第10話

 その解法は、図で示されていた。

 大きな正方形と、その内側にぴったり収まる円。そして、その円の中にぴったりと納まっている小さい正方形。問題で示された図が書かれていた。そして、その図からの横に、解法となる図が載っていた。

 大きな正方形。

 その4つ辺の中点で円と交わっている。

 そして、その辺と円とが交わっている点に、小さい正方形の頂点が配置されていた。それは──。


" まるで折り紙だ "


 それだけじゃない。

 この図は中点、頂点、円の3つが。3つの図形のそれぞれで大切な点が、一か所に集まってできている。


" これは並みの感性じゃない。ピタゴラスは天才ホンモノかもしれない "


 それだけでは、終わっていなかった。

 先ほどの紙の隣に、さらにもう一枚。


【問題】

 直角三角形で三つの辺がすべて三桁整数である。また、3つの辺の長さは、同じ数で割り切れない。このような直角三角形で一辺の長さが700cmだったとき、すべての辺を求めよ


 思わず口の端が吊り上がる。それは、苦笑いだった。

 700という数字は建国700年からとったものだ。と同時に、図書館テレリアの術では、作り出せない数だ。

 しかもご丁寧に「3つの辺の長さは、同じ数で割り切れない」の文言で、既知である5cm,12cm,13cmを140倍した700cm,168cm,182cmや、3cm,4cm,5cmを140倍した520cm,560cm,700cmの答えを除外してる。

 つまり、この問題は。

 既知の知識からは絶対に求まらない。

 分かる人間には、分かる。

 これはまるで。


 ” まるで、──戦争だな ”


 私は急いで、図書館テレリアに戻った。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 図書館テレリアの扉を開けと、入り口に吊るしてあるカウベルがビックリしたように鳴り響いた。

 外に出るときに鍵をかけていたが、入る時には鍵が開いていた。

 アルがいるはずだ。そう思い声をあげた。


「アル! いないか!」


 返事は、上から返ってきた。


「すいぶんとお急ぎみたいだね」


 視線を上に移す。

 吹き抜けのなって、一階からでも二階が見える。

 その声の主は、二階の手すりから、身を乗り出してこちらに手を振っていた。


「アル!」

「はーい。アルだよ~」


 あまりにも緊張感のない声に、思わず大声が出てしまう。


「緊急事態だ。未知の術を使った問題だ!」

「うん、知っている」

「あのピタゴラスだ! あいつが、国に出題をした!」

「うん、知ってる」

「国にケンカを売ったんだ!」

「落ち着いてよ、ジオ」

「あれはもう、数術を使った戦争だ!」

「いいから、一旦落ち着いて」 

「落ち着いていられるかよ!」


 その言葉に帰った来たのは、アルではない声だった。


「そうだよなぁ! こんな面白い話、落ち着いてられないよなぁ!」


 嬉しそうなその声には、聞き覚えがあった。


「──アリスさん?!」

「はーい。アリスだよ~」


 冗談たっぷりの声のあと、二階の手すりの上に、小さな人影がひょこっと乗った。一つだけ跳ねた髪の毛が、小さく揺れる。

 アリスさんはニヒリと笑って、それから二階から一階へ飛び降りた。

 静かな着地。まるで猫みたい。


「ずいぶん威勢が良いな、ジオ。忠誠心も合格点だ。アルも見習え」

「無理ですけど、善処しますよ」

「お前な。そういうところだぞ」

「ボクは、逆立ちしたってジオには敵いませんよ。それが事実です」

「謙遜は美徳じゃない」

「アリスさんより、ボクの方がトップに向いています。引退してください」

「そういうとこだぞ」


 アルが肩をすくめるとアリスさんはニヒリと口の端をつりあげて、それからこちらを見た。


「そんなことより、例の出題の方だ」


 その視線に、一瞬でドキリとさせられた。

 口元こそ笑っているが、目は笑っていない。

 それは、本気の目だった。


「ジオ。お前はその問題を解いたのか?」

「いえ。未知の術の方に驚いてしまって」

「では解け。この場で、だ」


 一体何を──。その言葉を飲み込むように、アリスさんは言った。


「天才だの。数術を使った戦争だの。そんなのどうだっていい。目の前に問題があったら、解かずにはいられない。それが数術師ってものだろう?」


" ──その通りだ。私は一番見るべきものから、目を背けていた。相手が天才だから。未知の術だから。目を背けていた。アリスさんの言うとおりだ。そんなの、どうだっていい。目の前のこそが、一番向かい合いべきことだ "


 目をつむる。 

 静かに息をする。

 目を開ける。

 数術の始める。


「アル、計算を頼めるか」

「どうぞ」


 この未知の問題が解けるかどうかは分からない。

 でも、今の全力をぶつける。

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