第9話 会議は踊るのか

 やあ、おいらです。


 まず、お詫びを。以前の話で、帯広の焼き鳥は豚肉を使っていますと語りましたが、それは室蘭でした。帯広は豚丼ですね。ごめんなさい。


 話しは変わりまして『地面師たち』読み終わりました。すごく面白かったです。配信ドラマを観る気はないですけれど、この小説が原作なら間違い無いでしょう。良いコン・ゲームでした。

 続けて、いま大増刷されている王谷晶さんの『ババヤガの夜』に手を伸ばしました。これがですねえ、ものすごく面白かったです。おいらは本を読むのが遅いのですが一日で読了してしまいました。内容はご自分の目で見ていただくとして、おいら的には人生ベスト20に入る感じです。

 ちなみに、おいらは読了した小説の詳しい内容をつけた感想はいいません。もし、読者さまがその本を読もうとした時に余計な情報を与えたくないのです。まっさらな状態で読んでこそトリックやどんでん返し、意外な真相に心から驚けて楽しむことができるだろうと思うからなのです。ただ、おいらは毎年『このミステリーがすごい』を購入していますので予断だらけで矛盾しています。そういうエゾヒグマの聖獣なのです。トホホ……


 それはそうとして……


 星野ひかり大佐は、月夜野兎曹長に頭髪を直されたり、月夜野が持ってきました洋風の朝食に、

「ワタシは朝ご飯には大盛りの白飯に豆腐とお揚げさんの味噌汁、それに納豆とアジの開きしか食べないの!」

 と超絶わがままを言い立てたてて作り直させたりしました。部下に好かれるという前評判と大違いの横柄な態度をとったので、午前十時からの第一回会議に当然のごとく遅刻してしまいます。大丈夫でしょうか?


 朝ご飯をかき込みました星野大佐は、月夜野に先導され小走りで大会議場へ向かいます。途中、三ヶ所で個人IDカードをかざすチェックポイントがありました。これは、以前の野毛にあったアジトが味方の裏切りによって警視庁や神奈川県警、陸上自衛隊に突入されたという苦い過去をおいらが羹に懲りてなますを吹くほどに神経質になっているからです。そのために、アジトの一部においらがはいれない場所があるというのはバカな話です。


 大会場にはこの作戦に駆り出された一般隊員百名と忍者衆十五名、それから雷音阿闍梨と事務局長の詩桐良子がすでに着席していました。おいらや羽鳥統合参謀本部長などはきていません。日航機爆破事件やスパイ潜入の恐れの方が大問題だからです。

 月夜野がドアを開けて星野大佐が前方のステージに入ってくると、いっせいに冷たい視線の矢が突き刺さり、まるですすきの原のようになりました。みなが不快な目で見ているのは、なんといっても我が組織の唯一の鉄則が『時間厳守!』だからです。

 しかし、星野大佐はステージの真ん中に立つと、なにごともなかったかのように満面の笑顔を見せて、

「みなさーん、おはようございまーす。ちょびっとおくれてごめんなさい。なにせ付き人の月夜野曹長が部屋を出る直前、ワタシの制服にコーヒーをぶっかけちゃったのよ。ワタシは時間がないからそのままでもいいかと思ったんですけど、月夜野がどうしても着替えてくださいっていうから、アンダーウェアからシャツからパンツにジャケットって、もう全着替え。やだあ、みなさん変な想像しないでくださいよ。もう、お好きなんだから」

 と講釈をうち、それを聞きました大勢いる男性隊員たちがクスクスと笑いを見せます。一方、月夜野は濡れ衣を着せられて顔が白くなっています。

 調子の上がってきました星野大佐はおもしろ自己紹介をして会場に大爆笑を起こそうとしましたが、

「星野大佐。阿闍梨もいらっしゃるので自己紹介はあとにして着席してください」

 と司会役の事務総長、詩桐主任に制止されました。

(あっ、この女性、やりにくいわ。爆笑させてみなのモチベーションを上げようと思ったのに)

 星野大佐は思いましたとさ。

「では、改めて。雷音阿闍梨からご挨拶をお願いいたします」

 詩桐主任が事務的にいいました。星野大佐の対角線上に座っていました僧衣の巨人が立ち上がります。すごく威圧感があります。

「本日の件に当たり一言、ご挨拶申し上げます。華麗宗総本山天熊寺管主の雷音です。今回は組織の公務ではなく、我が宗派の願いにご参加いただきありがたく思っております。諸君には、先日身罷ったメッセ139世の輪廻転生にして、この宇宙の絶対神、神の中の神という存在の意思をこの地球で唯一感応し地球市民に訴えることができる“代理者”の後継者たるお方、現時点では赤ん坊ですが、その方を見つけていただきたいのであります。ただ、確実にこの国に転生しているかどうかもわからない、全くの徒労に終わる可能性もある作戦であることもお知らせせねばなりません。いま、確実にわかっていることは、スウエーダン王国時間で、20××年5月26日午後11時14分46秒に先代が身罷られ、その瞬間に転生者は生誕しているというこの一点だけです。拙僧や華麗宗の年老いた僧侶たちにはもはや、この広い国土をくまなく探すことはとてもできません。そこで、星野ひかり司令官をはじめ、若い諸君にたいへん心苦しいが捜索をお願いをしたい。ひとえによろしくお頼み申します」

 雷音阿闍梨は頭を下げた。いくら僧侶とはいえ、尊敬に値し目標ともなりうる、ぺこり十二神将の一人であるお方にこうまで懇願されて、若い一般隊員たちも身が引き締まったようでした。


「では、星野大佐。時間もないので今回の捜索の要点をにお話しください」

 詩桐主任が無表情にいいました。星野大佐は、

(この女史、ワタシのことキライなんだわ。そうよね、みかけ四十過ぎてるから年下の同性上司なんて好きな人、男女問わずいないよな。でもいいわ。ワタシはいつもどおりのワタシできっちりお仕事するの。ほらみろともギャフンともいわせない。仕事はキッチリ定時退社。働き方改革時代の申し子よん!)

 と思ったそうです。

「では、に説明するわ。まず、忍者衆。ステージに集合整列」

 前列に座っていたポロシャツ姿の十五名の若者たちが素早くステージに整列しました。

「みなさん、元気よくお名前を!」

 星野大佐がマイクを横にいた青年に渡します。

「伊賀衆棟梁、服部巨蔵の息子の服部仏蔵はっとりぶつぞうです。親父の名代できました」

「同じく伊賀衆、百地哲郎ももちてつろうです」

「同じく、新道小次郎しんどうこじろうです」

「同じく、下柘植大猿しもつげおおざるだ」

「同じく、城戸真尾きどまおです。なよっとしてますがれっきとした男です」

 それを訊いて星野大佐は素早く、

「城戸くん、多様性の時代にそんなこといわなくていいの!」

 と笑いながら叱りました。

「はい、次の人!」

 星野大佐がマイクを突き出します。

「ええと、甲賀衆棟梁、多羅尾万才の嫡男の多羅尾千内たらおせんないです。よろしく」

 少し、全体的に慣れてきた感じがします。

「同じく、甲賀衆の鵜飼彦六うかいひころくです。古典落語が好きです」

 いい感じです。

「同じく、杉谷拳住坊すぎたにけんじゅうぼうです。よく仲間にいじられます」

 軽く笑いが起こりました。

「同じく、望月道長もちづきみちながです。名前負けしているとよくいわれます」

 そりゃあそうでしょう。

「同じく、山中深夜やまなかしんやです。ノーベル賞は取っていません」

 虚を突かれた一般隊員は思わず大爆笑しました。伊賀衆より甲賀衆の方が笑いのセンスがあるのでしょうか。それとも、順番が二番手でしたので緊張が取れたのと笑いをとる余裕が生まれたのでしょうかね。

「では、最後の五名。よろしく」

 星野大佐が風魔衆にふります。

「風魔の次郎」

「風魔の三郎」

「風魔の四郎」

「風魔の五郎」

「風魔の六郎」

 なんと振り仮名いらずの単純明快な挨拶に会議室がざわつきます。

「ご兄弟なのですか?」

 星野大佐が訊ねると、

「そうだ」

 次郎が答えました。

「失礼かもしれないけれど教えて。太郎さんとか一郎さんはいらっしゃらないの?」

 星野大佐はセンシティブな質問を次郎にします。

「兄は病弱で忍び仕事はできない。具合の良い日は絵を描いたり随筆を認めているが、すぐに熱が出るので床に入っている。俺たちにはやさしい兄だが、父は兄を見放している」

 盛り上がっていた会場が一気に沈みました。しかし、星野大佐はめげません。

「みなさん良いですか。この十五名が各グループのリーダーになります。でも十五って中途半端でしょ。だから、もう一つグループを作ります。リーダーはワタシです」

 急な発表にみなが驚きました。特に、詩桐主任は、

「なにをおかしな妄言を吐いているのですか。司令官は本部にどっしりと構えて各部署に命令を下すのが仕事ですよ」

 といきり立ちました。

「なにを前時代的なことを言っているんですか。司令官が先頭切って汗をかけばこそ、みんなもついてくるのです。だいたい、戦闘をするのじゃなくて、赤ちゃん探しですよ。汗はかいても血は出ません。各チームの連絡は主任のチームが本部で受け取り、それをワタシの端末に送ってくれればいい。各チームへの命令も端末で送れば問題ないですよね?」

 星野大佐はたたみかけた。

「それはそうですけど……」

 さすがの詩桐主任も狼狽したようです。

「みんなわかった? とにかくいまやるべき事は、チーム分けね。月夜野曹長、巨大カプセルトイを持ってきて!」

 月夜野が今朝決まった星野大佐護衛官、五名とともにとてつもない大きさのカプセルトイの機械を持ってきました。

「ここに、各リーダーの名前が書かれた紙が入っているカプセルが百個入っています。誰からでも良いからガチャガチャってやってください。時間がもったいないから素早く開始!」

 一般隊員たちは戸惑いつつも上司命令なので列を作ってガチャガチャっとやります。みなの狙いは甲賀衆のようです。不人気は風魔衆なのはいうまでもありません。


「おおっ!」「やった!」「あちゃあ」と叫び声が上がります。

「さあ、見たらそのリーダーの元へ集合!」

 星野大佐が大声を張り上げます。全員のグループが決まったようです。

「では、各リーダーは日本を十六に分割したくじ引きを引いてください。そこが持ち場です」

 忍者衆たちがくじ引きをひき、残った一枚を星野大佐が取り上げます。

「ふーん、ここかあ」

 星野大佐は無表情にくじを見やると、

「では、これから一時間、各グループに分かれて自己紹介と作業方法の確認をしてください。では全体会議は終了です」

 星野大佐が告げた時、

「しばし、またれよ」

 ずっと黙っていた雷音阿闍梨が星野大佐を引き留めた。

「阿闍梨、どうされました」

 星野大佐が訊ねると、

「先ほど大佐は戦闘がないと言ったが、転生者を探すのは健全な宗派だけではない。かつて大規模テロを起こしたインコ真理教の後継団体『アレク』や日蓮宗系の『造花学会』とその分派。新興宗教の『幸せの化学』。それにイスラム原理主義の一派や一部のキリスト教系カルト集団などが動かないとも限らない。くれぐれも油断は禁物じゃ」

 と答えました。

「はい、肝に銘じました。でも、ワタシは現場で汗をかきます」

 星野大佐は熱く答えました。

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