第17話 国境砦の会談

 コレルトとダネスの状況からして、国から出ることはないだろう。

 アドルフも険しい表情のまま首を左右に振った。


「流石にそうではない、国境沿いにある街で会談の準備を整えているから、そこまで出向いて欲しいそうだ」

「国境沿いの街、大きな川に面した港湾都市ですね」


 確かエイラがアドルフとともにコレルトからリズネシスへ来たときには、船で川を下った。その時も川沿いにある国境の街を通り、そこからまた馬車に乗り換えたのだ。


 行くことは出来る。しかし行ってダネスとなにを話すのかという問題がある。

 獣人が多く暮らしているリズネシスとしては、獣人嫌いのダネスが王となるということが喜ばしいことではない。かといってエイラを口実に過剰に干渉する気もアドルフにはないだろう。

 エイラの考えだけで答えが出せない問題だから困る。


「俺としては、君をダネスの前に出すのはあまり気が進まない」

「それでもこれ以上拒めば、外交問題になるのではありませんか」

「正面から諍いになってもおそらくこの国が傾くことはない、だが双方の民のことを考えるとそんなことにはしたくない」

「私が素直にダネスを認めれば、向こうも引き下がるでしょうか」

「しかし正直、俺はあの男のことは認めたくない、個人的にも政治的な面でも」


 はっきりと言葉にしながら、アドルフは椅子に背をもたれるようにして息を吐く。


「ともかく、会談には俺が直接行くつもりでいる」

「国王陛下が自ら行かれるのですか?」


 アドルフのことは信じている。しかし相手はあのダネスなのだ。


「そうだ、君を連れ帰ったのは俺だ、仮にダネスがコレルトに連れ戻そうとしても応じるつもりはない」


 はっきりと言ってくれるのはアドルフの優しさだ。だからこそエイラの問題は自身できちんと整理しておきたい。


「陛下、ダネスと話をしなければならないなら、私も行きます」

「出来ればエイラにはこの城にいてもらいたいのだが」

「お願いします、陛下」


 ここは譲れないとばかりに、強めに頼み込む。

 アドルフはしばらく考えていたが、不本意そうな様子ながらもエイラの同行を承諾した。


 どうやらダネスはことを急いているようだ。来ていた使者に返答をすると、会談の日程がすぐに調整された。

 同行は認められたが、会談に関しては先にアドルフとダネスで行う。そこはアドルフが決して譲らなかったのでエイラも頷くしかなかった。



 川沿いの街にある国境砦が会談に指定された場所だ。

 砦は中立区域ともいえる場所で、その建物を挟んでリズネシスとコレルトそれぞれの街がある。街の規模はだいたい同じくらいだが、雰囲気や文化など店に並ぶ品などにまで差異が見られるのだ。


 エイラは、リズネシス側の街のはずれにある大きな屋敷で部屋を借りていた。

 茶と菓子が出され、部屋でゆっくりくつろいで待っているように言われたが、どうしても落ち着かない。


 扉を叩く音が聞こえたので、控えている使用人に合図を送る。扉が開けられると、入ってきたのはこの会談中エイラの護衛に付いてくれているオーティスだった。

 思わず座っていた長椅子から腰が浮く。


「オーティス様、どうでしたか?」

「駄目ですね、様子が全く窺えません」

「そうですか」


 大きな動きで首を横に振るオーティスを見て、エイラはまた長椅子に座り直した。


 アドルフは、朝のうちにコレルトのダネスとの会談に向かっている。しかしアドルフが国境の砦に入ってからすぐ、彼との連絡が全く取れない状態になった。

 最初のうちは、会談が長引いているという話しだったが、どうも様子がおかしい。

 陽が昼を越え夕刻に近付きつつあるのに、会談は終わる気配がないのだ。

 何度かオーティスが確かめに行ってくれているが、戻ってくるときの険しい表情はずっと変わらない。


「いくらなんでも遅すぎます、本来は中立地帯である砦の状況も分からないなんて」

「陛下の身になにも起きていないといいのですが」


 会談の相手であるダネスは、獣人を恐れ嫌っている。それでもさすがにリズネシスの王に、危害を加えるようなことはしないだろう。

 アドルフだって武術に優れているし、そう簡単に危うくはならないはず。


 落ち着くためにお茶を出してもらっているが、ゆっくり飲んでいられない。


「やはり様子を見に行くべきでしょうか」

「砦でなにかあったとして、おそらく相手の目的はエイラ様です、迂闊に飛び込ませる訳にはいきません」

「はい」


 オーティスに優しい口調だがしっかり宥められる。それにしても待つだけというこの時間がもどかしい。

 会談に出向く前、アドルフとは意見のすり合わせをしっかりとした。ここに来るまでの馬車の中でも、ずっとその話をしていた。彼はあくまでリズネシスの王ではあるが、エイラのことも配慮した考えを持ってくれている。

 任せると決めたのに、こうも連絡が取れないと不安が増す。


 それからしばらくして、エイラの耳は微かな騒がしさをしっかりと捉えた。

 小さな音までしっかり聞こうと耳を動かす。


「なにかあったみたいですね」

「陛下がお戻りになられたのかもしれません」


 オーティスも気が付いたらしく、確かめるために一度部屋から出て行った。

 外の喧騒は段々大きく近付いてくる。

 アドルフが無事に戻ったという報告でありますように。そう願いながら座って待つ。


 しかし足音も荒く戻ってきたオーティスは、今日一番というくらい険しい表情を浮かべていた。


「申し訳ありませんエイラ様、どうやら悪い報告をしなければならないようです」

「陛下になにかあったのですね?」


 不安が当たってしまったことに表情を引き締めつつ尋ねる。

 オーティスは険しい表情のまま頷く。


「陛下は国境砦内で、ダネスとその一派に拘束されているようです」

「そんな、ダネスがそこまでするなんて」

「やはりダネスの目的は貴女のようです」


 エイラにはダネスがエイラに拘る理由が分からない。獣人の血は母方のものであるし、父であるコレルト王から引き継いでいるようなものはなかった。リズネシスへ来る時も、ほぼ着の身着のままのようなもので、国を出るときに持ち出した貴重品などない。

 エイラの承諾が必要だといっても、宰相であるダネスならどうとでもなるはずだ。


「ダネスはなんと言っているのですか?」

「陛下とエイラ様の身柄を交換すると」


 オーティスの報告を聞いて、エイラはすぐに立ち上がった。

 こんなことなら素直にダネスを認める署名をしておけば良かったのか。どちらにしろこれ以上アドルフやリズネシス国に迷惑は掛けられない。

 答えは出ないが、いま必要なのはアドルフの無事な姿だ。


「私が行けば陛下は解放されるのですね」

「待ってください、だからといってエイラ様を差し出すわけにはいきません!」

「ですが……」


 オーティスが立ち塞がるようにしてエイラを止めた。

 じっとこちらを見つめる瞳と青黒い髪は、アドルフを彷彿とさせる。


「なんとか、エイラ様を渡さずに陛下を解放させます」

「なにか策があるのでしょうか」

「それはありませんが、俺は貴女の護衛を陛下に任されています、ダネスに売り渡すようなことは出来ません」


 はっきりと言ってくれるその意思には感謝する。しかしエイラが行く以外で、解決できる術があるだろうか。

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