聖女は恋愛拒絶

勝間Masaki

第1話

 この世界には、妖精が存在している。誰もがその存在を受け入れている。されども、誰もがその姿を認知出来るわけではない。

 聖職者、彼らがこの世界で唯一、妖精と接することの出来る者達だ。中でも聖女と呼ばれる一部の女性達は、妖精を使役することが出来るらしい。


 

「お待ちくださいマリア様!」

 

 十二前後の歳の少女がとある聖堂のとある廊下で声を荒らげた。それを聞き届けて、マリアと呼ばれた二十四歳の女は足を止めたが、振り返って自分を呼び止めた少女を窘めた。

 

「ミーコ、廊下を走っては駄目よ、って何度言わせるの」

「っあ、ごめんなさい」

 

 マリアの元まで走り寄ったミーコは、マリアに急用があった様子だったが、指摘されて謝罪を口にした途端、両手を組んで瞳を閉じ、その場で跪いた。まるで祈りを捧げるように。

 彼女がそうしている間はマリアも口を開かず、静寂が辺りを漂った。時間にして約五秒。

 目を開いたミーコは先程とは見違えるような落ち着いた所作で立ち上がったが、物を言わせぬ雰囲気でマリアの腕を取った。

 

「あんな下賎な輩にお目通りする必要などございません。うちの聖女様を一体何だと思っていらっしゃるのでしょうか。わたくしがマリア様の代わりにお断りして参ります」

「まあ、ミーコ。なんてことを言うの。生き物に貴賎などありません。聖職者が使っていい言葉ではなくてよ」

「……はい、マリア様」

 

 マリアに諭されたミーコは、またその場で跪き、先程と同じように約五秒間祈りを捧げた。

 目を開けたミーコの顔が先程とは違ってどこか不服そうなのを見て、マリアは思わず笑った。


「まあ、ミーコが厭うのも無理はないわね。あたしも正直嫌よ」

「でしたら」

「だけどね、こんなのへっちゃらなのよ。妖精たちのご意思の為、ひいてはこの世界の為だもの。その為なら、どんなに小さな善行も苦ではなくてよ」


 マリアは聖堂の中庭を見渡しながらそう言った。強がりには見えず、本音のように幸せを語るマリアの表情に、ミーコは幸せが伝染したように笑顔で応えた。



 一、知恵を育むべし。

 一、純粋な心であるべし。

 一、自然を愛し、心を愛すべし。


 それが、聖職者の三大原則。一見、至極簡単なことのように思えて、よくよく考えてみるととてつもなく難しいことのようにも思えるこの教えは、たった数十年前に制定されたという。にも拘わらず、どこの誰が敷いたのかは歴史の影に埋もれている。

 聖職者とは、聖女や神父などの一部を除き、その多くは副業として就いている。普段は商業、農業、工業、サービス業、事務、その業種に拘わらず両立して暮らしているのだ。聖女や神父になっても本業と両立する者もいるのだが、マリアはそのうちの一人であった。



「ニーナ様、ようこそおいでくださいました。お祈りはお済みかしら?」

「いいえ、聖女様。祈りなんて非生産的なことはする意味がありませんから」


 礼拝室で待たせていたニーナという新聞記者に会いに来ると、早速一蹴されてしまう。彼女はおそらく聖職者とは最も遠い思想の持ち主だろう。その思考は科学者にも通ずるものがあるかもしれない。

 一緒についてきたミーコは顔を顰めてニーナを上目遣いで睨んでいる。そんなミーコをニーナの視線から隠すようにマリアは立ち位置をさりげなくずらした。


「そもそも、妖精が一体どんな姿なのか、その正体を突き止める為に私は来ているんです」


 そう、一見場違いにも思える彼女だが、此処へ来たのは初めてではない。取材を目的に何度も足を運んでいた。そして未だに妖精の正体とやらには辿り着けていないようだ。

 マリアはもう何度も口にしてきた返答を一度呑み込んで、とりあえず施設の案内に努めることにした。


 そうして二階へやってきた三人。ニーナは緑豊かな山々が広がる地平線を眺めながら尋ねた。


「今日は実証実験からですか?」

「実証実験……ええ、もうそれでかまいません」


 これはあくまで取材の一貫であり、マリアとしては実験などというものに付き合っているつもりはなかったが、ここで問答しても仕方がないと頷いた。続いてマリアは遠くを見て言った。


「もうすぐカラスがこちらへ飛んできます」


 その約二分後、ニーナやミーコの目にも視認出来るほどカラスが接近し、約三分後に聖堂の上空を通過した。


 未来視などではない。ただ、視力の力を一時的に妖精たちから借りただけである。この世に魔法は存在しない。魔法などというものはおとぎ話や架空のものである。しかし、妖精は常識として存在している。彼らの力を借りる能力の持ち主こそ、聖女や神父である。それ以外の人間が彼ら妖精の姿をその目に映すことは顕微鏡を通しても叶わない。

 ニーナは、その目に見えない存在を実証しようとマリアに協力を求めていたのだ。


「いいなぁ。わたくしも妖精たちとお話したいなぁ」


 ミーコが遠い空を飛ぶカラスを眺めながら呟いた。


「ミーコならきっとそのうち聖女に成れるわ」

「本当っ?  本当、マリア様?」

「ミーコを好いてくれる妖精はきっとどこにでも居るわ。自分を愛しなさい」

「はいっ」


 ミーコは子供らしく顔を染めて笑って答えた。





【次回更新で続き追加有り】






 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

聖女は恋愛拒絶 勝間Masaki @eroile

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ