第23話同じテーブル、同じ時間
夜十一時。
街は夜風に包まれ、遠くでタクシーのクラクションが響く。
カラン、とドアベルが鳴いた。
マスター小鳥遊はカウンターで豆を挽いていた手を止め、顔を上げて微笑む。
「いらっしゃいませ。……お二人で?」
入ってきたのは、先日も訪れたあの二人。
一人は仕事帰りのジャケット姿、もう一人は少しカジュアルなシャツに肩掛けバッグ。
顔を見合わせて、どちらともなく苦笑した。
「……あれ、マスター……俺たち、別々に来たことあるの……バレてます?」
マスターは穏やかに笑った。
「さあ、どうでしょう。ですが、お顔を拝見した気がしますね。」
二人は照れたように目を逸らし、並んでカウンターに座った。
「……実は、俺たち、親友なんですけど……お互い悩んでたんですよ。」
先に口を開いたのはジャケットの彼だった。
「この前、マスターに言われて……“そばにいるって伝えればいい”って……それをメッセージで送ったら……」
「……ちょうど俺も、ここで相談して……“弱さを見せてもいい”って言われて……そのあと、あいつから連絡きて……」
二人は顔を見合わせ、同時に笑った。
「……なんかさ、俺たち、変なとこで悩んでたよな。」
「……ほんとにな。言えばよかったんだよな、最初から。」
サイフォンの湯がぽこぽこと音を立てる。
マスターは二人分のカップを並べ、丁寧に琥珀色のコーヒーを注いだ。
「――大切な人には、言葉を惜しまないこと。
簡単なようで、いちばん難しいことかもしれませんね。」
二人は同時にカップを手に取り、湯気の向こうで目を合わせた。
お互い、少し照れくさそうに笑う。
「……これからはさ、もっと頼るわ。お前には。」
「……俺も。変に気負わずにさ、ちゃんと話すわ。」
マスターはゆっくりと頷いた。
「ええ。今夜のこのカウンターで交わしたその言葉を、どうか忘れずに。」
二人はカップを飲み干し、肩を並べて席を立った。
カラン、とドアベルが鳴り、夜風が二人を優しく包む。
店を出るその背中は、先ほどよりも軽やかで、力強く見えた。
カウンターの奥で、小鳥遊マスターは新しい豆をミルに入れながら、窓の外を見やり、静かに呟く。
「――人と人が支え合う瞬間に立ち会えることほど、嬉しいことはありませんね。」
そしてまた、次のお客様を待つように、
やさしくミルのハンドルを回し始めた。
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