第11話 レッツメイクヤタイノケバブ ③

 こんにちは。私はエミリア・ベーカー。見習い錬金術師です。


「さすがに、疲れましたね……」


 これだけ春の感謝祭に向け真っ当に働いたのだから、そろそろ春の感謝祭推進委員会会長を名乗っても許されることでしょう。


「むにゃむにゃ……もう食べられないよ。パンは別腹って、それじゃあ別腹だけパンパンだよ?」

「素敵な夢を見ていらっしゃる」


 結局ソファで寝落ちて泊まることになったアマリさんでした。


「むにゃ……ドーナツはパンに入らないけど……だからってもう食べられないよ?」

「癖の強い悪夢を見ているな」

「どう考えても素敵な夢じゃないですか」


 せっかくなので寝顔を堪能させていただきます。眼鏡を外していると少し幼い印象で、ますます整ったお顔立ちが際立ちます。まるで王子様のようですが、寝返りでちらりと見えた、緩められたシャツから覗く控えめな丸パンのような柔らかそうな膨らみがまた大変魅惑的で……


「弱っている人間を変な目で見るな」

「こういうのって普通逆じゃないですかね」


 首根っこを捕まれそっぽを向かされます。厳重に注意を受けました。


「うぅん……もうお腹いっぱい……」


 爽やかな朝日を浴びるキラキラとした寝姿、そしてぽやぽやと目覚めたのちに息を呑み混乱したご様子、──さらに状況を把握して真っ赤になって俯く姿を堪能します。


「ごめんね。昨夜はその、大変、お見苦しいところを…………」


 羞恥に震えるお姿も大変素敵です。


「アマリさんを送ってきます! 納品もついでに!」

「ついでに街を見てきて良いぞ」


 いよいよお祭りも目前。華やかに彩られた街を歩き、わずかな穏やかな時間を過ごします。


 途中、露店で売られていたケバブを買っていただきました。パリッとしたエン麦の皮にジューシーなソースとお肉の味がよく合い、シャキシャキとした野菜との絡み合いがたまりません。お祭りの期間限定と言わず、年中お店で出していただきたいお味。


 そうして王宮冒険者ギルドへと辿り着き、青ポーションを納品して、ついでに差し入れにパンを配り歩きます。


 任務完了です。


「それじゃ、本当にありがとう」


 しかし、アマリさんに麗しく手を振られ、帰ろうとしたその時、突然背後から──


「あなた、ちょおっと良いかしらぁ?」


 フリフリの黒いドレスを着た謎の女性にがしりと肩を掴まれました。


***


 数分後、私は何故か着せ替え人形になっていました。


「可愛いぃ! 可愛いわぁ!」


 大はしゃぎで私に取っ替え引っ替え可愛いドレスを着せて楽しんでいるのは、──誰?


 本当に誰なんでしょうか。非常にスタイルの良いお姉様です。まだ自己紹介もろくに受けていないというのに、衣装部屋へ連れられ、気がつけばこのざま。


「あのう、私、どうしてこんなことに?」

「アマリ、アマリ見てぇ! この子、何着ても似合うわぁ! すっっごおく逸材よぉ!」


 聞いちゃいません。


 すでに試着二桁目。パニエ付きふわふわピンクのローズドレスを着せられて、くるくると回ります。


「あのう、私、これからお祭りに向けてパンを作らなきゃいけなくて……」

「もうちょっとだけだからぁ! お礼にどれでも好きなドレスあげるからぁ! モデルになってよぉ!」


 続いて肩出しで大人っぽいスカーレットのマーメイドドレス。その次はリボンたっぷりで膨らんだ袖の可愛い空色ガーリーなドレス。


 お姫様のような煌びやかなドレスには少し心惹かれましたが、今の私には花より団子、ドレスよりパンです。


「ごめんねエマ。この人はイザベラ・テイラー。暴走すると止まらない人なんだ。魔力の篭った布から防具となる衣服を作る裁縫師で……、って、わ、可愛いね! 似合ってる!」


 暴走にお慣れの様子で申し訳なさそうにしていたアマリさんでしたが、突然の率直なお褒めをいただき私は全世界を許します。


「うふふ、今度のイチオシはこのデザインにするわぁ、ありがとうねぇ」


 イザベラさんはご満悦です。これで帰れるかと思いきや。


「それじゃあ、次はアマリの衣装選びねぇ」


 ここで一大イベントの発生フラグです。


 なんと突然の推しの着せ替えタイム。あんな衣装やこんな衣装、際どい衣装には課金が必要でしょうか。ワクワクドキドキが止まりま──


「あ、私はいいや」


 一瞬でフラグが折れました。ばっさりとしたお断り。


「えぇ!? ちょっとぉ! それじゃあ舞踏会はどうするのよぉ!」

「出ない」

「ちょっとぉ!?」


 脱穀のようなさっぱり具合でした。


「なんなのよぉ! ダメよぉ! 絶対にとびっきり可愛い服を着せてやるんだからぁ!」

「着ない」


 お嫌いなんですね、そういうの。それにしても。


「舞踏会って、近々あるんですか?」

「今年は感謝祭の日の夜に舞踏会があるのよぉ」


 初耳です。それで今年はやたらと忙しいのかもしれません。


「ライアン殿下にリオット殿下──王子様たちも参加するけどぉ、一般の人も参加できるのよぉ」

「へええ……」


 なんだかロマンチックな響きです。なんて感心していたら、イザベラさんにそっと耳打ちされます。


「……本当はぁ、リオット殿下のお嫁さん候補探しが狙いって噂よぉ。他のイケメンたちも良い人を探しに来るってぇ」


 アマリさんを横目にヒソヒソとお話。なんと、要するに、やんごとなきお方たちの合コンであると。


「……ねぇ、アマリも良い歳なんだからぁ、そろそろ良い話があって良いと思わない?」

「え?」

「あの子ぉ、お仕事ばっかりで恋には疎いでしょう? このままじゃぁ行き遅れちゃうわよぉ」


 バチリとウィンクをされます。


 ちなみにアマリさんが何故王宮勤めかという話と繋がるのですが、アマリさんは実はご立派な貴族のご家庭らしいのです。


「……そこでねぇ、お友達のあなたも参加してぇ、こっそりアマリをサポートしてあげてくれないかしらぁ?」


 なんということでしょう。


 そんな話を聞いては、放ってはおけません。


「分かりました! 全力で阻止します!」


 私の回答にイザベラさんがずっこけました。そんな古典的な。この人、ジャスくんとか見たらどうなっちゃうんだろう。


「なんでよぉ!? それが女の子の友情!?」

「ああ、でもアマリさんと舞踏会! なんて甘美な響き……!」


 提案された内容については丁重にお断りさせていただきましょう。どこの馬の骨とも知れぬ男とアマリさんが結婚するなんてもってのほか。


 でも、いえ、それもありますが、単純に──


「あの、あの、アマリさん」

「エマ?」


 声をかけると首をかしげる姿も、大好き。


「あの、その……」


 憧れの人ですもの。いざ誘おうと思うと、案外緊張するものですね。


「舞踏会、私とダンスを踊っていただけませんか?」


 稲の葉脈のように真っ直ぐに手を差し出し、実った稲穂のようにぺこりと頭を下げます。


 これで合っているかは分かりません。ご令嬢の礼儀作法なんて分からないもの。


 でも、この繁忙期の終わりにちょっとご褒美くらいあったって良いじゃないですか。


 さあ──


「ごめん。人が多いから行きたくない」

「一貫してる」


 フラれました。


 今晩はやけくそで露店の料理を買い込みましょう。


 焼きそば、焼きうどん、たこ焼き、クレープ、タコス、祭りに向けて色々なものが売っていました。


 いえ、いつも通りパン屋さんに行くのもアリですね。


 なんて考えていたら、誰かが肩をポンと叩いてきました。


「じゃ、俺と踊る?」

「え……」


 ジャスくんでした。


「あらぁ、そうだったわぁ、男性用のモデル頼んでたの忘れてたわぁ!」

「ひゅーっ、放置って堪んない!」


 驚いて固まってしまいました。そういえばこの人も王宮職員だった。


「エマっち超足踏んでくれそうでアガる」


 一貫してますね貴方も。

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