第4話 王女殿下と弱い手袋

『僕は、ここに来る以前は日本という国で生まれ育った者です。学校のみんなで登山中になんらかの理由で落下して⋯⋯気づいたら死んでたらしく、女神さまに会って⋯⋯で、女神さまが⋯王女殿下に会ったらすぐご挨拶申し上げてね!⋯不敬にならないようお言葉遣いはできるだけ丁寧にね!⋯と言われて⋯⋯気づいたら⋯⋯マ、マスターハンド⋯あっ⋯ちがう。て、手袋になってしまいました!!』


 手袋は、女神さまにお会いしたらしいです。女神さまにお会いしたのはあの四人方の話と共通しています。これはもしかすると⋯。


 わたしも、女神さまにお会いしたい。撫で撫でされたい! 撫で撫で⋯んふふふ。おっと、いっけねえ。


 マスターハンドってなんでしょう? 日本にはそんな手袋のようなモンスターがいるのかしら?


『⋯ですが、王女さまは眠っておられるし、しかもすごくうなされておいででしたし、俺はどうしたらいいのか分からず、起床されるまで待機しとこうかと思ったんですが⋯女性の自室というセンシティブでプライベートな空間だと思うと、落ち着かなくて⋯罪悪感⋯圧倒的罪悪感⋯でして⋯あの⋯えーと⋯⋯あの⋯話が長いと言うか⋯情報量、多すぎましたね。すいません。』


 わたしはテレパシーの内容にだんだんおかしくなっていました。こんな莫大な魔力量を有している本人さまが、それに反して態度が弱々しく無自覚なのですから。


「んふふ⋯。あっ⋯失敬」


 自然と、笑みと笑い声がこぼれてしまい、急いで口元を手を塞ぎました。


『だ、大丈夫なんですか?』


『ええ。心配いりませんわ。あなたのような日本という国での記憶を持っている四人方がこの王城に住んでいますし、あなたで五人目ですから、あなたのような存在は、はじめてではありませんわ』


 手袋は、わたしの言葉に少し安心したのか、ふにゃりと空中で揺れ、開いたり閉じたりや適度な回転を繰り返していました。どことなく緊張が解けてリラックスしたような面持ちの動きになんとなく共感を誘います。


 


 そのとき、わたしはあることを思い出しハッとしました。


『あっ、いけなっ⋯! あ、いえ。そうでした。』


 右手の人差し指を手袋に向けそう伝えると、手袋は一瞬ビクッと動きがとまり震えました。まるでこれから叱られるのではないかと恐怖する小動物ではありませんか。こっちのが圧倒的罪悪感ですわよ。


『⋯あなたから異様な魔力量を感じます。どうか魔力量を抑えてくださいませ。このままでは、魔力検知がかかってしまいますわ』


 そう警告すると、再び床に落ちました。


 またストンッとかパタッとかいう静かな軽い音です。


 そう言えば手袋ってよく落下しますね。まぁ、それが手袋らしいっちゃらしいですが⋯。


 そこまで、手袋らしい手袋にならなくても⋯と思うのは、わたしだけでしょうか?


 


『す、すいません! おそれながら、王女さま⋯その⋯あの⋯魔力量を抑える方法と言うのは⋯どうすれば⋯俺⋯まったくもって知らないんですよ⋯』


 えええっ? あれだけすごい魔法を教えといて、こんな基本のキをご存知ないのですか?!


 なるほど。それならば早速、指導すれば良いことですよね。


『深呼吸をするように、魔力の流れを背中に流して抜くようにしてみてください』


 手袋自身が深呼吸というものをできるのかはともかく、ご本人曰く異世界の日本という国の人間だったのでしょうから理解できるでしょう。


 すると手袋は、躊躇しながらも浮かび上がり。またもや床に軽い音を立てて落下しました。


 背中というか手の甲側から倒れこんだその様子は、後転をできない人が後転をしようとして背中から床に倒れ込んだ人間かのように見えます。


「んっふふっ⋯⋯最初は皆そうなりますの。わたしも始めはそうでしたから、母にも笑われましたっけ⋯あっ!」


 わたしは、思わず声に出して笑って喋ってしまい、口元を手で隠します。


 これは王女としてあるまじき⋯!!


 いや、落ち着きましょう。幸い向こうはこちらに転生してきて間もない様子なので、こちらのしきたりや事情などの細かいことは分からないでしょう。


 あの四人方も確かそうでしたと聞いたことがありますし⋯。 もしも向こうがそういうことが詳しいのであれば、わたしは恥ずか死ぬ。


 レレちゃんの言ってた「恥ずか死ぬ」とはこの感情を言うのでしょうか? 言葉は物騒ですが言わんとしてることは分かります。


 それにしても、わたしはどうやら共感できる失敗行動をこうも目の前で堂々と見せつけられると、そのおかしさに弱いみたいです。


 自分自身でも、昔からうすうす感じていたとは言え、わたしはこんなにもこういうおかしさに弱かったのだと⋯不覚ですね⋯。


 


『洗礼式で水に入るとき、背中から倒れる儀式あるでしょ? あのときの感覚に、ちょっと似ていますわ』


 落下後の床に落ちていた手袋は浮かんだのちに、動きを止めながらこう伝えます。


『ちょっと⋯洗礼式は全然分からなくて⋯⋯すいません。日本では多種多様な宗教が国民性なのかうまい具合に共存していて⋯もはや何がどこの宗教のものなのかあやふやだったりして⋯しかも宗教に興味がない人もいまして⋯⋯⋯えーと、俺自身が無宗教なので⋯』


 あ、あの四人方も確か同じこと言ってました。


『でも水泳で背泳ぎするときの、背中から飛び込むあの感じでなら⋯。はい、なんとかなりそうです⋯!』


 背泳ぎ! なるほど! あーそっちのほうが分かりやすかったー。わたしは思わず吹き出しそうになりましたが、どうにか堪えました。


 手袋の理解と要領の良さなのか、あの膨大だった魔力量がほんの数秒で、ゼロに近いものに急変しました。


 んえええっ? どうやったん? ってわたしがお教えしたのでした。


『とっ⋯⋯とても上手に魔力量を制御できていますのね。驚きましたわ。なにかコツでもあるのでしょうか?』


『それはたぶん⋯⋯女神さまのおかげじゃないんですかね? ⋯あの美少女な容姿が台無しなほどすごく緊迫した表情で、急いで急いで!急げー!って言われて、それでなーんにも教えてくれなかったんですけど⋯⋯はい⋯コツとか全く答えられなくて、すいません』


 女神さまは外国の大聖堂にある「女神ナテラ像」を見れば、とても若々しい美少女ですよね。それがどんな緊迫な表情になるのだろうとすごく興味深いですが、急いでるからって、何も教えずにこんな投げっ放しになるなんて⋯。


 だからこの方は手袋になってしまったのでしょうか? そう思うと不謹慎ながら笑えてくるのですが、笑うの絶対よくないですよねこれ。失敬。失敬。


 それにしても、たびたび必死に「すみません」と繰り返してますが、これは異国文化によるもの? あ、異世界文化?の違いというものでしょうか? はたまた、あの特殊な日本という国の国民性? それともこの方の口癖なのでしょうか? うーん。あの四人方もちょっとそういうところは、あったかも知れませんね。


『とにかく。近日中には、あなたと教会へ向かわねばなりませんわね』


『えっ、教会って⋯⋯あの⋯その⋯それって⋯あっ⋯俺的には、教会は結婚式をやる場所というイメージでしかなくてですね⋯⋯その⋯心の準備というか、ええと、その⋯あー⋯うん⋯違うとは思いますけども!⋯』


 手袋は焦りとも照れとも思うような感じに揺れながらそう伝えました。しかしその聞き捨てならない単語に思わずわたしの頬が熱くなるのを感じました。


 わたしは、決して、決して、断じて「結婚」というワードで照れたのではなくて、「わたしは眠いのですよ?」とアピールをするために、態とあくびをし、自然な感じにベッドに潜り込んでしまいました。でもこれがもし演技だとバレたとしたら、さらにもっと恥ずかしいことこの上ないのですが!! もう!! やってしまったことはしょうがないです!!


『そういう意味ではありませんっわ! 身分証明などの正式な手続きは教会で行います。それがこの世界で暮らすためにどうしても必要なことなのです。もちろんテラ先生たちにも同行していただきます。彼らは教会で手続きをしてこの国で暮らせてる前例でもありますから。テラ先生たちと言うのはあの四人方です。あなたと同じ日本という国での記憶持ちですので、ご安心ください。⋯もしかすると四人方とあなたは知人かもしれませんでしょ?』


 布団の下で、わたしは思わず顔を覆いながらテレパシーで伝えました。便利ですねこの魔法。


 これはテラ先生たちに広めたいやーつ。これはルルさん風の口調ね。便利な語尾のやーつ。


 とは言え、ベッドへ逃げながらテレパシーとは言え、会話するなど⋯王女としてあるまじき、はしたない行為だと、分かってはいるのですけれど。


 あの聞き捨てならない単語は、ちょっと。ちょっとちょっと⋯なのです!!


『あのあのあの、も、申し訳ございません。誠に失礼ながら、王女さまをこんな夜分に遅く起こしてしまいまして。しかもプライベート空間にズカズカと⋯』


『部屋に連れてきたのはわたしですから、謝ることではございませんことよ? さて、わたしは午前中に用事がございますので⋯午後まではお待たせしますが、それまでお待ちいただくか──』


 少し布団の端から顔を出して、そっと続けました。


『──それとも、わたしの手元に、いらっしゃいますか? せっかく、あなたは手袋なのですから可能でしょ?』


 あの聞き捨てならない単語の仕返しじゃないですけど、なんかちょっと揶揄ってしまいました。よくありませんねこれ。疲れたのか冷静さを欠いてしまったようです。


 ですが、この手袋は膨大な魔力量を持っているので、わたしの護衛なり影として迎えれば優秀だと思います。まず父に相談する前に教会の手続きが必要そうです。父は国王として魔王討伐の事後処理で多忙真っ只中ですから。


 しばらくして、返ってきたのは、まるで弾かれたような慌ただしくお断りの返答でした。


『そ、そ、それは! おそれ多いというか! 俺はこう見えて十四歳の男なのでっ! 絶対に、それは、その、無理ですっ!⋯すいません!』


「あらっ!十四歳なの~?」


 わたしは小さくつぶやいてから、くすっと笑ってしまいました。


『奇遇ですわね。わたしも、十四歳なのですよ?』


『えっ!? お、おなーい年!? うわっ! えぁっ! 落ち着いた話し方からして⋯もっと上の⋯いやなんでもなっ⋯わ⋯なんでも、なんもないでーす!』


 慌てふためく手袋は動きを見なくとも、テレパシーだけでもとてつもなく焦っているし、本音も漏らしてるしで、すごく伝わります。


 テレパシーだから? にしては素直すぎませんかこれ。でも、わたしは上の歳だと割りと思われたりするので、言わんとしてることは分かりますよ。


 ほんとにわたしをうまく笑わせる手袋さまですね。わたしは挨拶を声ですることにしました。


「んふふ⋯。では⋯面白くて白い手袋さま。おやすみなさいませ!」


『はい! おやすみなさい⋯です! ん? 面白?? いや、俺は午後までちゃんとここから離れたところで隠れてますんで! 是非とも探さないでください! 同い年の男として! 王女さまのテレパシーがー⋯ん?⋯あれ?⋯あっ!⋯言葉間違えちったーーっ!⋯テ?⋯あれ⋯プ?⋯あ!⋯プライバシーが!プライバ──⋯⋯⋯⋯』


 その最後のテレパシーは、なんとなく遠ざかっていく感覚がありました。彼もまたいろんな恥ずかしさを重ねてどこかに隠れに行ったようですね。


 わたしはベッドの中でそう思いながらも、実は枕越しでヒッヒッヒと笑ってしまいました。わたしまけましたわ。


 だって、慌てたらつい言葉を間違えるの。ほんとよくあります。分かるやーつです。


 これでわたしとおあいこでしょう⋯⋯って、わたしは一体何を考えてるのでしょう?


 何故、こうも相手を困らせて笑っていたいのでしょうか? あとから冷静に考えるとわたしのこういうところなんか好きくない。嫌い。


 でも、なんでこんなに不思議と心地良い気持ちなのでしょうか?


 素直で純粋すぎるかわいい手袋さまの雰囲気がそうさせるのでしょうか? 確かにますますどんなお方か気になってしまいます。


 これからの手袋探しはますます楽しみになってきましたよ!!


「それにしても、⋯⋯手袋さまのお名前。完全に訊きそびれてしまいましたわね。⋯⋯ぐぬぬ。」


 そのことだけが心残りでしたが、必死に笑い堪えていたのと、慣れないテレパシーの魔法にどっと疲れたのか、あっさりすぐに眠りについてしまいました。

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