第8話「道を忘れた日」

 最近、わたくし、少し変なのです。


 時々、言葉が出てこなかったり、記憶が曖昧になったりします。


「ハル君、大丈夫かね? 顔色が悪いようだが」


 上司が心配そうに言いました。

 でも、わたくし、まだ仕事は続けられます。

 なにしろ今日も、大切な配達依頼があるのです。


送り主:佐々木花子(享年85歳)

宛先人:佐々木太郎様(孫)

最後の言葉:『お誕生日おめでとう』


 太郎君は、来週七歳になる男の子です。花子おばあちゃんは、太郎君の誕生日を楽しみにしていましたが、その前に亡くなってしまいました。


 わたくし、太郎君のお母さん、恵美さんに連絡を取りました。


「おばあちゃんからの、最後の言葉ですか……」


 恵美さんの声が、震えていました。


『太郎、お誕生日おめでとう。おばあちゃんは、あなたの元気な笑顔が、一番好きでした。これからも、たくさん笑って、たくさん遊んで、素敵な男の子になってくださいね』


『プレゼントは、あなたのお部屋のタンスの中に隠してあります。おばあちゃんが、一生懸命選んだ絵本です。毎日読んで、おばあちゃんのことを思い出してくださいね』


 太郎君は、おばあちゃんの声を聞いて、わんわん泣きました。でも、その涙は、悲しい涙だけではありませんでした。


「おばあちゃん、ありがとう。太郎、いい子になるからね」


 タンスの中から出てきたのは、『勇気ある小さな騎士』という絵本でした。太郎君は、その絵本を大切そうに抱きしめました。


 配達を終えて帰る途中、わたくし、急に道が分からなくなりました。


 いつも通っている道なのに、どこをどう歩けばいいのか……。


 通りがかりの人にたくさん道を聞いて、なんとか家に辿り着きました。


「わたくし、どうしたのでしょうか……」


 鏡を見ると、少し疲れた顔をした自分がいました。

 でも、まだ大丈夫です。

 明日も、きっと誰かの大切な想いを運ぶことができます。


 翌日、ユウキ君が心配そうに声をかけてくれました。


「ハルさん、昨日、お疲れのようでしたが……」


「ありがとう、ユウキ君。じゃけど、わたくし、まだまだ元気ですけん」


 わたくし、笑顔で答えました。

 本当は、少し不安でしたが、まだまだきっと仕事を続けられる。

 まだ、誰かの役に立てる。

 それがわたくしの、心の支えでした。


 その日の配達は、老夫婦の愛の言葉でした。


 無事に配達を終えて、わたくし、ほっとしました。


 でも、家に帰る途中、また道を間違えました。


 今度は、ユウキ君が迎えに来てくれました。


「ハルさん、一緒に帰りましょう」


「すみません、ユウキ君。ご迷惑をおかけして……」


「いえいえ、ハルさんには、いつもお世話になってますから」


 ユウキ君の優しさが、とても温かく感じられました。わたくし、だんだん弱くなっているけれど、まだ誰かに支えられて、仕事を続けることができる。


 それだけで、十分幸せなことなのかもしれません。

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