第28話

「はああ!? 何ですかそれ!?」

 乃亜は大声を上げた。先ほど居眠りを注意した店員が、こちらを睨んでいる。


「あそこに住んでた新婚の夫婦が無理心中したらしいぜ」

「新婚なのに……?」

「結婚3ヶ月目だったそうだ。男がキャンプの薪割り用の斧で女を殺した上に、風呂場で死体をバラバラにしたんだと。その後、包丁で首を刺して自分の命も絶ったらしいぜ、理由はわからんが」


 乃亜は絶句した。

「わ……私、その風呂場で湯船に入ってたんですけど!? 湯船から頭が出てきたのって、つまりそう言う事ですよね!?」

 血まみれの浴室が目に浮かぶ。


「まあまあ、ちゃんと専門のクリーニング業者を呼んで洗ったらしいから、良いじゃん」

「よくありませんよ! そんなの聞いてたら絶対あのお風呂使ってませんって! それに、1人だけならまだしも、さらに2人も死んでるなんて、そんな事故物件なら先に言ってくださいよ!」

 乃亜は身震いした。身体中が気持ち悪い。


「まあ、落ち着いて聞けよ。日本では毎日約4000人の人間が死んでいる。それをいちいち事故物件だから二度と住めません、なんて言ってたら日本中どこも住めなくなっちまうぜ?」

 怜司はニヤニヤ笑った。

「それはそうかも……ってそんな話大きなをしてるんじゃありません! あの部屋で3人も死んでるなんて……」


「5人だ」

「え?」

「いや、今、行方不明になってる奴も死んでたら6人か? 604号室で死んだ住人は。たった3年の間にな」

「な……」

 6人? バレーボールができる人数じゃないか。


「住んだ奴が全員死んでる。まあ、偶然そんな事になる可能性は限りなく低いよな」


 怜司は笑いながら言った。何を言っているんだ、こいつは。604号室に住んでいた全員が死んでる……?


「わ、笑い事じゃ無いですよ! 何でそんな所に私が……」

「まあ落ち着けよ。その前の2人は部屋の中で死んだわけじゃねえ。最初の住人は、夜中に道路に飛び出してトラックに轢かれたらしいし、2人目は雑居ビルの屋上から落ちたんだとよ。しかし、あの部屋に住んでいたのは間違いない」

 怜司はテーブルに肘をついた。

「そんな部屋に住みたいと思うか?」


「……住みたいわけないじゃ無いですか!」

「そうだよな。そんな部屋に住みたいなんていう物好きは居ねえ。俺だって嫌だよ。しかし、誰も住まないと困る人間がいる。家主だ。心中事件があってからは、特に借り手が付かなくなって家賃を下げざるを得なかった。その後に部屋を借りたのは、事故物件でも安けりゃ構わないという、奇特な人間だけだ」


「そんな部屋に何で私が……」

「なぜって、住人が死ぬ理由がわからないからだよ。連続不審死と言っても共通点は無いし、科学的な根拠も無いってことだ。で、困った家主が俺の会社に依頼したってわけ。うちはそういう物件を専門に扱ってるから」

 乃亜は頭が痛くなってきた。


「そんなにヤバい部屋なのに、どうして教えてくれなかったんですか! 住んだ人が100%死んでるって事じゃ無いですか!」

 乃亜は立ち上がり、怜司に怒鳴った。


 怜司はしばらく黙ったまま乃亜を見つめていたが、やがて大きく息を吐いた。

「……もう言ってもいいか。事前に教えなかった理由は2つある。まず、お前を完全に信用してたわけじゃない」

 怜司はゆっくりコーヒーを口に運んだ。


「604号室は、どう考えても普通じゃない。俺達は、何らかの怪異で住人が死んでいると踏んだ。そこで霊が見えるお前を連れてきたわけだが……。残念だが、霊能者と呼ばれる人間の大半は詐欺師だ。実際に見えもしない霊のせいにして、事実を捻じ曲げて自分の利益を得ようとするクズだ。そんな奴らに、事前に『住人がたくさん死んでます』何て言ったら、いくらでもホラ話を思い付くだろ? そして、物件を売れとか壺を買えと脅してくる」

「そ、それはそうかもしれませんけど……」


「その点、お前は前の住人がクローゼットで自殺したことを言い当てたし、その前の住人の霊も見ている。思った以上だよ。何も見えなかったら、もっと早くクビにしてた。本物だよ、お前の能力ちからは。もっと自信持てよ」

 怜司は乃亜をまっすぐに見つめた。

「そ、そんなことを言われても、全然嬉しく無いです。人生レベルで、幽霊が見えて得したことなんてありませんし」

 乃亜は顔を赤らめて目を逸らした。

「そんなに自分を卑下すんなって。それからもう一つの理由だけど……」

 怜司はそう言うと、言いづらそうに黙った。乃亜は唾を飲み込む。


「言ったら、多分引き受けないだろうなって! 絶対イヤでしょ、そんな部屋」

 怜司は声を上げて笑った。



「ふざけないでください!」

 乃亜はテーブルを叩いた。

「そんな危ない部屋に、女子高生を騙して送り込むなんて、どうかしてます!」

「……まともな仕事じゃ無いって言ったろ?」

 怜司は冷ややかに言った。

「危険を伴う可能性があるなんて、最初からわかってたはずだぜ? それとも今から辞めるか? バイト代は出さねーけど」

「そんなの……決まってるじゃないですか!

 乃亜は、玲司の目を睨んだ。


「絶対辞めません! バイト代を貰うまでは!」


 怜司は手を叩いて、笑い声を上げた。

「思った以上だけど……お前もフツーじゃ無いよ。部屋の中で幽霊見たら、普通すぐにしっぽ巻いて逃げ出すでしょ」

「え? 私だって嫌ですけど。でも、50万円貰えるんですよ?」

 乃亜はきょとんとした顔で言った。

「……お前、本当にこの仕事向いてるかもな」



「さて、次に誰かが訪ねて来たって言ってたな。もう少し詳しく説明してくれ。こっちの方が興味がある」

 怜司は、ドリンクバーから持ってきた2つのカップをテーブルに置いた。


「えーと、テレビで動画流しながらうとうとしていたんですけど、確か夜の11時ぐらいにチャイムが鳴ったんですよ。またおばさんが怒鳴り込んできたのかとドキドキしながらインターホンに出たんですけど。もしくはウーバーイーツかな、と。カメラでエントランスの様子がわかるじゃないですか? おばさんはいなくて、玄関の自動ドアだけが見えたんですよ。ウーバーイーツの人が忘れ物を取りに外に出たのかな?と思ったんですけど、ウーバーイーツの人も出て来なかったんですよ」

「あー……誰もいないのにチャイムが鳴ったって事か?」


「ちょっと、話は最後まで聞いてください。ウーバーイーツの人は勿論、出前館の人もいなくて。流石にNHKの集金はこんな時間に来ないと思ったんですけど……」

「話が長えんだよ! 余計な事は良いから、さっさと事実だけを言えって!」


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