまずない。ナイトシフトの店員は特に客に希薄で無表情で「あ、また来たな」くらいの感じがこちらにとっては随分と心地よく気楽だ。一度なんか起きるとカーテンの隙間から陽がさしていたのだが、それが朝なのか夕方なのか、土曜なのか日曜なのかそれとももう月曜まで行ってしまったのか全く分からなくなることがある。そしてテーブルに乱立した酒瓶を見て少し唖然とした。ワイン2本にジン1本、ビール空き缶が4~5本転がっていたのだが、誰か呼んでパーティでもしたかのような有様だったし、自分は追加でジンやビールを買いに行った記憶が全くない。そんなブラックアウトが何度もある。

今日は土曜の朝だ。テーブルの上には酒瓶が乱立している。しかしそんなに酷くは無い。記憶だってある。カーテンを開けてみると日差しが眩しい。私は冷蔵庫を開けて缶ビールの栓を抜くとビールを飲みながらコーヒーを淹れることにした。


では股。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る