第2話 愛されすぎる日々

 前書き


 気づけば、世界がまるごと変わっていた。

 かつて“ブサイク”と呼ばれ、誰にも愛されなかった私が、今は歩くだけで視線を集める。


 異世界で手に入れたのは、絶世の美貌と、どんな相手も虜にする魅了スキル。


 美琴、異世界転生ライフ――完全にモテ期、来てます。


 でも、こんなにも簡単に好かれてしまうと、ちょっと不安にもなる。

 これは私じゃなくて、スキルの力なんじゃないかって――。


 まだ気づかない。

 その小さな違和感が、後に“恋”を知るきっかけになることを。


 今はただ、人生初めての「愛されすぎる日々」に、戸惑いながらも足を踏み入れる。



 本文



 転生から数日。美琴の美貌と“魅了スキル”は、瞬く間に街中へと広がった。


 ――噂の美女がパン屋に現れたらしいぞ。

 ――見た瞬間、十字架を握って気絶した者がいたとか。

 ――魅入られた男たちが“姫親衛隊”を結成したって本当か!?


「そんなの私、知らないんだけど!?」


 街角で聞こえてくる自分の噂に、美琴は頭を抱える日々だった。


 とはいえ、困っているばかりではなかった。人々は常に優しく、美琴が「少しお腹がすいたな」と呟いただけで、すぐに10人が手作りのサンドイッチを差し出してくる。


「……これ、全部は食べきれないよ……!」


 ちなみに、その日は“パンの日”として後に記録される。


 美琴が滞在する宿屋〈白猫亭〉も、すっかり特別扱いの聖地になっていた。


「毎朝の洗濯物に花びら散らしといたからね!」

「室内の香り、今日は“春風と妖精の夢”ブレンドです!」


 スタッフ総出で美琴の生活空間を演出する始末。宿屋の主人は言った。


「姫がご機嫌でいてくだされば、それだけで町が平和になりますので」


(私、何かの神か?)


 だが、それでも。

 一人の時間を大切にしたいとお願いすれば、皆は一応静かにしてくれる。お茶とクッキーだけは必ず置いていくが。


「お礼だけ言って、全部食べなくても……いいよね?」


 毎日が、少しずつ、楽しくなっていく。




 そんな中、彼は現れた。


 アレク・ヴェルハルト。王国騎士団の若きエースにして、貴族出身の容姿端麗なイケメン。


「あなたの瞳に射抜かれました。名を教えていただけますか?」


 甘く、誠実な声。真っ直ぐな目。


 そして始まった恋。


 花咲く庭園で語り合い、高級レストランで微笑み合う。手を重ねれば、ドキドキする。唇を近づければ、頬が熱くなる。


「これが……恋?」


 だが、一週間が過ぎた頃、美琴はある違和感に気づく。


 彼は、美琴の話を聞いているようでいて、内面に興味を持っていない。

 褒めるのは容姿だけ、スキルについては過剰に崇拝する。


 そしてある日、アレクがふとこう言った。


「美琴様がどれほど素晴らしいか、スキルで分かるんです」


 ……やっぱり、そうなんだ。


「ありがとう。でも、私……ちょっと旅に出てみようかな」


 その恋は、静かに終わった。

 アレクは少し寂しそうだったが、深くは追ってこなかった。


(たぶん、私じゃなくて“スキル”が恋されてただけ)


 それでも、美琴は涙を流さなかった。

 自分の感情を、きちんと自分で処理できるようになった。


 それだけで、ちょっと誇らしかった。



 旅の途中、美琴はまた“事件”に巻き込まれる。


 一人で川辺に座っていたら、数十人の男性が突然現れ、次々と贈り物を渡してきた。


「この短剣は祖父の形見です、ぜひ!」

「この宝石は、代々伝わる我が家の呪物……じゃなかった、大事な指輪を!」


「いらない、いらない、いらな……呪物って言った⁉」


 逃げても逃げても追ってくる“好意”の奔流。

 村を一つ出るだけで、30件以上の求婚を受け、3つの騎士団に勧誘され、

 1匹のスライムにプロポーズされた。


「もう誰でもいいの!?」


 ちなみにそのスライムは後に“大公爵だいこうしゃくスラルン”と判明する。謎の貴族。



 何をしても好かれてしまう。少しでも微笑めば、崇められる。そんな日々に、少し戸惑いながらも……


「ふふっ……今日は誰が来るかな」


 そんな風に、どこかで楽しみを覚えてしまっている自分にも気づいていた。


 誰かに愛されるって、こんなにあたたかいんだ。


 これまで得られなかった愛情を、今、美琴は全身で浴びていた。



 ある日の午後、街外れの花畑で、一輪の青い花を見つけた。


 ――この花……昔、どこかで……?


 記憶がふとよみがえる。


 ――あの子。、私がかばった……


 小さな手、泣きじゃくる声、かすかな笑顔。


(あの子、元気にしてるかな……)

(きっと、私のことなんて覚えてないよね)


 そんな風に考えて、自分でもおかしくなって、笑った。


(……なんて、バカみたい)


 それでも――その記憶が、ほんの少しだけ胸をあたためてくれた。


 ――第2話 完


 ここまで読んでいただきありがとうございました。


 次の話もお楽しみください。


 一ノ瀬和葉

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