第2話 どんな問題?

 やあ、おいらです。


 おいらたちの組織は現在さまざまな難題を抱えているのですが、その中でも一番胃がキリキリするのが不倶戴天の敵、北陸宮忠仁率いる『正当党』が七月七日の“川の日”を含む三連休の中日に投開票が行われた衆参ダブル選挙で圧勝し、単独与党になったことです。


 この北陸宮はもともと上皇の隠し子として誕生し、皇居の秘密の隠し部屋に幽閉されていたのをおいらたちが助け出して、ほとんどカスパー・ハウザーのように白痴の状態だったものを組織一丸となって教育して、文化教養武芸学術の才能に満ち溢れた好男児に仕立て上げ、あわよくば国民に人気のあるアイドル・スターにでもして、末は博士か大臣かと期待を寄せていたのに、ちょっとした心の軋轢から組織を離脱し、あろうことか横浜市中区野毛山動物園にあったおいらたちの秘密アジトを神奈川県警に密告しやがって、警察どころか陸海空の自衛隊まで投入されてあやうくおいらたちは全滅するところまで追い詰められたのです。


 まあ、おいらたちは青息吐息で逃げおおせることができて、なんとか数年のリカバリー時間をかけていまのアジトを建設するに至ったのですが、前回の轍を踏まないようにと技術官勢がセキュリティーに過剰なほどの万全を期しちゃって、棟梁のおいらにまで個人識別カードを持たされ、しかも最高指導者のおいらでも入場不可の場所があるという、なんとも羹に懲りて膾を吹く状態です。


 さて、内閣総理大臣になった北陸宮は国民からの絶大な人気を背景にして、この国を根底からひっくり返そうとしています。

 まずは突然、

「現在の都道府県制度を廃止して律令制度時代の六十六国制プラス蝦夷国と琉球国を新設します」

 と訳のわからないことを言い出してこの法案を成立させました。まあ、だいたいは現在の都道府県と旧国は似通っているので知事が国守、県庁が国府、地方公務員が介掾目をやればいいのでしょうが困るのは佐渡や隠岐、淡路、対馬、壱岐など島嶼部の役人たちで、いきなり格付け上は旧都道府県と同格になり、町長さんや村長さんたちは冷や汗をかきまくっています。

 大都市でも東京都と埼玉県と神奈川県の一部が武蔵国になり、旧神奈川県民は「横浜市や川崎市が取られたら相模っ原の田舎しか残らないよ。名物は大山詣りぐらいか」とぼやき、旧埼玉県民は「これで、ダサいたまから解放だ! なんたって首都だよ、首都」と喜んでいます。

 近畿地方、特に大阪府はただでさえ面積が小さいのに摂津国、河内国、和泉国に三分割されてしまい、もはや『大阪都構想』などあり得ません。その他、京都府、兵庫県もかなりの変更をされ、中国地方の岡山県も備前国、備中国、備後国、美作国に四分割されました。

 その一方で、東北地方はざっくり太平洋側の青森、岩手、宮城、福島は陸奥国、日本海側の秋田、山形は出羽国とたった二つにされてしまい、各県知事は「誰が国守をやるんだ!」と喧喧諤々した挙げ句「多賀城を再建して役職を増やそう」「秋田城介を任命してもらおう」とか「白河の関を作って中央に対抗しよう」などと対抗論も出ましたが結局、『正当党』が推薦する人物が両国の国守として赴任してきて既存の知事たちは追い出されました。


 続いて北陸宮は、皇室典範を改定して女性天皇を容認することにし、天皇陛下の長女、哀子内親王を皇嗣につけ、それまで、皇位継承権序列筆頭の春風宮を二位、その長男を序列三位に下ろしました。そして、あろうことか自分が哀子さまと婚約して、哀子さま即位の際には摂政に就任すると発表しました。

 メディアや識者は「北陸宮が皇室入りする気か? ならば憲法の規定上、主権者ではなくなるから内閣総理大臣は辞任するべきではないか?」と詰問しましたが、北陸宮は「女性皇室の配偶者になった一般男性は皇室の一員にはなりません。なので、主権を持った国民です。ただし、皇嗣さまとの間に生まれた子どもは皇族になります」と都合の良いことをいってその場を収めました。


 こうしてみると、北陸宮政権は保守で右翼かと思ってしまうのですが、その一方で『選択式夫婦別姓制度』や『企業内部留保に関する課税と法人税増額』『富裕層に対する課税の強化』『各種社会保障制度の充実と子ども支援制度』『憲法第九条の順守』など左翼的な政策もホイホイ成立させ、『企業団体献金禁止』『国会議員の歳費を恒久的に三分の一にすることと夏冬の賞与廃止』を可決させ、あっという間に大まかな“政治とカネ”問題の解決に道をつけてしまいました。

 国民の評価も上々で、既存の政党はもはや存続の危機に立っています。


 おいらも、社会民主主義的な政策には同調するべき点が多いので評価しても良いかなとも思いましたが、そもそも、おいらはエゾヒグマの聖獣なので選挙権がありませんし、なんといっても恩を仇で返した卑劣漢な人物がいつまでも国民に寄り添った政治ができるとも思えませんから、機会をみて大いに痛い目に合わせてくれようと考えています。ただ、いまはその時期にあらず。これだけ国民の支持を得ている現在、北陸宮をやっつけるとボランティア・テロリストからボランティアの文字が消されてただのテロリストになってしまいます。国民に石を投げられます。それは本意ではないです。

 なので、臥薪嘗胆、現在は我が組織の頭脳集団、統合参謀本部と我らが誇る“宇宙一の大軍師”諸葛純沙しょかつじゅんさに綿密な復讐計画を立案させています。


 いまに見ていろ! 北陸宮忠仁。

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