第7話 運否天賦

 やあ、おいらです。


 突然ですが、中華には『易姓革命』という思想がありました。もちろん、いまの中華共産党にはその理念はありませんが、春秋戦国時代を経て秦という統一帝国が誕生し、王より上位に当たる『皇帝』という概念が生まれ、秦王「政」が「始皇帝」となりました。おいらは人気漫画『キングダム』がなんとなく嫌いなので読んでいないのですが、あれは90パーセントくらいはフィクションですから、どうせ読むならわかりやすくて読みやすい『史記』の解説書があればいいなと思います。


 話がそれました『易姓革命』です。元来、皇帝というものは徳を持って天から国の政を任されて善政を行うという義務と権力を与えられた者がなります。だから国民は命令に従うのです。しかし、権力が長く続くと国家は必ず腐敗し、天の信任を失ってしまうのです。すると、天変地異が起き皇帝は求心力を失います。すると、次に天の信任を受ける人物が現れ、新しい皇帝となって前皇帝を滅ぼし、その次を受け継ぎます。古代中華から、最後の帝国である「清」まで、途中分断や五胡十六国という変則時期はありましたが、基本的には天の信任を受けた皇帝が帝国を造り、信任を失えば次に代わるという歴史を繰り返したのです。国民軍と共産軍が国を治めるまではです。


 さて、小説のつじつま上、某とある島国としますが、中華のそばにあるこの島国を見てみましょう。この国には『易姓革命』の概念がありません。実際には違うに決まっているのですが、宮内庁の説明によるとその国の皇帝は『万世一系』といって初代から今上天皇まで一つの血統が連綿と続いているというのです。代わるのは、皇帝の臣下に当たる時代時代の政治的実力者、権力者だというのです。それは現在も名目上は続いており、内閣総理大臣はじめ内閣の各大臣は皇帝の認証を受けてはじめて正式の大臣になるという儀式が行われています。


 おいらはこの国の皇帝に『易姓革命』はないことを否定はしませんが、政治を司る権力者、今なら内閣総理大臣には『易姓革命』は起きているのではないかと思います。例えるならば、この夏の天変地異の多さ、米不足に水不足。これらは全て天が現政権に不信任を告げているものではないでしょうか。そのような気がしてならないのです。天は新しい権力者を欲しているのです。まあ、それがどなたかはわかりませんけどね。


 いやはや、そんなことはどうでも良くて。


 とかち帯広空港の二階出発口には同一の青いユニフォームを着た集団が『農場長 東京でもがんばれ!』と書かれた横断幕を盛大に振って星野ひかり大佐との別れを惜しみに集まっていました。

「あのさあ、ワタシが行くの横浜なんだけど」

 横断幕の文字を見て星野大佐は愚痴っています。

「東京も横浜も俺らからしたらおんなじ都会だや」

 真っ黒に日焼けして筋骨隆々とした若者が言い返しました。

「帯広だって都会よ!」

 大佐は叫びます。

「いやいやあ。でも農場長さんがいなくなるとさみしいわあ」

 高齢のご婦人が涙ぐみました。

「ちょっとトメさん、孫がお嫁に行くわけじゃないんだから泣かないの! もっとビジネスライクにいきましょうって言ってるじゃん」

 といいつつ、大佐も貰い泣きしてしまいます。

「農場長、飛行機の中で食べてください」

 パートのウメおばさんが焼き鳥の包みをくれます。ちなみに帯広の焼き鳥の肉はなぜか知りませんが鶏肉ではなくて豚肉です。それはともかく、ほかのみんなもお菓子やらなんやらを大佐に手渡します。それだけ大佐は農園のスタッフに愛されていたのです。これが、業績アップの秘密であり大佐が持つ特殊能力でした。今回の急な異動もその能力を例の生成AI『くまんばちくん』がデータ化して弾き出した結果によるものなのでしょう。

「もう持ちきれないよー。でも、みんなありがとね」

 大佐は泣き笑いでみんなにお礼をいいます。

「農業長、ちゃんとチケットと出発時刻確認してありますか? 農業長はおっちょこちょいなところが欠点ですから」

 年上の事務長が心配そうに訊ねました。

「大丈夫。出発時刻は13時40分。チケットはスマホに二次元コードで入っているから。じゃあ、そろそろ行くね。みんな来てくれて嬉しかった。じゃあ、バイバイ」

 大佐は手を振ると、身体を反転させた。その瞬間、

「あっ」

 という小さな叫びが、その唇からもれたのです……


 その日の午後六時です。そろそろというかもう星野ひかり大佐が到着するだろうということで雷音阿闍梨に羽鳥統合参謀本部長、伊賀衆の服部棟梁と甲賀衆の多羅尾棟梁、風魔衆の風魔大五郎ふうまだいごろう棟梁、それに事務局長として総務庁の詩桐良子しきりりょうこ主任がアジトの第一小会議室に集合しています。

 面倒くさかったので、おいらは会議をバックれまして居室にいました。というのも、読み切りたい小説があったのです。近衛龍春さんの『毛利は残った』(角川文庫)で、関ヶ原の合戦で石田三成たちに煽られて名目上の西軍総大将にまつり上げられた挙句、戦ってもいないのに所領六カ国を没収されたおぼっちゃん大名、毛利輝元の“その後”を描いた作品で面白いのですが読みでがありまして、今夜こそ読み終わるぞ! と気合が入っていましたので、会議はキャンセルというわけです。


 おいらは知らなかったのですが、六時になっても主役の星野大佐は現れませんでした。

「おかしいですねえ。いくら帯広からといっても二時には飛行機は飛び立っているでしょうに」

 羽鳥が口にします。

「そうだの」

 雷音阿闍梨も答えます。

「久しぶりの東京で電車に迷っているのでは」

 服部棟梁がニヤつきながらつぶやきます。

「たった一年間で忘れることはないでしょう」

 詩桐主任が真面目に答えます。

「我が組織のモットーは『集合時間の三十分前にくる!』なのだから、厳しく叱らなくてはいけないな」

 羽鳥が厳しい顔をしています。その時、

『トントン』

 と扉がノックされました。

「きた!」

 みなが一斉に注目します。しかし、現れたのは、

「ああ、すみません。大学の講義の最後に『なにか質問はありますか?』っていったら五十人くらい挙手しちゃって。全員の疑問に答えてたら一時間かかちゃってさあ」

 といいわけしつつ、おしゃれなスーツでバッチリ決めた、神奈川薬理大学准教授にして十二神将の一人、忍者衆棟梁の蛇腹蛇腹でした。みなはドッチラケです。

「蛇腹将軍、今日の会議にはお呼びしてないですよ」

 羽鳥が言いました。その目は蛇腹を見て笑いを堪えています。実は蛇腹、神奈川薬理大学に通い出す前は、飛んだ荒くれ者で、着る服も無頓着。ボロボロの忍者衣装を着て、帯の代わりに荒縄を巻いているような輩だったのです。

「羽鳥本部長、それは重々承知してますよ。でも、忍者衆の棟梁たちが参加するのだから最初くらいは顔を出しておこうかなって」

 蛇腹は一応、自分の立ち位置はわかっているようです。

「それはそうと遅すぎるな、星野大佐」

 羽鳥が苦々しく口を曲げますと、扉がノックもなしに開いて、統合参謀本部の隊員が走り込んできました。そして、

「本部長、一大事です。星野ひかり大佐が搭乗している、とかち帯広空港13時40分出発の日本航空JA L57×便が太平洋上空で爆発、レーダーからも消えたそうです。くわしいことはまだ不明ですが、乗客乗員の安否は絶望的であるとNHKのニュース速報が出ました」

 と慌てて報告しました。

 愕然とする一同。

「爆発……これはもしやテロでは?」

 雷音が唸ります。

「ひょっとすると、ターゲットは星野大佐かも知れません」

 羽鳥が応じます。

「ということは、組織の中にどこかの諜報員が紛れ込んでいるかも知れないぞ」

 蛇腹がつぶやきました。

「まさか……他の宗教勢力……」

 顔面蒼白になってしまう羽鳥本部長。

「すぐに、我が忍者衆で内偵捜査をしよう。服部、多羅尾、風魔、お前たち指揮をとれ」

「はっ!」

 三人は出ていきました。なので、会議は自然流会になってしまいました。


 思ってもみない緊急事態を受けまして、腰の重いおいらも読書を諦めて、急遽作られました緊急対策室に顔を出し、対策本部長になりました総大将代理にして十二神将筆頭のネロ・ウルフに状況を訊ねました。ネロは九州の豪雨被害のボランティアに行っていましたが、超特急で戻ってきてくれました。おいらがもっとも信頼する将軍です。

「現場は海上保安庁の巡視船と海上自衛隊の艦船が多数、ヘリコプターや哨戒機も飛んで、ご遺体や当該飛行機の残骸を捜索、引き上げを行っています。報道ヘリも多数取材に来ていて、我々が近寄ることはできません。これらは公に任せるしかありません」

 ネロは淡々と答えました。ネロは肝が太いのでいつも落ち着いています。

「そうか……おいらたちの関係者が乗っていたためになんの落ち度もない方々の生命が失われてしまった。申し訳ないことだ。せめて搭乗者名簿を入手してご遺族になんらかの償いをするよう手配してくれ」

 おいらは悄然として命令しました。

 その時!

「ぺこりさま、ネロさま。7番入り口に星野ひかり大佐が到着しました! 生きています! 幽霊じゃありません。足があります!」

 と隊員が走ってきました。なにも走らなくても連絡ツールはいくらでもあるでしょうに。まあ、それだけ動揺したのでしょう。

「どういうことだ?」

 ネロが訝しみます。状況的に偽者の可能性があると考えたのでしょう。

「とにかく、大佐をここに連れてきてくれ」

 おいらは隊員に指示します。


 五分後。

 星野ひかり大佐と思しき女性がヨロヨロと緊急対策本部に現れました。身体検査の結果、本物とわかりました。

「大佐、生きててなによりだよ」

 おいらがいいますと、星野大佐は、

「遅れてしまい申し訳ございません。とかち帯広空港で搭乗する直前に突然、なんの予兆もなくぎっくり腰を起こして動けなくなり、近隣の整骨院まで運んでもらい、なんとか歩けるようになったらなぜか空港が閉鎖されていて、仕方なく時間がかかっても陸路で来ようと思いたち、高速バスで帯広駅に行き、JR特急おおぞらで南千歳駅に進み、JR特急北斗に乗り換え、新函館北斗駅からJR新幹線はやぶさに乗って約19時間かけて東京駅に到着しました。とっても疲れましたあ」

 それを聞いた全員がずっこけました。なんか、ほかに早く来られる方法があったような気がしてなりません。


 まあ、無事でなによりです。


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