第5話
人生において最も悲惨なことはなにか?
それは友達を夏祭りに誘っても断られ、代わりに七歳の妹が友達と行くのでその子守をしろと母親から命令されることだ。
高二にもなって妹と一緒に夏祭りなんて断固拒否したいところだが、ぜんそく持ちの妹はどうしても友達と一緒に行きたいらしく、それならちょうど予定が空いた俺が適任だとされた。
「りんちゃんになにかあったら大変でしょ」
当日も仕事な母親はそう言って俺に妹を押しつける。
妹はぜんそく持ちだと言っても以前よりは症状も随分軽くなってきてるし、本人も七歳なのでしんどくなったらいつも自分で鞄に入れている小型の吸引器を使っていた。
俺が渋っていると妹は「いきたい」を連呼し、それを無視していると泣き始め、なぜか俺が母親に怒られ、最後には連れて行くことを約束させられた。
市境のこの町で住民が気軽に行ける夏祭りは二つあり、一つはこれから始まる隣町の花火大会。もう一つは夏休みの終わり頃に行われるうちの市がやる花火大会だった。
色々と長ったらしい名前はついていたが、ほとんどの人達は七月の花火大会と八月の花火大会という味気はないが分かりやすい表現で呼んでいる。これから行くのは七月の方だ。
二つの市は互いをライバル視しているらしく、毎年どちらが花火の大きさや綺麗さ、祭りの参加者人数を競っていた。
しかし俺達市民にとってはそんなことはどうでもよく、徒歩や自転車、バスで行ける範囲に二つも夏祭りがあってお得だくらいにしか思っていない。
子供の頃から両方の花火大会に行っていた俺はそれが恒例となっており、出店なんて大した変化がないのを知っていながらも、やっぱり自然とこの時期になれば足が向いてしまう。
なので行きたくないわけじゃないんだが、当然クラスメイト達も行くわけで、周りが友達同士やカップルで来ている中、子守をしているところを見られたくなかった。
だが俺の羞恥心は虚しくも無視され、午後六時半に現地集合を約束した妹と近くのバス停まで歩くこととなった。
バスは当然満席で、俺と妹は立つことになった。新しく買って貰った浴衣姿の妹が尋ねる。
「たのしみだねえ。おにいちゃんはなに食べるの? あたしはりんごアメかわたがしでなやんでる。どっちのほうがいいとおもう?」
知るか。どっちの砂糖の塊なんだから強いて言うならりんごがついている方がお得だ。
そう思ったが、泣かれても困るので「さあな」とだけ言っておいた。
バスは三駅ほど行ったところで駐まると乗っていた客のほとんど吐き出して去って行った。
妹を連れて待ち合わせをしているという巨大な駐車場にある大きな杉の木に向かうと、小さな女の子が三人ほど楽しげに話していた。妹がそこへ合流すると甲高い声が響く。
その後ろにいたおばさんがどうやらどれか一人の保護者らしく、「子供達は見とくから」と言われ、携帯番号だけ教えてお言葉に甘えさせてもらった。
「バイバーイ。さびしくなったらきてもいいからねえ」と妹は言ったが、俺は笑顔で手を振りながら「誰が行くか」と呟いて踵を返した。
屋台を一人で回ってみるが、やっぱりどれも見たことあるものばかりだ。空いていた小腹を安かったいか焼きで満たすと、特にやることもなくベンチで周囲を眺めた。
一人で回る祭りってのはこれほどつまらないものかと思いつつ、妹達に巻き込まれなかっただけマシかと考えた。
花火が上がるまであと二十分。そろそろ移動するかと立ちあがった俺は喉の渇きを覚えた。あの場所へ行くまでになにかあるだろうと思って歩き出すが中々見つからない。
最後の最後、屋台の端っこにひやしあめ屋があった。わりと高齢の関西人しか飲まないそれを買うか躊躇ったが、今からまた屋台の群れを遡るのも面倒だ。
一杯百円と安価だが、屋台は閑散としていて客は誰もいない。場所も場所だが売り物も売り物だ。ここの祭りは若者が多いから好んで買う人はほとんどいないだろう。
しかも店主はサングラスをした胡散臭そうなおじさんだった。客が来ないと諦めているのか椅子にもたれて駐車場の隣にある小さな山を見つめていた。
「……すいません。一杯ください」
おじさんは客が来たことに驚いたみたいだった。
「……はいよ。百円ね」
俺が百円玉を屋台に置くと、ひやしあめが入った紙コップがその隣に置かれる。それを受け取って一口飲むと口の中にショウガの香りが広がった。あんまり好きな味じゃないと思っていたけどさっぱりしていて悪くない。
歳を取ったからかなと思いながら俺はおじさんが向いている山の方に歩いて行った。
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