第3話 エルナのお家

「……あの、エルナ。やっぱり止めよ? ほら、ご両親にも申し訳ないし」

「もう、だから大丈夫だって。パパとママは絶対に歓迎してくれるから! もし嘘だったら、わたしもう一回川に飛び込んでもいいから!」

「いやそれは止めて? なんのために助けたのか分からなくなっちゃうから」

「あははっ、それもそっか」



 それから、少し経過して。

 彩り豊かな街の中を、ぼくの手を取りつつ軽やかな足取りで進んでいくエルナ。一体全体、どういう状況なのかというと……まあ、さっきの言葉の通り、本当にぼくと一緒に暮らすつもりのようで。……あの、やっぱり考え直そ? 絶対、迷惑になっちゃうし。……あれ? ところで今、なんか――


「――ほら、着いたよハイノ!」

「……へっ? あっ、うん……」


 瞬間、隣から響く明るい声でハッと顔を上げる。彼女の示した視線の先には、まるで絵本のように可愛いカラフルなお家。まるでおとぎの国に迷い込んだ不思議な気分だけど、あいにく浮かれている場合じゃない。ここが彼女のお家なら、迷惑にならないようぼくはすぐにでも引き返さなくちゃ――



「――おかえり、エルナ。……あれ、君は……」





「――ほんとにごめんね、ハイノくん。愛娘の命の恩人だというのに、お礼の一言も言っていなくて。ほんとにありがとう、ハイノくん」

「本当にごめんなさいね、ハイノくん。エルナが無事だと分かって、つい感極まっちゃって……私からも本当にありがとう、ハイノくん」

「あっ、いえ気にしないでください! その、エルナさんが無事で、僕も本当によかったです」



 それから、ほどなくして

 見たこともないほど綺麗なリビングにて、ダイニングテーブルの向かいから言葉の通り申し訳なさそうに話す綺麗な男の人と女の人。ぼくの隣で楽しそうに微笑んでいる少女・エルナのお父さまとお母さまで、顔立ちも雰囲気もエルナとよく似ていて。……でも、彼女と違うのはお二人ともとても落ち着いて――


「あれ? ハイノ。ひょっとして、なにか失礼なこと考えてる?」

「……へっ? ……あっ、ううん、そんなことは……」


 すると、ふと隣からニッコリと笑顔でそんなことを言うエルナ。いや、別に失礼なことなんて……うん、するどいね。





「……あの、ほんとにいいんですか? その、ぼくまでご一緒して……」

「もちろんだよ、ハイノくん。エルナが帰ってきたら食事にしようと思っていたから、ちょうど良い時に来てくれてよかったよ」

「そうよ、ハイノくん。遠慮なんてせずにたくさん食べてね」

「……あ、ありがとうございます……」



 それから、しばらくして。

 そう、おずおずと尋ねてみる。すると、満面の笑顔で答えてくれるお父さまとお母さま。遠慮なんてしたらむしろ申し訳ないくらいの、まぶしいほどの笑顔で。……その、ありがとうございます。



「それでは、いただきます」

「「いただきます」」

「……あ、その……いただきます」



 それから、ほどなくして。

 最初にお父さま、続いてお母さまとエルナ、そして最後にたどたどしくぼくが手を合わせお食事前の挨拶をする。……うん、いただきます。


 さて、綺麗な木製の食卓にはアイントプフやシュペッツレ、ザワークラウトなど、この国の代表的な家庭料理が彩り豊かに並んでいて。ちなみに、アイントプフとはソーセージや野菜などたくさんの具材を一つの鍋で煮込んだスープ、シュペッツレとは卵入りのパスタのような麺料理、ザワークラウトとはキャベツのお漬物で……うん、どれもおいしそう。


 ……さて、どれから……うん、スープかな。そういうわけで、そっとジャガイモをスプーンですくい口の中へと――



「…………え」

「……ハイノ?」

「……あ、ごめん、その……」


 ふと、きょとんと首をかしげ尋ねるエルナ。まあ、それもそのはず……どうしてか、最初の一口を噛みしめてほどなく、ぼくの目から一滴の雫が頬を伝ってきたのだから。


「……あ、その、ごめんなさ――」


 そう、謝罪を口にしようとするも不意に止まる。と言うのも、隣にいるエルナがそっとぼくの肩に手を乗せ微笑みを浮かべていたから。何も言わなくていい――そう言ってくれているような、優しい微笑えみで。そして、そっと視線を移すと、お父さまとお母さまも同じような微笑えみを浮かべてくれていて……だから、代わりに――



「……その、ありがとうございます、お父さま、お母さま……エルナ」


 そう、感謝の言葉を口にする。すると、みんな優しい笑顔のままそっとうなずいてくれた。








 

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