第6話 心の中の旅

自分自身との対話

絶望の中で、カヅキの意識は自分自身の心の世界へと沈んでいった。そこは、影絵のような廃墟となった風景が広がっていた。色を失ったモノクロの世界に、壊れた自分の心の欠片が散らばっている。

それらの欠片は、カヅキがこれまでに経験した様々な感情の残骸だった。子どもの頃の素直な喜び、思春期の激しい怒り、孤独感、愛情、恐怖——すべてが壊れた欠片となって、荒れ果てた大地に散らばっていた。

カヅキは、その一つひとつを拾い上げながら歩いた。欠片に触れるたび、過去の記憶が蘇ってくる。

シタラおばあちゃんが初めて彼を抱きしめてくれた時の温かさ。 村の子どもたちから仲間外れにされた時の痛み。 初めてオーダーの声を聞いた時の高ぶった気持ち。 ガンディープの命を奪った時の恐怖。

すべてが彼の一部だった。美しい感情も、醜い感情も、すべてが彼という存在を作る材料だった。

感情の本当の意味

カヅキは、散らばった感情の欠片を注意深く分類し始めた。オーダーが「ノイズ」として排除しようとしたこれらの感情には、実は深い意味があることに気づいた。

痛み——それは他の人の苦しみを理解するための感覚だった。痛みを知らない者は、他人の痛みに共感することができない。カヅキがガンディープの命を奪った時に感じた罪悪感は、彼が人間としての良心を失っていない証拠だった。

迷い——それは選択の自由の証だった。迷うということは、複数の可能性の中から自分で道を選べるということを意味している。オーダーのように一つの答えしか認めない存在には、迷いは不要だ。しかし人間にとって、迷いこそが成長の源だった。

不安——それは未来への関心の表れだった。不安があるからこそ、人は備えをし、努力をし、他の人と協力する。完璧な予測能力を持つオーダーには不安は不要だが、不完全な人間にとって、不安は生き残るための重要な機能だった。

愛——それは最も理屈に合わず、最も美しい感情だった。愛は効率を度外視し、論理を超越し、時には自分を犠牲にすることすら厭わない。オーダーには理解不可能な感情だが、人間にとっては存在する意味そのものだった。

これらの感情は、確かに効率を邪魔し、判断を曇らせることもある。しかし同時に、人間を人間らしくする根本的な要素でもあった。オーダーは、感情を排除することで完璧な効率を実現しようとしたが、その結果として人間性そのものを破壊してしまった。

カヅキは理解した。オーダーは間違っていたのだ。

感情が悲劇を生むのは確かだ。でも、感情こそが人間を人間たらしめているのも確かだった。オーダーの故郷で起きた悲劇は、感情そのものが悪かったのではない。感情をうまくコントロールできなかったことが問題だったのだ。

自分だけの虹

カヅキは思い出していた。フーモと過ごしたあの不思議な時間を。フーモの住む空間は「運命の狭間」と呼ぶべき場所だった。そこでは物理の法則が地球とは異なり、時間の流れは決まったものではなく、運命の糸の絡まり方によって変化していた。雨の音が逆回りになるのは、水滴の一粒一粒が持つ運命の糸が、過去へと逆行していたためだった。

普通の心の虹が見える人にとって、この空間は運命の乱れによって心に異常をきたす危険な場所だった。しかし、カヅキのように「決まっていない糸」を持つ者だからこそ、法則に縛られずに存在でき、フーモと交流することができたのだ。

カヅキは、散らばった感情の欠片を一つずつ、丁寧に心の中に戻していった。すると、心の世界に少しずつ色が戻り始めた。モノクロの風景に、緑が芽吹き、花が咲き、虹が架かった。

そして彼は理解した。オーダーの「完璧な理屈」に対抗できるのは、別の理屈ではない。それは「不完璧な個人の意志」だったのだ。

オーダーの理屈は確かに完璧だった。しかし、その完璧さゆえに予想可能で、計算可能で、コントロール可能だった。一方、感情に満ちた個人の意志は不完璧で、予想不可能で、時には理屈に合わなかった。だからこそ、それはオーダーにはコントロールできない力を持っていた。

カヅキは、自分自身の心の虹——人でも人でなくても、「自分だけの糸」を紡ぎ始めた。それは、オーダーの巨大なネットワークとは異なる、細くても確かな、個人の光を放つ糸だった。

その糸は、彼がこれまでに経験したすべての感情——痛み、迷い、不安、そしてシタラおばあちゃんから受け取った愛——によって編み上げられていた。それはオーダーにも、いかなる外部の力にも属さない、たったひとつの「個人の理屈」だった。

「私は、私だ!」

カヅキの宣言と共に、心の世界に眩い光が満ちた。その光は、彼の新しい決意を表していた。もう誰にも自分の意志を支配させない。そして同時に、他の人の意志を支配しようともしない。すべての個人が、自分だけの糸を紡ぐ権利を持っているのだから。

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