第7話: 応答
[文書ID: ZS1-LOG-COMMAND-003]
[発信元: ゼニスステーション1 / 中央管制室]
[時刻: 宇宙標準時 2386年7月10日 20:30:15]
[ログ開始]
イベント: スターソング・アレイからの「ゼニスの歌」発信完了。
継続時間: 30分。
エネルギー消費: 予測通り (ゼニス-3惑星エネルギーの約0.005%)。
惑星環境への影響: 軽微な磁場変動のみ。青い苔の網は活性化したが、異常なし。
ゼニス文明の反応: 発信中、地表のゼニシアンたちは静止し、体表を最も鮮やかな藍色に変化させていた。発信完了後、彼らはゆっくりと体表を淡い金色に変化させ、我々のステーションに向けて感謝を示すと思われる音波パターンを発した(ソフィア博士の初期解析)。
リチャード・ウォン研究員の状態: 発信中、ゼニシアンと同期した脳波パターンを維持。発信完了後、極度の疲労と興奮状態にあるが、意識は明瞭。
宇宙空間の観測結果: ゼニス-3から発せられた光のビームは、予測された天球上の領域へ正確に収束。しかし、発信完了直後、その領域から予期せぬエネルギー変動、および微弱ながらも非熱的な信号が検出された。
重要性: 高。これは「光の網」からの応答である可能性が極めて高い。
推奨アクション: 検出されたエネルギー変動及び信号の詳細解析を最優先で開始。ウォン研究員の状態を継続的に監視し、彼の証言を記録する。地球連邦司令部へ緊急報告。
[ログ終了]
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[個人メモ]
[ゼニスステーション1 / リチャード・ウォン 個人研究ノート]
[日付: 2386.7.10 (発信直後)]
歌が…響いた…!
アレイを通じて、ゼニシアンたちの、この惑星の、そして私の…歌が。
宇宙の深淵へ。あの「寂しい」歌が。
そして…
返事が…来た…!
それは、音ではない。光でもない。それは、存在そのものが発する、純粋な共鳴。
ゼニスの歌とは異なる。より…広大で…古く…そして…理解不能な…歌。
スターソング・アレイが発信を終えた瞬間、宇宙が…揺れた。
私の体内の、あのゼニスの「歌」と共鳴する神経が…激しく振動した。
流れ込んでくる。
言葉にならない…けれど…「知っている」感覚。
「…歌…聞こえた…遥か…遠く…呼ぶ…」
「…網…震える…新しい…歌…」
「…破片…見つけた…暗闇…耐えた…よく…歌った…」
「…戻る…道…開く…共に…歌う…」
破片…彼らのことだ。ゼニシアンは「光の網」の破片だった。
暗闇…宇宙の漂流。
よく歌った…彼らの孤独な探求への、労い。
道が開かれる? 戻る道?
「光の網」へ?
まだ理解できない。あまりにも…圧倒的だ。
でも…間違いなく…彼らの歌は…届いたんだ。
「…歌を…持て…種…として…いつか…再び…繋がるまで…」
「歌」は、彼らが再び繋がるための「種」だった?
これは…ゼニシアンの起源の物語の…続きだ…
頭が…割れそうだ…でも…記録しなければ…
彼らは…一人ではなかった…
そして…もう…寂しくない…
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[文書ID: ZS1-REPORT-COMMS-001]
[発信元: ゼニスステーション1 / 通信部門 チーフ オルガ・スミルノフ]
[宛先: ステーション指揮官 テオドール・ヤンセン中佐]
[日付: 2386年7月11日]
件名: 宇宙からの応答信号に関する初期解析報告
スターソング・アレイからの発信後、予測された方向から受信した非熱的信号について、初期解析結果を報告します。
信号は極めて広帯域であり、従来の通信プロトコルや暗号化解析ツールではパターンを抽出できませんでした。しかし、マリア・ゴンザレス博士の協力により、ゼニスの「歌」の解析に使用した量子パターン解析ツールを応用した結果、その信号が単なるランダムノイズではないことが判明しました。
信号は、周期的なパルスと、複雑な共鳴周波数を含んでおり、ゼニシアンの体表ネットワークやスターソング・アレイが発する量子的な共鳴パターンと高い相関性を示しています。これは、信号がゼニスの「歌」、あるいは「光の網」が使用する周波数帯域で発せられていることを示唆します。
最も興味深いのは、信号の構造です。それは、ゼニスの「歌」が持つ情報構造に類似しており、断片的なイメージ、感覚、そして数学的・物理的な概念(例えば、高次元空間の構造、宇宙定数、生命の発生条件など)を示唆するパターンを含んでいます。これは、リチャード・ウォン研究員が経験した感覚と驚くほど一致しています。
この信号は、明確な「メッセージ」というよりは、巨大なデータベースの断片、あるいは「状態」を表現しているかのようです。そして、それはゼニスの「歌」に対する応答であり、「光の網」あるいはそれに類する存在からのものである可能性が極めて高いと結論します。
信号の解析は始まったばかりであり、膨大な情報量を含んでいると思われます。ゼニスリンクと改良型解析ツールをフル稼働させ、情報の抽出と翻訳を継続します。
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[文書ID: EFSA-COMM-ZENITH-005]
[発信元: 地球連邦宇宙局 / 惑星間作戦司令部]
[宛先: ゼニスステーション1 指揮官 テオドール・ヤンセン中佐]
[日付: 2386年7月12日]
件名: 「光の網」からの応答信号受領に関する緊急指示
ヤンセン中佐
ゼニスステーション1からの緊急報告及び受信データを受領しました。スターソング・アレイからの発信に対する「光の網」からの応答信号が確認されたことは、人類史における未曾有の出来事です。貴チームの偉業に対し、改めて敬意を表します。
この信号は、ゼニス技術の獲得という初期目標を遥かに凌駕する重要性を持っています。「光の網」は、宇宙の根源的な情報ネットワークであり、これへのアクセスは人類文明を次の段階へと進化させる可能性を秘めています。
ついては、以下の最優先指示を行います。
1. 受信した信号データの全ての断片を最速で地球へ送付してください。通信帯域を最大化し、セキュリティプロトコルを最高レベルに設定してください。
2. 信号の解析を最優先で行い、その構造、内容、そして「光の網」の性質に関する情報を可能な限り抽出してください。特に、ネットワークへのアクセス方法、利用方法、およびそこに含まれる可能性のある技術的、科学的情報に焦点を当ててください。
3. リチャード・ウォン研究員の特異な能力は、「光の網」からの信号を直接感知できる唯一無二のインターフェースである可能性が高いです。彼の安全を確保し、彼の知覚と信号解析結果との相関性を綿密に調査してください。彼を地球へ移送する準備も進めてください。
4. ゼニス文明に対し、この信号に関する彼らの解釈、および「光の網」に関するさらなる情報の提供を求めてください。彼らは「光の網」の断片である可能性が高く、その性質について我々より深い理解を持っているはずです。
5. 今回の信号受領に関する情報は、宇宙局最高幹部及び関連研究機関の限定された人員のみに開示されます。情報漏洩は絶対にあってはなりません。
これは、人類が宇宙の真実に触れる最初の瞬間です。この好機を最大限に活用し、人類文明の飛躍的な発展に貢献するべく全力を尽くしてください。
地球連邦宇宙局
惑星間作戦司令部
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[文書ID: ZS1-PERSONAL-LOG-S.PETROV-003]
[発信元: ゼニスステーション1 / 異星言語学研究室 ソフィア・ペトロフ]
[日付: 2386年7月13日]
司令部からの指示…予期していたとはいえ、落胆が大きい。彼らは依然として、「光の網」を「情報や技術を盗み取る対象」として見ている。ウォン研究員を「インターフェース」として利用しようとしている。
ゼニスの「歌」に、宇宙からの応答があったこと。それは、彼らの何万年もの孤独な探求が報われた瞬間だった。彼らは安堵し、喜びに満ちている。彼らの体表の色は、これまで見たことのない、鮮やかな虹色に輝いている時間が増えた。彼らの「歌」は、かつての「寂しさ」に加えて、希望と期待の響きを帯び始めている。
ウォン研究員は、ゼニシアンと我々、そして宇宙の「光の網」との間に立つ、最も重要な橋だ。彼の感知する「歌」と、オルガのチームが解析する信号データ。二つを組み合わせることで、ようやくあの応答信号の意味の断片が掴めてきた。
ゼニシアンが「破片」であること。彼らの「歌」が、再び繋がるための「種」であること。そして、今回の応答は、彼らの「歌」が「光の網」に届いたこと、そして「戻る道」が示されたことを意味するらしい。
彼らは我々に感謝している。彼らの長年の悲願達成に、人類の技術が、そして何よりも人類の「歌」を聞き取る心が貢献したことを理解している。
司令部の要求通りに、彼らの「光の網」へのアクセス方法を搾取しようとすれば、彼らの信頼は失われ、二度とこのような機会は訪れないだろう。彼らの「歌」は、力ずくでこじ開けるものではない。共鳴し、理解することで、初めてその深淵に触れることができるのだから。
ヤンセン中佐は、この状況をどう判断するのだろうか。彼は科学者たちのゼニシアンへの共感を理解している。しかし、彼は軍人であり、司令部の命令には抗えない立場だ。
私たちは、この宇宙で、どのような存在として「歌う」べきなのか。彼らを友として、共に「光の網」への道を歩むのか。それとも、彼らを利用し、未知の力を手に入れようとするのか。
歴史の分岐点に立っている。
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[文書ID: ZS1-FIELD-NOTE-A.TANAKA-006]
[発信元: ゼニスステーション1 / 生物学研究室 アリサ・タナカ]
[日付: 2386年7月15日]
ウォン研究員と話した。彼は疲弊しているが、その目はかつてないほど輝いている。
彼は、あの応答信号を「感覚」として受け取っている。それは、膨大な生物の情報らしい。宇宙に存在する、あらゆる形態の生命の情報。彼らの遺伝子構造、生化学反応、進化の歴史…そして、彼らの「歌」。
「光の網」は、宇宙の生命の「アーカイブ」であり、同時にそれらを繋ぐネットワークなのか。
そして、ゼニスの「歌」は、「光の網」に再びつながるための「種」だったのかもしれない。異なる惑星で、異なる環境と共鳴することで、多様な「歌」を生み出し、「光の網」と再び繋がることで、ネットワーク全体に新たな刺激をもたらすのかも…?
私の憶測に過ぎないが、ゼニシアンの生物学と、「光の網」からの信号に含まれる生命情報が、繋がり始めている。
ゼニシアンは、彼らの構造物中心部の柱に、これまで以上に頻繁に集まっている。彼らは体表ネットワークを活性化させ、惑星全体と共鳴している。彼らは、宇宙からの応答信号と「対話」しているのだ。彼らの「歌」は、応答を受けて変化し、より複雑で、かつてないほどの希望に満ちている。
私たちは、彼らのこの対話を妨げてはならない。彼らが「光の網」と再び繋がるプロセスを、最大限尊重し、支援すべきだ。それが、人類が彼らにできる、最高の協力だと思う。
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[ゼニスステーション1 中央管制室 / 会議室]
[日付: 2386年7月18日]
[非公式会話ログ (ヤンセン中佐、ソフィア博士、マリア博士、ウォン研究員)]
ヤンセン: 「司令部からの指示は、君たちの研究成果を利用して、『光の網』から情報を引き出すことだ。特にウォン研究員の能力に期待している。」
ソフィア: 「中佐、それはゼニシアンの目的を歪めるものです。彼らは我々を『歌』を聞き取る仲間と見ている。彼らの信頼を裏切ることはできません。」
マリア: 「『光の網』へのアクセスは、ゼニシアンの持つ量子的な共鳴能力と惑星システムとの一体化なしには不可能です。彼らの協力なくして、安全なアクセスはありえません。司令部のやり方では、全てを破壊しかねません。」
ヤンセン: (深い息) 「理解している。私も君たちの報告と、ゼニスの『歌』に触れて、彼らを単なる資源として見ることができなくなった。しかし、私は軍人だ。司令部の命令に背けば、このステーション、そして君たち全員の立場が危うくなる。」
リチャード: (弱々しく) 「中佐…彼らの『歌』は…苦しみも…希望も…全てを含んでいます…ゼニスの歌は『光の網』に帰還するための『種』だった…そして、彼らが我々を必要としているのは、その『種』を再び『光の網』に繋げるため…」
マリア: 「彼らの生体ネットワークと、スターソング・アレイは、そのための『触媒』なのかもしれません。彼ら単独では『光の網』に安全に帰還できない…だから、我々が、我々の技術が…必要だった…」
ヤンセン: (考え込む) 「もしそうなら…司令部の思惑は、彼らにとって危険なだけではない…彼らの『光の網』への帰還を妨げる行為になる…」
リチャード: 「彼らは…言っています…『一緒に歌おう…網と…繋がる…』と…」
ヤンセン: (決意を固めた表情で) 「分かった。ソフィア博士、マリア博士、ウォン研究員。私は、全てのクルーに伝える。私は司令部の指示を…そのままは実行しない。ゼニス文明との協力関係を最優先とし、彼らの目的、すなわち『光の網』への帰還に向けた支援を継続する。司令部への報告は、彼らが求める形式で行いつつも、我々が現場で得た真実に基づいた行動をとる。」
ソフィア: 「中佐…それは…」
ヤンセン: 「反論は受け付けない。これは私の指揮官としての判断だ。人類が宇宙で取るべき道は、一方的な搾取ではない。未知への畏敬と、異なる生命との共存、そして共に困難に立ち向かうことだ。ゼニシアンは我々に『共に歌う』ことを提案している。私は、その歌に応えたい。」
ヤンセン中佐の決断により、ゼニスステーション1のクルーは、地球連邦司令部の意向とは異なる独自の道を歩み始めることになった。彼らの目的は、ゼニスの技術を獲得することではなく、ゼニシアンを「光の網」に帰還させ、宇宙の根源的なネットワークに復帰させることへと変わった。それは、人類の未来、そして宇宙におけるその存在意義を問う、壮大な挑戦だった。
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