第4話『クレアナの甘え(前編)』


夜の国、常に暗いその国はクレアナ率いる魔法に頼る住人で作り上げられており、さらに万物の理を簡単に変えてしまう魔法が犯罪を生み出さないようにと厳しい秩序の元管理されている。秩序を犯した者は獄舎と呼ばれる牢屋に閉じ込められ、統治者であるクレアナの判決の元正しい処罰を与えられるのだ。

そんな獄舎に二人の瓜二つの顔を持つ男が投獄されていた。彼らは夜の国の住人特有の紫の羽を持ちながら凶悪な数々の被害を生み出しており、その危険性に怯える住民によって捕えられ現在その処罰を待っている。

「…イース、ヨース。顔を上げなさい」

双子の凶悪犯、イースとヨースは凛とした声に顔を上げた。そこにはクレアナが本を開き椅子に座っている。

「貴方たちと取引をしてあげる」

「…取引?」

眉をひそめ声をあげたのはイースだ。クレアナは本のページを捲り、口を開く。

「ええ、取引よ。厳密に言えば主従関係ね。貴方たちの蛮行は許されざるものじゃないわ。でも私はそれに一目置いているの」

突如パタン、と本を閉じ金の瞳が冷たく二人を突き刺す。

「『魔力のない』貴方たちの力がね」

「…」

イースとヨースは魔力を持っていなかった。秩序で制限はあるとはいえこの魔法でなんでもできる夜の国で、魔法を使うことなく名を知らしめる悪行を行ってきたこの双子の力をクレアナは利用できると考えたのだ。


「アレイス姉様が行方不明になった今、今の体制では世界を維持できない。私にとっては世界の支配権なんてどうでもいいのだけれど、馬鹿妹とヴァルネに任せるくらいなら私の方が理にかなっているわ」

「それで、私たちをマリリア様と戦う戦力にしたいと。…私たちのメリットは?」

ヨースは静かに尋ねる。

「私に忠誠を誓うのなら貴方たちの今まで行ってきた処罰を免罪してあげる。本来この国にとって大きな害となる貴方たちは統治者として鳥刑に処すところであるのだけれど…それを全て無にしてあげる、と言っているの」

鳥刑とは、羽を持つ住人が統治者によって与えられる一番重い処罰であり、名の通り鳥となって全ての記憶を消され統治者の眷属となる罰だ。意思も感情も統治者の為に使うことしか許されない時点で実質死刑に近い。

「一度しか聞かないわ。服従か、死か。選びなさい」

二人は目を合わせる。答えなど、口に出さずとも決まっていた。イースとヨースはクレアナの前に跪く。

「クレアナ嬢、よろしくー」

「すべてはクレアナお嬢様の御心のままに」

「ええ、精々努力することね」

二人は恭しく頭を下げながらほくそ笑む。期待通り、努力しようではないか。『裏切る』努力を。


***


主従関係を結ぶにあたってイースとヨースはクレアナ専属の執事であることを決められた。クレアナとしても監視下に置きやすく双子にとっても免罪された身とはいえ危険人物、クレアナの傍にいれば保護してもらえるということで互いに利害が一致したのだ。


しかし、その為には問題が山積みであった。それは執事としての教育だ。

「紅茶は事前にカップを温めて、茶葉を蒸らす時間は三分を超えないこと。やり直しなさい」

「はぁー?」

「それとまたスーツを雑に投げ捨てたわね。皺が目立っているわ。何度も教えた筈よ」

呑気で気ままなイースには厳格なクレアナの執事としてのマナー教育は少し、いや相当辛かった。

「てかそんなことを言われてもいきなり覚えられるわけないじゃん。やったことないし」

「まぁ、貴方の言い分も最もね」

なら、とクレアナはすい、と指を動かすとイースの体が本人の意思とは関係なく動き出す。

「お、わ⋯!」

クレアナの魔法で操られたイースは洗練されたかのような動きでテキパキと紅茶を優雅に淹れた。

「貴方はどうやら言葉で覚えるのは苦手なようだから、きっちりとその体に染みつくまで教えてあげる。感謝なさい」

紅茶を飲み高飛車に言い放つクレアナにイースは睨みこそすれど殴りかかることはできなかった。その体は操り人形のように彼女の意思によって動くことを制限されているのだから。

「貴方のスーツも直さなければいけないわね。丁度いいわ、いつもの仕立て屋まで私を連れて行きなさい。くれぐれも丁重にね」

「げえぇ~あの店いちいちオレを着せ替え人形にしたがるからきら…」

「…」

「…かしこまりました」

クレアナの魔法によりイースは心にもない言葉を綺麗な仕草で紡がされる。自由になりたいのならばクレアナの望む執事になる他ない。

なれど心までは操られてなるものか、とイースは密かに闘争心を燃やしたのであった。


ヨースは元より礼節を重んじていることもあり、クレアナのマナー指導にも一切苦を見せずそれを習得してみせた。

しかし彼もしっかり問題を抱えている。

「お嬢様、少し休憩なされてはいかがですか?」

「いいえ、結構よ。それより図書室の本の整理は終わっているの?」

「ええ、とっくに終わってお嬢様の心が少しでも安らぐように花を飾ろうと摘んでまいりました。勝手に庭に踏み入ってすみません」

大量の書類を読んでいたクレアナの目がようやくヨースへ向けられた。

「そう、別に庭の花は好きにして構わないわ…ああでも、一つ言い忘れていたことがあったわね」

「?なに、を…!?」

ヨースの持つ花瓶の中で静かに飾られていた花が突然その茎を伸ばす。混乱するヨースの体に縦横無尽に巻き付き縛り付け自由を奪っていった。

「私の魔法で作られた花はね、貴方が花瓶の水の中に毒を仕込んでそれを吸った花が私を害する香りを放つ、なんて幼稚な罠を許せるほど心が広くないの」

「っ…ぐ…!」

茎はまるで縄のようにヨースの首に巻き付く力を強くする。じわじわと呼吸を奪われる苦しみにヨースが顔をしかめると、クレアナはため息を吐いて指だけを動かし魔法で花だけを燃やした。


「これで二十四回目の暗殺失敗ね。毎回手口を変えてくれて嬉しい限りだわ」

ヨースは忠実な執事を装い二十四回クレアナに暗殺を仕掛け、その全てを看破されている。そんなクレアナの心ない褒め言葉などヨースにとっては皮肉以外の何物でもない。警戒されているのかイースと違いヨースはクレアナの近くで仕事をさせてもらえず、しかしヨースはそれを幸いとして様々な工作を講じて裏から暗殺を企てた。良くも悪くも正直で真っ直ぐ目の前のことしか見ないイースとは違い、ヨースは先を読みあらゆる可能性を踏まえながら自ら練った計画によって思い通りに事が進むことを楽しむ性格だ。であるからこそ慎重に慎重を重ね、それはそれは厚く重ねて何度も暗殺を企てた。そしてそれを砂の城を壊すが如くそれはもう原型を留めないほどにクレアナに全てを暴かれて終わる。それだけだ。クレアナはそれ以上言及も厳罰も与えなかった。それがヨースにとって一番の屈辱であることを知っていてやっているのだ。

「用がないのなら去りなさい。それとも今度は真正面からナイフで刺すつもりかしら。まぁ、そんな幼稚なままごとに丁寧に付き合ってあげるほどこっちも暇じゃないの」

クレアナはそれだけを言って再び書類へと意識を戻した。ヨースにできることは二十四回目の敗北を認め、すごすごと帰ることだ。

ー…いっそのこと、イースのように苛立ちに任せて書類だらけのこの部屋をめちゃくちゃにしてやろうか。

そう考えてヨースはすぐ首を振った。片割れのことは嫌いではないが彼のように野蛮に手段を選ばない行為はヨースの信条に反する。クレアナもそれを知っているからこそこれ以上ヨースへ警戒をしないのだ。結局は彼女の掌の上であり、その事実に唇を噛むしか怒りを表すことを許されない。


異分子である双子はそんなこんなでクレアナへの不満を積もらせながら、それでもいつかは一泡吹かせてやろうと目論んでは反撃され。そんな生活でも続けていけば日常と化していった。


イースは操られなくともすっかり美味しい紅茶が自然と淹れられるようになり、自分の作った茶菓子と共に本を読むクレアナに差し出すようになった。クレアナも何も人の心がないわけではない。イースが動きやすいように伸縮性の高い特製のスーツを仕立て、イースが茶菓子を作りたいと提案した時は二つ返事で肯定しその材料まで揃えてみせた。もちろんその程度で気を許したわけではないが少なくともイースの生活がだいぶ息がしやすくなったのは言うまでもない。

ふと、イースの視界に違和感が映った。

「お嬢、髪に葉っぱが絡まってるよー」

「あら、そう」

しかしクレアナはそう言ったきり葉をはらうこともせず、本へと視線を外さない。

「…前から思ってたけどさー。お嬢って結構ズボラだよね」

厳格で秩序を重んじるクレアナだが、これまで執事として仕えてきたイースが見てきたクレアナは随分と噂からかけ離れていた。朝起きれば寝ぐせも整えず簡単に魔法で着替えてしまう。本や書類とにらめっこして食事を疎かにすることもしばしば見られた。

「そうかしら」

「髪型もずっと一つに結んでるだけだし、アレンジとかしないの?」

「…」


イースの言葉にクレアナは本をめくっていた手を止め、長い髪を指でつまむ。

「興味がないのよ、時間もかけたくないしね」

「でもその割には髪を大事にしてるんだ。切っちゃえば楽なのに」

「それは…」

アレイスの髪が美しくて自分もそうなりたかった、と軽い気持ちで伸ばしたはいいが実際手入れをすることすら面倒で。そんなクレアナが自分の髪をアレンジなんて考えもしないのだ。

「…ねぇ、オレが髪をいじってもい~い?」

「貴方が?」

不思議そうにクレアナはイースを見る。またいつもの気まぐれだろうか、しかしイースは理由もなく行動することはないと知っていた。

「…まぁ、いいわ。本を読み終える間までなら」

「ん、おっけー」

そう言うとイースは存外優しい手つきでクレアナの髪を梳く。深い紫色の髪は、イースの予想通り光に当たるとアメジストのように輝き、手触りもいい。

丁寧に、それでいて優しく。クレアナの髪がまるで魔法のように、くるくる、ひらひらと絡まり纏まり。やがて、クレアナの髪はクレアナ好みの豪華で、しかし派手過ぎない美しいアレンジが施された。


「どーお?」

イースが思わず笑ってしまうほどに、クレアナは自身の髪を鏡であちこちから見たり、そっと触るくらいに美しく変わった自分の髪に魅入っていた。

「…前にも髪をアレンジしたことがあるの?」

「ん?いや、初めてやった」

イースは昔から手先が器用だ。難しいことを細かく考えるより自分が感じるままに動くことが好きで、そしてそれが特技でもあった。茶菓子を作った時もそう、自分の好きにできるほどより良いものができあがる。

「そう…」

クレアナはしばしじっと自身の髪を堪能した後、指をすいすい、と動かした。すると、イースのスーツに美しい紫のブローチがきらりと飾る。

「これは私からのお礼よ。そのブローチは私の魔力がこもってる、魔力を持つ者がそれを一目見れば私が渡したとわかるの。これから貴方がやりたいことがあればそのブローチを見せれば他の執事は私の命と同じと見なし動いてくれるわ」

「え、いーの…?」


困惑するイースにクレアナは少女のような微笑みを向ける。

「その代わりに貴方は私の髪結い担当に任命します。こんなに綺麗な髪、とても魔法じゃ生み出せない素敵なものだもの、当然の権利よ。ありがとう」

イースは驚きのあまり言葉を失った。クレアナの執事となってから今回まで、一度もクレアナから褒められたことがないからだ。完全な否定はしないものの、必ず何かしら指摘が入りその全てを認めて貰ったことがない。だからこそ、初めてクレアナが嬉しそうに笑い、心から感謝を述べたという事実がイースの中で処理できなかったのだ。

「…え、今褒められたの、オレ…?」

「…失礼な言い方ね。正当な技術には正当な報酬を与えているでしょう」

確かに指摘はあれどイースがきちんと技術を極めた時はその分の報酬としてイースの暮らしが楽になるようにと色々免除してもらったこともある。しかし、面と向かって感謝されたのはこれが初めてだ。

「これでも貴方の腕は買っているのよ。気分で左右されることはあれど気分が良ければその分予想以上の結果を生み出してくれる。人材としてはもってこいだわ。だから貴方が気が向くように便宜を図っていたつもりだったのだけれど」

クレアナの言う通り、イースが気まぐれにやりたいと言ったことをクレアナが否定することはなかった。もちろんそれがクレアナや夜の国に害を及ぼすものであれば却下はされたが。それにしてもクレアナに敵意を抱いていると知っていながらクレアナが与えるイースへの扱いは優遇されているとすぐわかる。しかしクレアナがイースを惜しい人材と言ったのはこれが初めてで、イースもクレアナがそう思っていたと知るのは初めてであった。


ふ、とイースは柔らかく笑う。

「じゃあさー、報酬とかどうでもいいから頑張ったらお嬢が褒めてよ」

「…そんなものに何の価値があるの?」

クレアナは本当にわからないらしく、訝し気に首を傾げた。まったく本当に自分に対して興味が無さ過ぎて笑えてしまう。

「オレがどれだけ頑張ってるか、それがお嬢にとってどれだけ嬉しいのか。報酬だとか対価だとかその前に口で言ってくんなきゃわかんねーじゃん」

イースが瞠目するクレアナの髪をくるくると弄ぶと、クレアナは顎に手を当てやけに考え込んでしまった。

「じゃあ今回の紅茶は?オレが作った茶菓子はどう思った?」

イースがあーん、と茶菓子をクレアナの前に差し出すと、クレアナは少し考えた後それを口にする。それをしっかりと咀嚼し飲み込んでから、クレアナは口を開いた。

「…美味しかったわ。紅茶はしっかりと蒸らされてあって、茶葉はダージリンにしたのね。今回の茶菓子に生クリームが使われるものが多かったから、渋いダージリンと良く合っていたし私好みだったわ」

クレアナは知っていたのだ。イースが一つ一つのこだわりを持って茶も菓子も用意していたことを。それがイースがいちいち計算していたかどうかはともかく、その腕の良さは誰よりも知っていた。今回も、これまでも。


「そっかあ」

それを聞いたイースはまるで母親から褒められた子供のようにそれはそれは嬉しそうに笑った。その様子を見たクレアナは不思議そうに首を傾げる。

「褒めただけよ?そんなに嬉しいの?」

「むしろお嬢は褒められて嬉しくないの?」

「……」

クレアナが褒められて喜ぶ人物といえば憧れの姉アレイスただ一人だ。しかしアレイスは良くも悪くも平等でクレアナを褒めてはくれるが特別扱いしてくれたことはない。もちろん褒められれば嬉しい、しかしどれだけ努力を重ねようとその褒め言葉を独り占めすることはできないのだ。どんな魔法でも満たされることはない承認欲求は、褒め言葉に価値を見出すことを諦めてしまった。だから目に見える報酬に価値を見出したのだ。努力するほど増える報酬は、クレアナの努力を認めてくれるものであったから。消えてしまうことも、次を求めることなくクレアナの傍にいてくれたから。

ふと、クレアナの頭に手が置かれる。イースの手だ。結った髪を乱すことなく、しかし優しくクレアナを撫でる。

「お嬢もいつも頑張ってて偉いねー」

「……」


イースの手は温かった。その温もりがどんな報酬よりずっと心を満たすのだと忘れてしまったのはいつからだろう。

クレアナはイースの頭へ手を乗せ、同じように撫でた。クレアナが誰かの頭を撫でたのはこれが初めてだ。

「…嬉しい?」

「うん、めっちゃ嬉しい」

イースはこの世で一番の宝物を貰ったかのように無邪気に笑う。

「そう…」

知らなかった。褒められて素直に喜ぶその顔が、手から伝わる温もりがこんなにも愛おしいものだということを。褒める側もこんなに嬉しくなれるのだと。

「イース」

「んー?」

目を細めクレアナの手を享受するイースを見つめ、クレアナは少女のように微笑んだ。

「ありがとう」

クレアナは心から、嬉しいと気持ちを込めて褒めた。


***


「…んでさー、その時お嬢がねー」

嬉しそうに話すイースの様子を見て、ヨースは「良かったですね」と心にもない言葉をかける。あれほどクレアナを敵視していたイースがある日を境にクレアナに懐くようになった。それがヨースにとって酷く気に喰わなかったのだ。双子の片割れとして一番傍にいて理解者足り得ると信じて疑わなかったその立場を奪われたかのような、そんな幼い嫉妬であったがヨースにとっては全てを奪われる大事なのである。

姑息なあの魔女はイースにどんな魔法をかけて惑わしたのか、一刻も早く暴いて取り返さねば。そんなヨースを知ってか知らずかクレアナは書類仕事を手伝って欲しいとヨースに声をかけた。それをヨースはチャンスであると二つ返事でそれを受け入れた。書類仕事といえばプライベートな部分を垣間見ることができるだろう。その粗を探し、愛しい片割れの目を覚まさせるためにヨースはその仕事に励んだ。


…と、意気込んだのがつい一日前のこと。ヨースはその書類の多さに強く固めた気持ちが早々に折れかけていた。その量たるや天井まで積み上げてもまだ余りそうなほど。その一つ一つにいちいち目を通し内容を咀嚼して然るべき対処を練る。到底一日では終わらないその苦行が毎日のように続くと思うだけで全てを放って逃げ出してしまいたいくらいだ。

しかしクレアナにとってはその書類はほんの一部でしかなく、その何倍もの量を一日で捌ききり、ちゃんとその対処のための新しい仕事に手を出す始末。そんなクレアナに「こんな量できません」と言えるほどヨースのプライドは腐りきっていなかった。そしてクレアナも意地悪でその量を押し付けたわけではない。ヨースならばできると確信して任せているのだ。そんな彼女に弱音を吐くだなんて絶対にあり得ない。それは敗北を宣言するのと同じ意味なのだから。


ふぅ、と息を吐きながらヨースは書類を眺める。内容としては夜の国の住人からの要望、わざわざ丁寧に相手してやるほどの価値もない小さな事象だ。そのくらい自分の魔法で解決すればいいのに、クレアナがその全てを汲んでくれると知っていてわざわざ負担をかけるように皆が同じようにクレアナの助けを求める。

…非常に、気に喰わない。クレアナもクレアナで拒否の姿勢を見せれば良いものを、自身の身を鑑みることはせず仕事を増やすのだ。そんな夜の国の住人も、クレアナも、全てが気に入らなかった。

「…いいでしょう」

ヨースはポツリと呟き口角を上げる。一部とはいえ書類仕事を任せたのならヨースにだってある程度決定権がある。…ならば、変えてみせようではないか。クレアナにもできず、夜の国の住人にもできないヨースだけのやり方で。先を読み、あらゆる可能性を踏まえ、自ら練った計画によって、この気に喰わない書類仕事を自分の思い通りに減らしてやろうではないか。そう考えるだけでうんざりするほどの書類すら自身の足場を築いてくれる有難い材料だと思うことができた。

ヨースが書類仕事を全てそつなくこなし、それらを減らす方法を編み出したのは片手で数えるまでもない程の日数もかからなかった日のことであった。


「そう、わかったわ」

ヨースの仕事ぶりと、ヨースが提出した起案書を一通り丁寧に目を通したクレアナは特に驚く様子もなく承認する。いくら完璧なヨースの案とはいえ自分の作り上げた国を他人に書き換えられることに不快感を示すのではないかと構えていたヨースからすれば空振りに終わったのだ。

「…否定されるかと」

「私だって万能ではないわ。正直このまま仕事が増えれば何かしら対策を練らなければと思っていたところであったし、そういうのは私より貴方が考える方がずっと良いものができあがるでしょう?」

クレアナは起案書に了承を意味するサインを迷うことなく書いて、ヨースに別の書類の束を渡した。

「次はこっちね、期待しているわ」

つまり、クレアナは知っていたのだ。ヨースが自身の仕事をもっと効率的に減らしてくれるだろうと。ヨースができると確信し疑うことなく、次の仕事の効率化を頼むために用意していたくらいには。

「ふふ…腕がなりますね」

不思議とヨースは嫌な気持ちにならなかった。ヨースの能力を信じそれが失敗することはないとその身を預けてくれる。それはヨースにとって心地の良い負担であり、自分の思い通りにいくことへの快感へと変わるのだ。

まったくとんでもない魔女だと、ヨースは笑う。いつの間にか片割れを失った焦燥感は消えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る