第12話 話は盛り上がる

「騎士でも鍛錬を重ねてようやく辿り着く域ですから」

「そうなのですか、ええと、あの、私は血の影響で少し視力がいいのかもしれません」

「なるほど、おそらくそうなのでしょうね、得意顔で解説をしようかと思ってお声を掛けたのですが、まるで必要ないなんてこれはしてやられました」


 オーティスはなんともいえないくらい嬉しそうな笑顔を浮かべている。

 凄いことをしている自覚はまるでなかった。見えていたとしても、鍛錬さえ知らないエイラには、戦うことはできない。


 オーティスはエイラのことを、凄いと認めてくれているのだろう。表情や尾の動きからもそれは確かにわかる。

 しかしエイラはこれ以上、他人と違っていて特異であるということを示したくない。

 そう思ったから、さり気なく話題を変えた。


「オーティス様はこれから試合ですよね」

「ええ、俺は予選を免除されているので、もう少し後になります」


 前回優勝者であるから、特別な扱いがあるらしい。

 どうやら別の場所で予選を見ていたようだが、エイラがずっとひとりで観戦しているので、声を掛けてくれたのだろう。


「しかし、エイラ様がお元気そうで心より安心しました」

「どういうことでしょう、ご心配をお掛けしていましたか?」


 意外なことを言われ、目を瞬かせてオーティスを見る。

 すると彼は困ったように笑った。


「騎士団のさらに近衛騎士でも、エイラ様の護衛を任されているのは限られた者でしょう、お姿を拝見するなんてとんでもないし、とても静かに過ごされているとしか聞かなかったので」

「ええっ! そうだったのですか」


 そんな話は初耳だ。確かにいつも同じような騎士が護衛に付いてくれていたが、親しくなる余地はまるでなかった。

 オーティスは耳と尾をぱたりと倒しながら、不満を漏らすように話した。


「俺も護衛の立ち番に立候補したのですが、陛下からは即座に却下されました」

「オーティス様がですか?」

「はい、初日に任されたので、俺としてはそのままずっと護衛を務めるつもりでいたのですが、理由もわからないまま全却下だし」


 なんだか不満そうな様子が、口調だけでなく耳と尾にもしっかり現れている。

 エイラに心当たりは全くない。王弟でもあるオーティスに護衛や立ち番をやらせるわけにはいかない。アドルフもそう考えて却下したのだろう。きっとそうだ。


「静かに過ごされていると聞いていましたが、陛下があの調子なので俺はどこか心配で」

「ひょっとしてそれで、本日の席も陛下におっしゃって頂いたのでしょうか」

「ええ、勝つならば美しい方に称えられたいと思うでしょう」


 エイラは驚きに目を見開いてオーティスを見上げる。するとどこか茶目っ気のある笑みが浮かんでいた。美しい、という言葉はどこまで世辞なのかよく分からないが、勝つ自信があるのは確かだろう。

 個人をひたすらに応援するのはよくないとは思うが、少し言葉を向けるくらいなら良いだろう。


「がんばってくださいませ」

「はい、エイラ様がしっかり見ていてくださるなら、勝ってみせます」


 音がしそうな勢いで尾を振っているオーティスの様子は、独特な癒しが感じられる。とても優勝候補とは思えなくて、なんだか気持ちが和んでいく。


 しかしその温かな空気を一瞬で凍らせるような、冷ややかな声が響いた。


「その辺にしておけ、オーティス」

「陛下っ」


 冷たい声に慌てて振り向くと、アドルフが大股でこちらに近付いてくるのが見えた。

 まだ王が出てくる時間ではないのだが、もしかしたらエイラが早いうちから観戦していることがなにか問題だったのかもしれない。


「陛下、俺がエイラ様にお声をお掛けしたのは……」

「分かっている」


 アドルフは素っ気なくオーティスに言葉を返すと、ちらりとエイラへと視線を向けた。睨むようなその視線に思わず肩に力が入る。するとアドルフは大きく息を吐いた。


「エイラ、余計な噂を立てさせないように、観戦はここまでだ」

「はい、申し訳ございません」


 楽しかったからついつい見続けてしまったが、本来であればエイラの観戦は予選が終わった後からだ。エイラだけでなく、王までもが予定になく姿を表したので、一般席と貴族席はざわついている。

 アドルフに余計な手間を掛けさせてしまった。

 肩を落としてしょげているエイラの感情は、耳までしっかりと伝わりへたりと力を失くしている。折角作ってもらった機会に、しっかりと振る舞うどころか逆に迷惑をかけてしまった。

 そう思っていると、アドルフがごほんと大きく咳払いをした。


「エイラ、ずっと予選を見ていたんだろう、話を聞かせてくれ」

「は、はいっ」


 しっかりと見ていた、それは自信があるしオーティスのお墨付きだ。

 エイラは耳をぴょこんと立てて勢いよく頷く。


「控えの部屋に戻るぞ」


 エイラにそう言ってから、アドルフはようやくオーティスのほうへ向いた。腰に手を当てた姿勢で、じっと真っ直ぐ見据える。


「お前はこれから本戦だろう、王弟として無様な振る舞いはするなよ」

「まだ少し時間があるのですが、俺も」

「お前はエイラの機嫌を取るのが上手いから駄目だ」


 びしりと指さすような仕草でアドルフに言われ、オーティスがその場で固まった。

 機嫌を取るのが上手いから駄目、とは一体どういう意味だろうか。言葉通りに受け取れば、なんだかオーティスを羨ましがっているようにも聞こえる。

 そんなまさかと思ったが、アドルフはそこを気軽に追及できるような雰囲気を纏っていなかった。


 控室に戻ってくると、すぐに座るように促された。

 本戦はあとどれくらい後なのだろう。申し訳なさを感じつつも、エイラとしてはなんとなく言い表せない緊張を感じる。

 アドルフはエイラの向かい側に腰を下ろした。ただその表情はあくまで普段通り王としての冷淡な佇まいを貫き通している。


「それで、予選はそんなに楽しかったのか?」

「はい、どうやら私は人より動きがよく見えるようでして」

「よく見える?」


 その話をアドルフにするのは少し躊躇ったが、オーティスにも知られていることなので、正直に伝える。

 わざと手を抜いていると感じたことや、力に長けているあまりそこに頼りすぎている者や優れた技量で様々な劣勢を補っている者などがいる。そんな観戦して見つけられたことを順に話していく。


「確かに、それだけ見えていたのなら楽しかったろうな」

「はい、予選だからこその素晴らしい戦いを見られました」


 アドルフのほうは、予選はまったく見ていない筈なのに、出場者の予選での様子や勝敗をしっかりと把握していた。オーティスより以前は優勝経験があると言っていた通り、卓越した戦士としての視点も加わっていて、話しはとても興味深く面白い。


「私はまだオーティス様の戦いは見ていませんが、陛下はやはり勝つと信じておられますか?」

「さあな、皆あいつが勝つと思っている、だからこその対策もされているだろう、二連覇などそこまで甘いものではない」


 王としてはたとえ弟だとしても、特定の者に肩入れすることは出来ない。しかし予選の様子も交えて話をするのは、とても楽しい時間だった。


 予想に反して時間はあっという間に過ぎていき、様子を見に来たランドンが呆れたような声を掛けるまで、ずっと二人は話を続けた。

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