7. ハンナの想い



【Side ハンナ】


私、ハンナは生後すぐ、村の入り口に捨てられていたのです¥


親が村の人なのか、隣村の人なのか、貴族の愛人なのか、旅芸人なのか、さっぱりわかりません。


ただ、ぼろ布に包まれて、「ハンナ 6月6日生まれ」という紙が一緒だったそうです。


わかるのは、字を書けるだけの教養があったことと、貧しかったことだけ。


 もし赤ちゃんが大事なら、できるだけいい布でくるんでおくでしょう。それもできないくらいの貧乏ということです。


まあ、大切なら捨てないでしょうけどね。


私は地元の神殿の孤児院で育ちました。ここの神殿は小さく、天賦の才の儀式はしません。


孤児院には0歳から12歳までの子供たちがいます。


年齢が同じ子が多いか少ないかは、まちまちです。


時々捨てられている乳児だけじゃなくて、たとえば流行り病があると8歳くらいの子供が増えたりもします。



本当に小さい子を除いて、子供たちは、読み書きの勉強以外、毎日、グループになって活動します。


孤児院の畑仕事、近所の農家の畑仕事、神殿の掃除、孤児院の掃除、洗濯、裁縫、乳児の世話や食事作りなどです。


年長者と小さい子が混ざってグループになります。



大きい子は、小さい子の面倒を見ながら働くのです。


物をもらっても、大きい子は決して自分で独り占めしません。 これは、自分が小さいころ、大きい子たちに守ってもらったことを忘れないからです。



でも競争はある。孤児院の子供たちは、自分がどれだけ外から物やお金を持ってこられたかで。競うのです。


みんなのためにどれくらい貢献できたか、での競争。


たとえば一人で銀貨2枚稼いだ子は偉いし、野菜だけじゃなくて肉をもらってきた子も偉い。古着をたくさんもらってきた子も偉いのです。


こんな感じでした。


小さい頃、私は大きい子のあとをただついていくだけで済みました。何も貢献できなかったのです。

みんな、ハンナはトロいから無理だよ、って言っていました。


自分より小さい子に馬鹿にされるのはちょっと嫌だったけど、その子たちにも勝てないことが多かったので、反論はあまりしませんでした。


でも小さいころはまだ良かった。


12歳で最年長になったときは困りました。


グループわけで、みんな私と一緒になりたがらないのです。


私と一緒になったら、私の次に大きい子が、その日のグループを仕切る習慣がいつのまにかできていました。



私はとろいから、なかなか決められない。それだったら、リーダーになるより、誰かについていったほうがラクだし、みんなのためにもなります。


そうするとまた下の子たちからも馬鹿にされるけど。いいんだ。私はそれで。



そんな私にも、孤児院を出る日、、天賦の才の授与の儀式が迫っていました。



優しい院長先生は私を呼んで、言ったのです。


「ハンナ、よくお聞き。


もうすぐ天賦の才を貰い、独立する日がくる。


みんな、あなたのことをトロいとか遅いとか言うけど、あなたにもいいところは一杯ある。


物事を着実にやるとか、丁寧に扱うとかね。」


私はただ聞いていました。

私にいいところなんか本当にあるのかな?



「でもね。天賦の才をもらえばすべて解決する、なんて甘いことはないのよ。使えない職業や、ゴミスキルがくるかもしれない。


でもね。あきらめちゃいけない。


いつかきっと、あなたの良いところをわかってくれる人が現れる。


その時には、その人についていきなさい。


ただね。甘えちゃだめよ。



その人が認めてくれたあなたのいいところ、それを真剣に磨き続けなさい。


その人があなたを評価してくれる限り、あなたは幸せになれる。」


私も幸せになれる?そうなのかな。


「そうして、その何かを磨き続けていたら、もしその人が居なくなってしまったとしても、どうにかなる。ほかの人もあなたを認めてくれるかもしれないし、あなたがそのいいとろを使って一人で生きていけるかもしれない。」


院長先生は私にゆっくりと言ってくれました。



「私のどんなところを誉めてくれるのかな?」

私は疑問でした。


院長先生は首を横に振って言いました。・


「それは私にもわからない。


スキルかも、性格かも、顔かも、成長したら、体かもしれない。


ほめてくれることを、磨きなさい。


その人があなたを必要としてくれるように、全身全霊で頑張りなさい。

料理かもしれない、歌かもしれないし、体を使うのかもしれない。 


それでその人の役に立ちなさい。


そうしたらきっと、その人はあなたを捨てずに、自分の周りのどこか片隅にでも置いておいてくれるわ。」


「捨てられない?」

私は親に捨てられた。二度とごめんです。


「捨てられないように、ハンナ、あなたが頑張るのよ。」

先生は私の目を見る。


「もしかしたらその人の周りには女の人も男の人もたくさんいるかもしれない。


そうすると、その人はあなたをなかなか見てくれないかもしれない。


でも、手元に残してもらえるように頑張るの。」



院長先生は私の頭を撫でてくれました。


「ハンナ。はっきり言うわね。あなたは、自分から道を切り開くタイプじゃない。人の言うことを受け入れるタイプよ。


あなたには競争が向かない。 


もし、いざとなれば娼館に行けばいい、なんて思っていたらあなたは絶対だめ。


あなたは娼館で体を売っても、お客さんをとれない。」



「そう、なんですか?」

私はちょっと驚きました。いざとなれば娼館で働けばお金になると思っていたからです。



「そうよ。娼館は女の競争の場よ。お客さんをどうやって自分にひきつけるのかの勝負なんだから。


気の利いたことをしないと、一見さんをつなぎとめて裏を返させることは難しいわね。


あ、裏を返すっていうのはね、二回目に来るっていうこと。三回目からは御馴染みさんなの。


でもあなたはほかの女の子にお客を取られるタイプね。



お客を繋ぎ留められない女の子は、娼館だって置いてられないから、そのうち追放されて道端で野垂れ死ぬよ。だから、いざとなったら娼館に行けばいいやなんてこと考えないでね。」


胸にぐさりと来ました。



「ハンナ、私はね。娼館で働く女の人たちも偉いと思っているのよ。この世界では、それも一つの立派な生き方なの。でも、あなたには向いていないの。


あなたにモンスターの討伐が向いていないのと同じね。」


言われてみれば、たぶんそうなのです。


「…じゃあ、どうすれば?」

私は泣きそうになった。



「とにかく生き延びて、あなたの良さをわかってくれる人を見つけて、その人のために頑張りなさい。それが、あなたのためになる。」


院長先生はそう言って、もう一度頭をなでてくれました。



それから数日が経ち、天賦の才の賦与の儀式の日になりました。



私たちの孤児院からは3人が参加しました。そして、私がいただいたスキルは、「草取り」でした。一緒に来た二人から、また馬鹿にされました。


儀式のあとで私に声を掛けてくれる人はいなかったので、私は冒険者ギルドに行きました。


そこで冒険者登録をして、若い受付のリンさんという女の子に話を聞きました。



やっぱり、「草取り」はゴミスキルでした。


農家の人たちにしても、毎日草取りはしないので、たまに冒険者ギルドで草取りの人員を雇うだけなのだそうです。


だいたいは自分でやるそうですし。


まあ、そうですよね。 草取りなんて、スキルがなくても十分にできるんだもの。


ちょっとくらい草取りが早くできても、それで一生食べていくことは多分できません。


でも、親切なリンさんは教えてくれました。

たぶんいいのは、森で薬草を採取することだと。



それだけ聞いて、私は「それ受注します。ありがとうございます」と言ってギルドを飛び出しました。リンさんがなにか叫んでいましたが、気にせずに森へ向かいました。



草取りスキルで薬草採取。それならできそうです。



…私は馬鹿でした。リンさんがあのあと何を言おうとしたのか、やっとわかりました。


私には、どれが薬草なのかわからなかったのです。

薬草って目立つのかと思いましたが、そもそもどんなものかもわからないのです。



きっと、ギルドには絵とか実物見本があったのでしょう。


それを見てからくればよかった。後悔が募ります。



仕方がないので、それっぽい草を一つかみしてみました。



当たりがあればめっけものです。


でも、確か10本で納品しないといけなかったはずです。



10本はあたってないでしょう。


何やってんだろう。私は天を仰ぎかs三田。


その時です。


「グキャ。グギャ」という声。



背が低くて緑色の魔物が出ました。ゴブリンでした。しかも三匹。

一般的にはゴブリンは弱い魔物ということになっていますが、たぶん私よりは強いでしょう。



結局私は、ゴブリンの餌になる運命だったのでしょう。


私のいいところは誰も見つけてくれなかった。


…と思ったとき、突然助けがやってきました。


狼を連れた、私と同い年くらいの男の子でした。

たぶん孤児なのか、私と似たような格好です。 でも強い。



男の子は、狼と一緒にあっと言う間にゴブリンを倒してくれました。


すごい。尊敬します。


その男の子、アレンというそうですが、彼は何と、今日、儀式を私と同じときに受けた子だったのです。


そういえば、最後に変な魔法と言って笑われた子がいたような気がします。 


私は「草取り」スキルのことで落ち込んでいたので、細かいことは覚えていませんでした。



アレンは、ステンマルクの街まで一緒に帰ってくれました。


彼は聞き上手でした。

いつのまにか、この口下手の私が、自分のことを話しているのです。


不思議でした。


そこで私は思いました。


この人についていこうと。

この人についていけば、きっと私のいいところを見つけてくれると。


他力本願のようですが、仕方ありません。



歩いているうちに、街の門をくぐり、ギルドへ戻りました。


リンさんが受付に来てくれました。

案の定、私の薬草は受け取ってもらえませんでした。


でもいいんです

受付のリンさんが、気を利かせてくれ、アレンと同じ部屋で寝ることができるようになりました。


今夜、できる限りサービスしよう。 私は決意しました。


未熟な体ですが、やれることはあるはずです。





夕食を食べに行ったら、二か月間パーティを組まないか、と誘われました。


嬉しいです。


彼は、私のスキルに興味があるそうです。


こんなゴミスキルなのに。



何にしても嬉しいです。このスキルを一生懸命磨きましょう。


アレンに捨てられないように。

アレンの役に立ちたい。


それもまた誓い直しました。


その夜、アレンは私に先に体を清めるように言いました。


レディファーストとか言っていましたが意味はわかりません。


きっと私の体を求めてくれるのでしょう。



私は念入りに体を清めてアレンを待ちました。


でも、アレンが来るまでに、私は眠ってしまいました。

今日はいろんなことがありすぎたのです。



その夜、アレンが私の体に手を伸ばすことはありませんでした。







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