「君の心が見えなくなる前に」

「君の心が見えなくなる前に」


蒼影学園は土曜日で休みだった。

朝から空は明るく澄んでいて、どこか期待に満ちた空気が流れていた。


今日はミリアムの誕生日。

インクは昨日からずっとソワソワしていた。


「よし…カフェで待ち合わせだな。サプライズも完璧だ」


妹に選んでもらったプレゼントは、リボンがついた小さな箱に丁寧に包まれている。

彼女の好きなモチーフ――月と水晶があしらわれた特製のブレスレットだった。


午前10時、カフェにて。


ミリアムは少し早めに到着していた。

ドキドキしながら、スマホを見つめていた。


そんなとき――


画面にポン、と通知が届く。


「こないだはいろいろありがとうね!また一緒に行きましょう!」


送信者:香澄(同じクラスの女子)


一瞬で、空気が変わった。

ミリアムの指が止まり、表情が曇っていく。


「……一緒に?何を?」


直感的に何かが引っかかった。

そして――


待ち合わせの10分後、やってきたインクに、ミリアムは口を開いた。


「インク……これ、どういうこと?」


スマホの画面を見せる。

香澄からのメッセージ。


インクは一瞬だけ硬直した。

だが、すぐに言った。


「ただの勘違いだ。あれは――」


「もういい!」


バシッ


鋭い音が、カフェの壁に響く。

ミリアムの手が、インクの頬を打った。


「私、今日誕生日なんだよ。こんな日に他の女の子と…っ」


そのまま、ミリアムは立ち上がり、涙を見せまいと俯いて店を出ていく。


午後2時、街中。


インクは彼女を探していた。

駅前、デパートのフロア、商店街、カフェの裏通り、そして公園。


「ミリアム……どこだよ……!」


息が切れる。

視界の端で、人混みが揺れて見える。


午後3時半、河川敷のベンチ。


そこで、インクはようやく見つけた。

ベンチに座って、膝を抱えているミリアム。

髪が風で揺れて、目を赤くしている。


ゆっくり、静かに近づいていく。


「……ミリアム」


ミリアムは顔を上げない。


「もう……信じられないよ」


「話を聞いてくれ。香澄のやつとは、みんなで水族館行った時の話をしてただけなんだよ」


「……でも、どうして説明してくれなかったの?」


「プレゼント渡す前に、言い訳みたいなことしたくなかったんだ。今日は、お前の笑顔だけを見たかったから」


そう言って、インクはポケットから、小さな箱を取り出した。


「これ――妹に選んでもらったんだ。お前が似合うって、ずっと考えてたんだよ」


差し出された箱。

ミリアムの指が、そっと触れる。


「……ほんとに、私のため?」


「俺が嘘ついたこと、あったか?」


少しの沈黙。

そして――


「ない。……でも今回は許さない」


「うん、仕方ないな」


「でも……今日は、一緒にいてくれる?」


「もちろんだよ」


彼女の指が、そっとインクの手を握った。



🔷次回予告

第9話「君とまた、いつもの朝に」


特別な一日が過ぎて、また戻ってきた蒼影学園の日常。

でも、ふたりの関係はもう、昨日までとは少し違っていた。

まっすぐに目を見て笑うその笑顔に、どこか照れくさくなる朝。


友達の言葉、すれ違う視線、いつもより少し近い距離――

恋が、日常の中で確かに息づきはじめる。


次回、「君とまた、いつもの朝に」

“恋人”としての、最初の学園生活が始まる。

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