第4話 冷淡な獣王
その場の視線が一気にエイラへと集まる。
慄いてしまい後退ろうか考えたところで、静かなアドルフの声が響いた。
「決めたのは俺だ、誰かなにか文句があると?」
冷ややかだが確かな威圧を含んだアドルフの言葉が、その場の隅まで響き渡る。
その空気の中で異論を唱えられる者など誰もいなかった。
「まあいいじゃねえか、この堅物な兄上がようやく娶った妃だ、俺は歓迎するぜ」
そう言うとランドンは、見開いたようなぎらついた目を何度か瞬かせてからエイラのほうを向いた。どうやら視線で恐怖を与えることに多少の自覚があるようだ。
「よお、始めまして姫様、俺はランドンっていう、王弟としてまあ陛下の補佐みたいなことをしている」
「は、はじめまして、エイラと申します、よろしくお願いします」
本当は正式な挨拶の仕方などあるだろう。しかしエイラはそこまで上手く振舞えない。
ぎくしゃくと挨拶を返すことしか出来なかった。
ただエイラが笑顔を浮かべてランドンを見上げると、どうやらそれは彼の気を充分惹いたらしい。大股でこちらへ来ようとしたところで、再びアドルフが遮るように立った。
「なんだよ、そんなに厳しく隠すことはねえだろ」
「彼女を不必要に怖がらせるな」
「はいはい、まあそういう兄上だってその冷めた目がよ」
言い返そうとしたところで、冷ややかな威圧を返されてランドンは黙った。
アドルフとランドン、そこまで仲が悪いとは思えないが睨み合う視線はどちらもそれぞれの意味で怖い。
すぐに相手はしていられないとばかりにアドルフが視線を逸らす。
「ではオーティス、後は頼んだぞ」
「あっ、おい兄う、……陛下っ!」
そのままアドルフは足早に王城へと入って行ってしまった。ランドンもちらりとエイラを気にするように見たが、慌てて彼の後を追って行ってしまう。
忙しいのだろうとは思うが、エイラはその場に取り残されてしまった。
王であるアドルフがいなくなり、好奇心を含んだ視線がまたもやエイラへと向けられる。
知らない場所で放り出され、どうしたらいいのかわからず立ちすくんでいると、すぐに優しい声音で話し掛けられた。
「大丈夫ですよ、兄上がたはいつもあんな感じですから」
「えっ、そう、ですか」
さきほどアドルフに呼び出された騎士オーティスだ。
彼はエイラに向かって丁寧に一礼した。
「はじめまして、王弟で騎士団に所属しているオーティスと申します、陛下より護衛と案内を仰せつかりました」
「エイラです、どうぞよろしくおねがいします」
「はい、ようこそリズネシスの王城へ、こちらへどうぞ」
どうやらオーティスは、アドルフとランドンの弟らしい。それで三人同じような髪色と耳をしているのかと、エイラも内心で納得する。
オーティスはにっこりと笑顔を浮かべると、エイラに付いてくるように視線で示してから歩き始めた。
(あら? この方は尾を見せているのかしら?)
彼が背を向けると、背後にふさふさとした尾が揺れている。アドルフとそれから先程のランドンもだが、耳は見せていたけれど背後に尾は見えていなかった。
獣人の耳と尾は獣人としての技量によって、隠せるものもいるらしい。ただ獣化出来るものが獣人でもわずかに限られているのと同じように、その技量を持ったものは多くない。
ちなみにエイラも獣化は出来るが、耳と尾を隠すことは苦手だ。
兄弟でもそういった技量の違いがあるのかもしれない。
オーティスの後ろを歩きながら、ちらりと視線を巡らせると獣人らしき者がちらほら見える。髪や瞳の色と同じく耳の形状なども様々だ。おそらくそれぞれの種族柄なのだろう。
「気を悪くしないでください」
「え?」
向けられる視線について言われたのだろうか。
そう思って気にしていないと首を緩く振ろうとしたエイラに、オーティスさらに続けた。
「陛下……兄上はいつもお忙しいのです、そのうえ自分に対してもとても厳しいかただ、本当は自ら貴方の案内をしたかったことでしょう」
「そうですね、そうだと思います、馬車の中でもとても気遣ってくださいました」
それは本当のことだ。人前でだけエイラを気遣う振りをするのではなく、誰も見ていないところでも、アドルフは優しかった。
あの冷たい眼差しも、王としてやむを得ない事情があるのだろう。
そう思えれば、あの冷ややかな視線だってそこまで怖くない。
「あの、俺などが不躾かもしれませんが」
「なんでしょうか?」
オーティスがちらりとエイラを見ながらなにかを言いかけた。躊躇いがちな視線が動いて、エイラの頭の上のほうに向かう。
言いたいことはなんとなく分かる。エイラの獣人の血について気になるのだろう。
「エイラ様は、お母上が獣人だったのでしょう? どこの部族なのでしょうか」
「部族?」
そういえばニーナから少し聞いたことがある。獣人は出身の種族や部族に重きを置いている。それによって能力にも差があるからだ。
「それは、わからないのです、母は確かに獣人との混血でしたが、出身部族の話を聞いたことはありませんでした」
「そうですか、我が国ではあまり見ない色だと感じたもので」
「獣人の国であるリズネシスでも珍しい色、ですか」
獣人の国ならばエイラは珍しく扱われないのだろう。そう思っていたがここでも珍しい者として扱われる覚悟をしなければならなそうだ。
エイラは思わずそっと俯く。するとそれが見えたオーティスは、少し焦った様子で手を上下に動かした。
「そもそも女性の獣人は多くありません、血が濃くても耳などの特徴を持たない者がほとんどなのです」
「それなら、たとえばですが女性で獣化出来る者は珍しいのでしょうか?」
オーティスはきょとんと目を瞬かせている。それからうーんと考えるように腕を組んで答えてくれた。
「さすがにそれは、ありえないでしょう」
「そうですか、獣人の国ならばさすがにいるのではと思ったのですが……」
「能力の高い女性の獣人でも、さすがに獣化はできません」
出来ないと断言しているあたり、本当にいないのだろう。だとしたら自分は一体どういう存在なのか。
エイラはどんどん不安になっていく。獣王が治める獣人の国でも、エイラは特異でひとりきりだという可能性が出てきた。
「まあ、男性でも耳や尾などの特徴が残っているだけの者が大多数で、獣化できる者は王など俺たち兄弟を含めてほんのひとにぎりです」
「アドルフ陛下は、獣化が出来るのですか?」
確かに彼は、リズネシスの獣王と呼ばれている獣人だ。獣化にも至れる高い能力があるのだろう。
それから口振りからして、オーティスもそれが可能らしい。
見てみたい、エイラは純粋にそう思った。実際自分の獣化する姿だってあまり見たことがない。だが種族だって違うのだから、まったく違う獣の姿を取るのだろう。
なにか見られる機会はあるのだろうか。そう思った視線が伝わったらしい。
オーティスは困ったような笑顔を浮かべながら答えた。
「ええ、ただ国王陛下は、獣化による特別待遇を好みません」
「特別待遇だなんて」
確かに特別待遇を受けたいとはエイラだって思わない。
ただアドルフの考えは、もっとしっかりとしたもののようだ。
「争いや恐怖による解決は最終手段だという平和に沿った考えをお持ちで、国王陛下自らも獣化した姿を滅多に見せることはありません」
「陛下は、そこまでお考えなのですね」
「ええ、この国の民のことを誰より考えている、素晴らしい王です」
聞く限り、そのアドルフの意志に影響を受けているオーティスも、獣化の力をひけらかすことはしていないのだろう。
さすがにその考えを聞いてしまったら、獣化のことは隠していこうと心に決めた。
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