第4話『地上の光、そして出会い』
──風が、匂いを運んできた。 焦げた草、土、そして……何かを煮込んだような香り。 カイルは、微かに目を細める。
「……地上、か」
石の天井ではない。柔らかく揺れる光が、視界を照らしていた。
ダンジョンから、なんとか地上まで這い上がったのだ。
体の傷は、もはや痛まない。致命傷だったはずの胸の貫通痕さえ、跡形もなく癒えていた。
──魔素の結晶。あれが、俺の身体を変えた。
だが回復した肉体とは裏腹に、内側は不安定だった。
魔素の脈動に神経が引っ張られ、少し動くだけで目眩がする。
それでも、前に進むしかなかった。気を抜けば、また沈んでしまいそうな自分を奮い立たせながら。
そして──香りの正体を求めて、ふらつく足で歩を進めた。
◇ ◇ ◇
「よし、完成! 今夜のメニューは、『モク茸とクラック鳥の野草煮込み』〜!」
明るく響く声が、焚き火の向こうから聞こえた。
カイルが木々の影から覗くと、そこには少女がいた。
金髪ストレートのロングヘアが、焚き火の明かりでふわりと輝く。
小柄な体に、ボロボロの貴族風マント。丁寧に手入れされたワンピースに、かすかな品の名残を感じさせる。
少女は鼻歌を歌いながら、鍋をかき混ぜている。そしてふと、こちらを振り返った。
「……あっ」
目が合った。
カイルは咄嗟に身を引こうとしたが、少女はまるで恐れる様子もなく立ち上がった。
「ねえ、大丈夫? 顔色、すっごく悪いわよ?」
驚いたことに、彼女は皿ごと持って、こちらに歩み寄ってくる。
「ほら、食べる? めちゃくちゃ美味しくできたんだから!」
カイルは戸惑った。誰かに好意を向けられることなど、久しくなかった。
「……なぜ、俺に?」
「え? だって死にかけの顔してたんだもの。放っておけないじゃない」
少女は、にこっと笑った。
「それに、命があるだけでラッキーなんだから。ね?」
その笑顔に、カイルは言葉を失った。
躊躇いながらも、差し出された匙を受け取る。
一口、口に運ぶ。
……美味い。 派手な味ではない。だが、内臓まで染み渡るような滋味があった。
「私、ミリエル。ミリエル・セリフィア。あなたの名前は?」
「……カイル」
「カイルさん、ね。よし、決まり。あなた、今日から私と一緒にご飯食べる係なんだから!」
「……は?」
「このあたり、夜はけっこう危ないのよ? 私、辺境暮らしには慣れてるから、ついてきた方が安全だし、お得なんだから!」
その明るさに、どこか懐かしさを覚えた。
──孤児院の、暖炉の前。
──仲間たちと笑った、ほんの一時の平穏。
カイルの表情が、わずかに緩む。
「……世話になる」
「やったー! じゃあね、もう一杯おかわりいる?」
「……もらおう」
焚き火の光が揺れる中、二人の影が寄り添う。
闇の中にあったカイルの心に、小さな“光”が灯る音がした。
《つづく》
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