第6話「偽りの恋と本当の想い」
恋人召喚魔法施行から三日目。私は相変わらず田中さんと一緒に魔法省で過ごしていた。
「つばささん、お疲れさま」
田中さんが温かいコーヒーを差し出してくれる。彼は召喚されてから、なぜか魔法省の業務を手伝ってくれていた。
「ありがとうございます。でも、田中さんこそ...」
彼には本来の仕事があるはずなのに、なぜかここにいる。魔法の効果なのか、それとも...
「僕の会社、急に『恋人召喚で休暇』って制度ができたんだ」
田中さんは苦笑いした。
「政府から『召喚された恋人との関係構築期間』として一週間の特別休暇が認められたって」
「そんな制度が...」
私は呆れた。政府の対応の早さには、いつも驚かされる。
「でも、君の職場を見てると面白いよ」
田中さんは私のデスクの隣に置かれた椅子に座った。
「みんな、本当に国民のことを考えてる」
その時、
「つばささん、大変よ」
「何か新しい問題ですか?」
「恋人同士が恋に落ちちゃったの」
「え?」
私は首をかしげた。
「恋人同士が恋に落ちるって、当たり前では?」
「違うのよ。AさんのところにBさんが召喚されて、CさんのところにDさんが召喚されたんだけど、BさんとCさんが偶然出会って恋に落ちちゃったの」
私は頭を整理しようとした。
「つまり、召喚された恋人と召喚主が...」
「そう。召喚された恋人Bさんが、別の召喚主Cさんと恋に落ちちゃった」
田中さんが噴き出した。
「それって、なんだかロマンチックじゃない?」
「笑い事じゃないのよ」
文鳥山先輩は真剣だった。
「AさんとBさんは魔法で恋人関係になったけど、BさんはCさんに本気になっちゃった。でもCさんには召喚恋人のDさんがいるのよ」
私は考え込んだ。
「魔法による恋人関係と、本当の恋愛感情...」
「そういうこと。どっちが本物かわからなくなってるのよ」
その時、のぞみさんが慌てて駆け込んできた。
「皆さん、記者会見の時間です!」
私たちは会見場に向かった。田中さんも一緒についてきた。
「今日は地上での会見ですね」
「はい。でも、内容が内容だけに...」
のぞみさんは緊張している。
会見場には多くの記者が詰めかけていた。
「それでは、恋人召喚魔法施行三日目の状況について説明いたします」
のぞみさんが資料を読み上げた。
「現在までに全国で約三百万組の恋人が召喚されています」
記者たちがざわめいた。
「質問があります」
手を挙げたのは女性記者だった。
「召喚された恋人の法的地位はどうなるのでしょうか?婚姻関係にある方々からの相談が多数寄せられていますが」
のぞみさんは困った顔をした。
「現在、法務省と協議中です」
「追加質問です」
別の記者が立ち上がった。
「魔法省職員の皆さんにも恋人が召喚されているようですが、業務への影響は?」
私はドキッとした。まさか質問されるとは。
「あの...」
のぞみさんが私を見た。私は立ち上がった。
「緊急対策課の
「燕野さんにも恋人が召喚されたそうですが、率直な感想をお聞かせください」
私は田中さんを見た。彼は励ますように頷いた。
「正直に申し上げますと、戸惑っています」
記者たちが身を乗り出した。
「召喚された方は、それぞれの生活をお持ちです。そのような方々を突然『恋人』として召喚することの是非について、考えさせられています」
会場が静かになった。
「つまり、魔法省としても問題を認識しているということでしょうか?」
「問題というより...」
私は言葉を選んだ。
「人の心に関わることですから、慎重に対応する必要があると思います」
その時、田中さんが立ち上がった。
「すみません」
会場がざわめいた。
「僕、燕野さんの召喚恋人の田中と申します」
記者たちがカメラを向けた。
「田中さん、どうして...」
私は慌てたが、田中さんは穏やかに話し始めた。
「僕は確かに召喚されました。でも、つばささんは僕のことを一人の人間として尊重してくれています」
「というと?」
「僕には本来の生活があります。つばささんはそれを理解して、無理に恋人として振る舞うことを求めません」
田中さんは私を見た。
「それどころか、僕の元の恋人のことを心配してくれています」
記者たちがメモを取っている。
「魔法による関係と、本当の人間関係は違うと思います。つばささんはそれをよく理解している方です」
私は胸が熱くなった。田中さんの言葉が嬉しかった。
会見が終わると、田中さんが私に言った。
「つばささん、ありがとう」
「私こそ、フォローしていただいて...」
「君って、本当に優しいんだね」
田中さんは微笑んだ。
「僕、君のこと好きになりそうだよ」
私の心臓が跳ねた。
「でも」
田中さんは続けた。
「これが魔法の効果なのか、本当の気持ちなのか、今は分からない」
「私も同じです」
私は正直に答えた。
「田中さんのことを素敵だと思います。でも、それが魔法によるものなのか...」
「だったら、魔法が終わってから確かめない?」
田中さんの提案に、私は頷いた。
「はい」
その時、文鳥山先輩が新しい情報を持ってきた。
「お疲れさま。でも、また新しい問題よ」
「今度は何ですか?」
「恋人召喚魔法、思ったより早く効果が弱くなってるみたい」
「弱くなってる?」
「そう。召喚された恋人が、だんだん薄くなってるって報告があるの」
私は田中さんを見た。確かに、最初より少し透明になっているような...
「あと一週間で消失する可能性があるって、
「一週間...」
田中さんが呟いた。
「短い時間だね」
私は複雑な気持ちになった。田中さんがいなくなるのは寂しい。でも、彼には本来の生活がある。
「つばささん」
田中さんが私の手を取った。
「この一週間、大切にしよう」
「はい」
私は答えた。
魔法による恋なのか、本当の恋なのか。
答えは一週間後に分かる。
でも今は、この時間を大切にしたいと思った。
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次回:第7話「課長の青春と胃薬の歴史」
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