第26話 レッツメイクヤツギリサンド ②
こんにちは。私はエミリア・ベーカー。見習い錬金術師です。
「よしっと、これに決めました」
しかし今日は錬金術師ではなく、一人の普通の女の子です。
季節はいつの間にやら少し暑さも感じるようになった初夏です。
鏡を覗き、最終チェックをします。涼やかな純白のワンピースは絶妙なミモレ丈。ちょっぴり背伸びをしヒール付きの真っ白な靴で合わせます。羽織る薄手のジャケットは大人っぽくワインレッド。仕上げに髪を編み込み、肩掛けの鞄を持って、私の考えた最強のトータルコーデ完了。
「ジーン先生、この服装どう思いますか?」
「…………白くて赤い」
「よし! これを超えるガッカリワード感想文をいただくことはないでしょう! 心の準備も万端です! 行ってきまーす!」
服飾に関心がなさすぎる師匠のお言葉を、残念男子例文サンプル集としてありがたく受け止めます。
わくわく気分で玄関を出ます。
今日は憧れの人アマリさんとのデートの約束の日。中央広場で待ち合わせです。大通りに立ち並ぶ華やかなお店でエン麦たっぷりお買い物デートの予定です。
そう、ずっと憧れていた憧れのお兄さんもといお姉さんとのおそらく初デートです。
デートのはずなんですが。
「あれ? エマっち?」
待ち合わせ場所である広場の噴水前には、何故かちゃっかりとジャスくんが居ました。
一瞬彼だと気が付かなかったのは、いつもの超目立つ騎士の制服姿ではなく、ラフな黒のカットソー姿だったから。しかし身につけたままのロザリオが胸元でちょうど良いアクセントに洒落ています。腹が立ちますね。
「貴様もパンの材料にしてやろうか?」
「ひゃっほぅ! 違う違う偶然ばったり! からのガチギレ堪んねえ!」
思わず我を失い胸倉を掴み口の中にオリハルコンパンを突っ込みます。大喜びするジャスくん。
いけない。少女漫画モードからうってかわってカオスコメディの文脈です。今日はドキドキ回のはずだったのに。
「エマ、ごめん、待たせてしまったかな? ……って、何事!?」
なんとか軌道修正をしなくてはなりません。耳をくすぐる大好きな柔らかな声に振り返ります。人混みの中でも素敵にきらりと輝いて見える憧れの人アマリさん。
「いいえ今来たところですよ。今全てが終わりますから」
「こんくらいの責め苦じゃ俺はまだ不満足」
「二人とも落ち着きなさい!」
オリハルコンパンのおかわりを鞄から取り出していると、アマリさんに諌められます。
「落ち着いて、ええと、どういう状況かな」
そして始まるジャスくんへの事情聴取。さては怒られ目的で私とアマリさんのデートを邪魔しに来たのでしょう。カツサンド食べますか。
しかし、詳しく話を聞くと、ちょうど広場近くの鍛冶屋さんに先日破損した剣の修理を依頼に来ていただけだったとか。なんとも間が悪い話です。
「そっか。じゃあちょうどだし、ジャスくんも一緒に買い物行こうか?」
話はそれで終わりかと思いきや、そこでアマリさんからのまさかのご提案。
「……なんでですか?」
「え、エマとジャスくんもすっかり仲良くなったみたいだし、みんなで行ったほうが楽しいかなって……。えっと、ダメだったかな?」
私から思わず溢れた低い声にアマリさんがびくりと小さくなります。
そ、そんな、デートなのに、デートなのに!? そんなジーン先生のような残念男子ムーブをしますか!?
「ご、ごめんね、二人ってそんなに仲悪かった……?」
「いや、別に仲悪くはないですけど、でも今日はアマリさんと……」
おろおろと明後日の方向へ焦り出すアマリさんにちょっとこちらも慌てます。
あ!
思い返してみるとアマリさんは「一緒に買い出しに行く」とは言っていましたが、たしかにデートだとは言っていませんでした。
改めてアマリさんを見ると、いつもとなんら変わりのない白のカッターシャツに黒のスラックス。
「アマリ様もわりと鈍ちん王者優勝決定戦最終候補よな」
「そう思うならご遠慮してくださいよ! もう! もう!」
今日はダメかもしれない、とこの時点で諦めモードでした。
三人で買い出しスタートです。
出だしから暗雲立ち込めていましたが、それでも、それでもまだ、ドキドキチャンスは見逃すまいと虎視眈々と狙っていたのです。
しかし手始めに入った薬草店で、今日は厄日だと確信しました。
「あ」
「あ」
まさかの保護者とのエンカウント。ジーン先生とばったり会ってしまいました。気まずい。
「そういえばジーン先生も今日は買い出しに行くと言ってましたね……」
気まずすぎる遭遇です。ジーン先生はジャスくんの比にならないほどひどく間が悪い人です。まさかこんな鉢合わせになるとは。
「パンの素材か? それなら野生薬草店より農産物系素材店が向こうにあったが」
「デート終了ですね。さっさと麦を買って帰りましょう」
「…………デート?」
私ががっくりと肩を落としていると、ジーン先生は訝しげに私達三人を眺めました。
そして安定のデリカシーのない言及。
「デートと言うのは一般に恋仲のあるいはそれに準ずる親しい男女が二人で出かけることじゃないのか?」
「そうですね」
「若者言葉では別の用法があるのか?」
「そうですね。三人になった時点で終わっていました」
鋭く正しいご指摘でした。別に煽ろうなんて悪意はなく、本当に純粋に疑問に思い若者に教えを乞うているご様子でした。善良なおじさん?
そうして私達は結局仲良く四人で買い出しをすることになりました。
やれやれ、結局こうなるんですね。
薬草店でパンに合いそうな珍しいハーブをたっぷり購入し、農産物店で珍種および高級ブランドの麦を買い漁り、休憩に異国高級菓子店で珍しいエン麦粉菓子──ミニドーナツを購入し、広場に戻り噴水横のベンチで休憩。
ひとくちサイズの丸っこい、たっぷりの油で揚げられたエン麦粉のお菓子。それが五個ほど入った、可愛い手のひらサイズのボックス。食べ比べて最終的に推したいと思ったのはシンプルなシナモンドーナツ。
たっぷりお砂糖の甘みが口いっぱいに広がります。そこから鼻を抜けていく独特の異国スパイスの風味と、旨みが引き出されたエン麦粉の香り。エン麦は揚げても美味しいようです。当然ですね。まあこういうのも悪くないかなと思います。
ところで。
「デートか……」
まだ言葉の定義が気になるのかぶつぶつとそう呟いて考え込んでいる様子のジーン先生です。
変な人だな、安定して。
などと考えていると、ジーン先生が突然何か閃いてしまったご様子で、暴挙に出ました。
腰掛けていたベンチからガタリと立ち上がり──
「そうか、デートか! アマリ、ここからは俺に付き合ってくれ」
「…………ひゃえ!?」
なんとアマリさんの手を取りそんなことを言い出したのです。
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