第13話 祝勝会の行列
「陛下、そろそろ時間になるんだが……」
控えの部屋に入ってきたランドンは、大袈裟な動きで肩を回した。なんだか面白いものを見つけたと言わんばかりの表情で、目をくるりと動かす。
その意味深な仕草を見たアドルフが、僅かに眉を寄せて尋ねた。
「なんだその表情は、なにかあったのか?」
「兄上でも、そんな楽しそうな顔が出来たんだなと思ってよ」
「どういう意味だ」
「別に、そのままの意味ですが」
ランドンは、大げさに肩を上げてにやりと笑っている。エイラの中では話しの間も表情はほとんどわっていないように見えたのだが、そうでもないらしい。
アドルフは眉を寄せたまま頬に手を当てていたが、さっと手を放した時にはもういつもの冷淡な表情が張り付いていた。どうやら言葉をそういう意味で受け取ったらしい。
「やれやれ、そういう意味で言ったわけじゃないんだがよ、余計なことだったな」
ランドンは大げさな仕草で肩をすくめるが、アドルフの表情はそのまま凍り付いたのではないかというくらい、変わらなくなってしまった。
確かにこの佇まいを見ると、先ほどはかなり表情豊かだったと思える。
「ところでランドン、仕事は終わったのか」
「ああ、面倒な案件ばかり積んでいただいたおかげで、なんとかな」
アドルフ達兄弟の中で最も大柄で逞しい見目をしているが、ランドンはどちらかというと文官らしい。
「まあ、俺は陛下やオーティスほど腕は立たねえからな」
「そうなんですか」
仕事などの話になるなら黙っていようと思ったが、あまりにも意外だと感じてしまったため、エイラはつい口をはさんでしまった。
どう見てもランドンは武官といった雰囲気を醸し出している。今日の闘技大会に出ていないのかと尋ねたいくらいだ。
「適材適所ってやつだ、といっても、周りからは見た目だけは一番強そうって言われるんだけどよ」
ランドンは気にしていないとばかりにからからと笑う。どうやら武官に見られるのは自他ともに認めるところらしい。
それにしても適材適所という言葉に、なんとなく違和感がある。
「まあ正直なところ、今日話していて感じたが、数日くらい鍛錬をすればエイラのほうが勝てるようになるだろう、そのくらいの強さだ」
「そ、そんなわけないと思いますが」
アドルフの評価はさすがに世辞だと思うが、そのくらい動けないという程度はよく理解できた。
本来王を呼びに来たはずのランドンと、そんな話でさらに盛り上がってしまった。
そのため、さらに別の者が慌てた様子でアドルフを呼びに来たくらいだ。
王が見ている前で開催された闘技大会の本戦は、予選よりもさらに白熱した。
予選の間は空席も見つけられたが、本戦ともなると席はすべて埋まり、歓声が多く寄せられている。さすが本戦出場者といえる戦いが多く繰り広げられ、見応えのある素晴らしいものばかりだ。
決勝まで残ったのは、多くの者が予想した通りオーティスだった。
彼の素早い動きと確かな剣捌きは、やはり他の者と一線を画すもので、見ていてとても気持ちが良い。
実際、観覧に来ている者の中でもオーティスが最も人気のある騎士のようだ。勝つたびに沢山の応援や歓声が湧き上がっている。
闘技大会では、たとえ獣化が出来る獣人であっても、獣化して戦うことは禁じられている。しかしそんな必要もないくらい、オーティスの剣技は飛びぬけて卓越していた。
よく見えていると評価されたエイラの目にも、決勝戦は一瞬で勝負が決まったように見えた。勝負用の刃が付けられていない剣なのだが、相手は鋭い一撃に膝を付くほどだ。
「そこまで! 勝負あり、騎士オーティスを勝者とする!」
決勝戦で高らかな宣言が響き渡る。会場は僅かな間だけ静かになり、それからすさまじい歓声が起こり、その日最高の盛り上がりとなった。
この闘技大会で勝つということは、騎士として最高の栄誉であろう。
エイラも惜しみなく拍手を送った。
それから数刻経ち、エイラは闘技場近くで催された祝勝会に参加していた。
少し離れたところでは、アドルフとオーティスが談笑している。
「今日の戦い見事だったな、俺も王としてそして兄として誇れるものだった」
「いいえ、陛下が打ち立てた連続優勝の記録にも及んでいません」
「ほう、俺の記録に並ぶつもりか」
「騎士としては、そのくらいの気持ちで挑むべきだと思っております、ですが越えるのはまだまだ先になりそうです」
「そうか、楽しみだな」
エイラのよく聞こえる耳には、しっかりとそんな会話が聞こえている。今日のオーティスは隙がまるでないと感じられるくらい見事な戦いだった。
アドルフも満足そうな表情で話をしている。
王弟であるオーティスが勝ったということで、催されている祝勝会も華やかな空気に包まれていた。
てっきりエイラは、闘技大会の観戦だけが今日の予定だと思っていた。それが突然に祝勝会に参加するようアドルフから指示があったと伝言されたのだ。
祝勝会とはどういう催しなのか、なにをすればいいのかまったく分かっていない。
それなのにいま、何故かエイラの目の前には行列が出来ていた。
並んでいるのは主に、今回の闘技大会に参加していた騎士や兵士などだ。
観戦に来ていた貴族なども時には混ざっているが、ほぼ参加者で占められている。
今一番前にいる青年は、予選二回戦で惜しくも負けた新米騎士だった。
「一回戦目の相手、貴方が攻撃を上手く受け流したので戸惑っておられましたよね」
「そうですか、あれは自分でも良かったなと思えているんです!」
「その調子です、これからもお仕事や訓練がんばってくださいね」
「はい! ありがとうございました」
エイラは剣術には詳しくない。訓練だって見たことすらないし、偉そうになにかを言えるような素養も身分もないはずだ。
観戦していて感じたことを少し話すだけ。たったそれだけなのに、皆エイラから言葉が欲しいと順番を待っているのである。
予選の後半は見ていないが予選前半と本戦はずっと観戦していたので、ほぼ全ての参加者は見ていて覚えがあった。その時に感じたことと応援の言葉を添えるだけ。
時にはエイラの知らない剣術や武術の知識をくれる者もいる。
「俺より素質があるんじゃないですか」
中にはそんな風に、訓練への参加を勧めてくる者がいるくらいだ。
国の中でも獣人の血が濃い女性は、騎士や兵士などの職を担っているし、高い身体能力を活かした仕事につくことが多いらしい。
確かに護身術程度に武術を覚えることも楽しそうだと思う気持ちも湧く。
行列となっている理由は、エイラの曖昧な今の立場にもあった。
しっかりと国内の貴族の後見を得た王妃候補かもしくは王妃になっていたなら、状況は違ってくる。こんなに気軽な会話は出来ないだろう。
本来、王や王妃から言葉を賜れるのは、優勝者を含む上位者だけ。それが今回の闘技大会に限り違っているという特別な状況が、人気と繋がっている。
「もしやこれは、並ばないとエイラ様と話せないのか?」
並んでいる者もあと少しとなった頃合いで、驚きが混ざったような声が聞こえてきた。
列に気が付いたらしいオーティスは、驚いた表情で列を見ている。
「はい、オーティス殿下でも、特別はありません」
「そうですよ、並んでください」
並んでいる騎士から、特別扱いはないとばかりに声が飛ぶ。
「優勝者だからというわけにはいかなそうだな、並ぶか」
オーティスは、律儀にも列の最後尾に向かう。
なんだかおかしな状況になってしまった。
さすがにオーティスの後ろに更に並ぼうと考える者はいないらしく、列は彼が最後尾の状態で打ち止めとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます