第3話 ゆがんだパラレルワールド


 ミンミン蝉のなく朝。健太と美咲は、またくだらないことで言い争っていた。そんな喧嘩を中断させたのは、近所の公民館から漏れ聞こえてきた「電子投票システム導入」という声だった。


「これで面倒な手間が省けるな」と、健太は合理的な解決策に胸をなでおろす。だが美咲は違った。「なんだか、もっとややこしくなりそうじゃない?」と、なんとも言えない不安に身構えた。雨上がりの空に、眩しい希望と暗い影が同時に現れる虹のように、ふたりの心はバラバラの方向を向いていた。


 ボタン一つで何かが変わるというのに、公民館のシステム操作は複雑で、健太はマニュアルを真剣に読み込み、目を輝かせていたが、美咲はどこか不気味なものを感じていた。「まるで、誰かが私たちの心をのぞきこんで、思い通りに動かそうとしているみたい」と彼女はひとりごちた。


 システムを起動した瞬間、世界はねじれ始めた。システムが、投票人をそれぞれ、投票に適したパラレルワールドへと送るからだ。健太はIT技術者だったので、それらの仕組みをすぐ把握できたが、美咲にはさっぱりわからなかった。それぞれの理想が具現化する世界へと、ふたりは引きずり込まれた。


 健太がたどり着いたのは、リモート万歳の世界だった。「これで満員電車からの解放だ!」しかし、家にも帰れず、画面越しに妻の顔を見るだけ。

 どうしても会って話したくても、彼の投票した人間が法律を作ってそれを禁止した。

 美咲は、なにもかも無関心で、無口な女になっていた。

 一方、美咲がいたのは、完全出社の世界。「ごめん健太、今日も残業なの」

 健太はひとり、食事を作りながら彼女の帰りを待っていた。それが、彼女の投票した人間の作った世界だった。

 ふたりの「理想」は、あまりにもかけ離れすぎていた。そのとき、システムが故障した。


 元の世界に戻ったふたりは、互いに無言の時間が長くなる。「ねぇ、あなたは私のなにを知っているの?」美咲が問いかける。「結局、何が大切なの?」健太ははっとした。


雨が上がった空には、七色の美しい虹がかかっていた。システムがもたらしたのは、混乱だけじゃなかった。それは、二人の間にできてしまったすれ違いの溝を、再びふたりをつなぐ絆へと変えていた。


(明日から26日まで、ドクターストップがかかったのでお休みします。うーん。病持ちはつらいよ)。

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