【資料150:ジャーナリスト・相沢航の考察メモ(最終報告)】
日付: 2076年3月1日
件名: 沈黙の支配
結論が出た。『プロジェクト・アサガオ』は失敗などしていなかった。それどころか、想像を絶する形で成功していたのだ。
東郷英介の狙いは、反社会的な怪物を作り出すことではなかった。社会のルールを完璧に理解し、逸脱することなく、システムの一部として機能し続ける、究極の社会人を生み出すことだったのだ。彼らは社会の歯車となり、目立たず、騒がず、しかし確実にインフラの中枢を掌握しつつある。彼らは犯罪を犯さない。ルールを破らない。ただ、彼らという「集合体」の意思決定に基づき、社会を内側から静かに最適化していく。
先日接触した鈴木氏が見せた反応、そして謎のメール。彼らは繋がっている。半世紀の時を経ても、なお一つのネットワークとして機能している。私が鈴木氏に接触した情報は、瞬時に「集合体」に共有され、警告が発せられたのだ。
『ヒマワリ』とは何か。アサガオが初等教育だとしたら、それは高等教育か、あるいは社会人へのプログラムか。既に、第二、第三の「集合体」が、社会という名の庭園で、静かに育てられているのかもしれない。
この事件の本当の恐怖は、狂気的な科学者でも、国家の陰謀でもない。それは、私たちの隣で微笑む「普通の人々」の中に、異質なまでの「完璧な普通」が潜んでいる可能性そのものだ。効率化と協調性を突き詰めた先にある、個人の意思が溶けて消えた社会。
私たちは、気づかぬうちに、その庭園の中で暮らしているのかもしれない。
私の調査は、ここで一旦筆を置く。
いや、置かざるを得ない。昨夜、自宅のポストに、一枚の押し花が入っていた。
青紫の、アサガオの押し花だった。
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