第4章 パンが好きすぎる見習い錬金術師、デートとかするらしい

第25話 レッツメイクヤツギリサンド ①

 こんにちは。私はエミリア・ベーカー。見習い錬金術師です。


 先日ひょんなことからヌシの花実竜をうっかり討伐したことにより、冒険者ギルドに呼び出されました。


 非冒険者としてはちょっとした事件です。


 王宮に向かって王道を歩く中で、これから何が待っているのかと頭を捻り想像しました。冒険者の皆様からの称賛の声か、はたまたそれとも。


 などと思いきや、実際に待っていたのは──


「災難だったでヤンスね」


 では順にご紹介しましょう。


 ボスクラス討伐届、異常出現災害報告書、冒険者保険未加入者のための異常出現災害時補償申請書、高額討伐懸賞金に伴う寄付のお願い、討伐者鑑定のための魔法関連情報保護に関する同意書、その他いくつかの書類。


 いかにも面倒くさそうな書類の山でした。現実的で世知辛すぎる。


「くぅ〜腱鞘炎めちゃ楽しみ!」

「面白いことを言いますねえ。小説家にでもなったらどうです?」


 ともに呼び出されたジャスくんは今日も今日とてドMに前向きで楽しそうです。


「高額懸賞金の書類あるってことは、申請終わったら大きい報酬が出るんじゃね? 良い麦買い放題、夢じゃなし?」

「張り切って書きましょう」


 筆が進みます。私もパンを題材にした小説でも書いてみましょうかね。


 そうして受付横のテーブルで書類一式を書き終えたところで奥の部屋からご登場、突然の最大のご褒美の推し、アマリさんです。


「エマ!」

「お疲れ様です、アマリさん!」

「ぶ、無事で良かった〜〜!」


 目が合った途端に駆け寄られます。


 アマリさんは結構感情が表に出やすいところがあり、凛としたクール眼鏡男子や王道王子様とは言い難い素朴なお方で、優しい眼鏡お兄さんタイプです。そこが魅力的です。


 全力のハグを受け止めようとしたところでしたが、寸のところでハッと周りの目を気にされたようで、咳払いをし中断されてしまいました。残念。


「二人とも怪我がなくて良かったよ」


 でもまあ大人っぽい爽やかな笑顔も良いです。


「てかアマリ様ハグ魔?」

「さすがにエマ相手だけだよ……」

「私特別! イエス特別!」


 喜びに両手を挙げてアマリさんにアピールをしていると、ジャスくんがアマリさんに近づきこっそり何か耳打ちしました。


相手には?』

「してないよ!!」


 突然アマリさんが動揺し大声になります。ジャスくんはニッコニコ。前にも見た光景です。


『お師匠みたいなタイプはド直球豪速ストレートじゃなきゃ伝わらんよ?』

「知ってるよ!! 余計なお世話だよ!! さては君、加虐趣味もあるな!?」

『誤解。俺はいつでも怒られのために努力を惜しまない男。困らせるためじゃなしに怒られるために言ってんの』

「いつになく真剣な顔で言う台詞それ!?」

「ちょっと! アマリさんに何言ったらそんな怒らせられるんですか羨ましい!」


 ジャスくんがすっかり打ち解けているというか、何かここも仲良くなっているような気がします。


 これ以上何か余計なことを言わないようにジャスくんに睨みで威圧をかけると、嬉しそうに喜ばれました。


 アマリさんは息を整え、襟を正しました。


「本題に移るね。ボスクラスの討伐は国から常時依頼が出ているんだ。確認して報酬を渡すから、応接室について来てくれる?」


 そしてお噂の懸賞金獲得タイムに移るようです。


「ハグはいくらで買えますか? スマイルにも大金積みますが?」

「変なお店にハマりそうな考えはやめなさい」


 嗜められ、今度また無料でハグをしていただけるよう約束をし、奥の応接室へと移動します。


 そして──


「エミリア・ベーカー、ジャスパー・ラッセル。あなたがたは危険特定魔法生物の討伐を達成し、国家の安全に大いに貢献されました」


 そこまではワクワクな気分でしたが、恭しく手渡された金貨袋の重さの衝撃で全てが吹き飛びました。


「こ、こここ、こんなに、こんなにたくさん!?」


 ずしりと、恐ろしい重さです。


 恐ろしい。


 そう、何故か私にはそれが恐ろしく感じられたのです。


 なんなんでしょうね、突然大きなお金が懐に入ってくると、不思議と嬉しいより怖いが勝っちゃうことってありませんかね。


 例えばこう、お店でパンおかわり自由と言われた時、何個おかわりしても文句を言われず、本当に無限大におかわりを取っても良いんじゃないかとなると、ある程度を越すと逆に不安になってきませんか。


 パンおかわり自由のお店、行きたいな。


「良かったじゃん?」


 ジャスくんの声にハッと我に帰ります。


「ど、どう、どどどうやって使えばばば?」

「そうだね、せっかくだから……」


 とアマリさんが何かを言いかけたところで、突然背後から口髭の似合う初老の紳士が現れます。


「そこで仮想通貨への投資だとも! さあ! さあ! 吾輩と金儲けをしようじゃないか! 今君は市場経済に関してどれだけの知識がある!?」


 シルクハットを脱ぎ、くるくるとステッキを回していらっしゃる。


「フォルテさん」


 その紳士の名前をアマリさんが呼びます。


「いつの時代にも将来への不安は尽きぬものだ! しかしこの世界の荒波の中で選ばれし者として華麗に波乗りをしたいとは思わぬかね! 吾輩の手を取ればそれが叶うのだよ! ガッハッハ!」

「フォルテさん」


 アマリさんがその紳士の背を押してバックヤードに引っ込めました。


「と、ああいう人に捕まってはいけないよ。銀行に預けるときはジーンくんに頼りなさい」

「鮮やかな退場、羨ま」

「ギルドって変な人ばっかりなんですか?」

「私の異性装に誰も文句言わない時点で割とそう」


 そんな自虐的で身も蓋もないことを言われます。


「せっかくだから普段買えないような好きな物を買うと良いよ。何か高価だけど欲しかったものはある?」

「お金じゃ買えないアマリさん」

「買えません」

「では高級な新作パンの素材を!」


 即答すると、後日一緒に買い物に行ってくれると約束してくれました。色々とありましたが、とりあえずは一度休憩、アマリさんとお出かけしてお買い物、理想のデートです。


「俺フラグ掻っ攫われて放置?」


 恍惚としてお喜びなので良いのではないですかね。

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