「君とまた、いつもの朝に」

蒼影学園の朝――

蝉の鳴き声が微かに響く夏の校庭を、制服姿の生徒たちが通り過ぎていく。


主人公・インクは、いつものようにゆったりとした足取りで校門をくぐった。

けれど、昨日までとは違う。胸の奥に、小さな鼓動が息づいている。


教室のドアを開けると、すでに何人かのクラスメイトが席についていた。

バーン、ロック、ハヤテ、草加――

それぞれがいつものように喋り、笑い、机を囲んでいる。


「インク、遅いじゃねぇかよ」

バーンがニヤリと笑う。


「悪い。ちょっとな」

そう返しながら、自分の席に腰を下ろす。


…そして。


「おはようございます、先輩」


その声は、少し緊張と、そしてどこか恥じらいを帯びていた。

ミリアムが、インクの席のそばに立っていた。昨日、恋人になったばかりの彼女――。


「お、おう…おはよう、ミリアム」


言葉が少しぎこちない。

昨日までと変わらないようで、やっぱり少し違っている。


インクの心は、騒がしくも穏やかだった。


**


午前の授業。

ふたりは席を並べて、黒板を見つめていた。


けれど、ミリアムの視線は時折インクの横顔へ。

そのたびに慌ててノートに目を戻す様子が、何とも愛らしかった。


インクもまた、彼女が視界に入るだけで、心が少しだけ浮き立つのを感じていた。


**


昼休み。

屋上には、いつものメンバーが集まっていた。


ハヤテが菓子パンを片手に言う。

「インクとミリアム、なんか昨日から雰囲気違くね?」


「付き合ってるんじゃね?」

ロックが笑いながら言うと、周りが一斉にどよめいた。


ミリアムは顔を真っ赤にしながら、手を振って否定しようとした。

「そ、そんな…いえ、ちょっと…えっと…!」


インクもまた、照れたように首をかしげた。

「まぁ、否定はしないけどな」


「うおー、マジで!?」

「ついにかよ、おい!」


みんなが騒ぎ、笑い、拍手が起きる。


でも、ミリアムはそんな中でそっと目を伏せて、

小さな声で、確かに言った。


「……先輩、ありがとうございます」


その言葉だけで、インクは今日の昼休みが特別なものになるのを感じていた。


**


放課後。


「じゃあ、また明日」

インクが手を振ると、ミリアムは一度立ち止まってから、ふと振り返った。


「……あの、先輩」

「ん?」


「今日も、楽しかったです」

「……俺も」


小さく微笑み合って、別れた放課後。

恋人としての最初の一日は、静かに終わっていった。


🔷次回予告

第11話「歩幅をそろえて」


特別な関係になったふたり。

だけど、まだ慣れない距離に、戸惑いも隠せなくて――。


仲間たちの視線、ちょっとしたすれ違い、そして…週末の約束。


次回、「歩幅をそろえて」

ふたりの時間が、少しずつ、重なっていく。

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