第15話 不穏な足音 ③






   山賊団のアジト近くの山道――――



 今は使われていない廃坑、そこに山賊団のアジトがあった。


 そこから更に離れた山道に、一人の男が歩いていた。


 切れ味の鋭い剣、真紅のキルブレードを腰に提げ、どこか異国風の雰囲気を漂わせていた男は、あての無い旅の途中であった。


 その男の周りの木の陰から、山賊達が見張っていた。


 そして一斉に出て来て男を取り囲み、山賊の頭目が声を掛ける。


 「へっへっへ、こんな所で散策とは、運が良いんだか悪いんだか。」


 「リントンのお頭、やっちまいましょうぜ!」


 「相手は一人、こっちは四人、構うこたあねえですぜ!」


 「馬鹿野郎、お前等この男の装備してる武器が見えねえのか? 真紅のキルブレードを持つ男、あんた、凄腕の剣士アインだろ?」


 山賊の頭目が尋ね、アインは目を閉じ、ゆっくりと剣の柄に手を掛ける。


 「だったらどうしたと言うのだ?」


 「おっと、勘違いをしてもらっちゃ困るぜ、俺はあんたとやり合うつもりは無い。あんたには仲間になって欲しいんだ。どうだ? 俺達の仲間にならねえか?」


 「断る。」


 アインは即決したが、頭目は尚も食い下がった。


 「そう邪険にするな、金か? 女か? 好きな物をくれてやるぜ。どうだ?」


 「興味が無い。」


 アインはまた即答したが、山賊の頭目は首を左右に振り、肩をすくめた。


 「難しい奴だな、あんたは。」


 と、ここで遠くの方から荷馬車がやって来る音が聞こえて来た。


 「お頭、そろそろ時間ですぜ。」


 「おっと、もう来たか。おう! 解ってる! じゃあなアイン。気が変わったらいつでも言ってくれ。あんたなら歓迎だ。」


 そう言って、山賊達は荷馬車の方へと向かい、山道の途中で荷馬車が止まる。


 荷馬車の御者が、山賊の頭目に声を掛ける。


 「旦那、約束の品です、手に入れるのに苦労しましたよ。」


 「おう、これか。」


 荷馬車の荷台には、一人の女性が座っていた。手足は拘束されている。


 山賊の頭目は女性のフードを剥がし、顔をよく拝み、口笛を吹く。


 「ひゅ~~、生粋のカナン人のシスターか、こいつは高く売れるぜ。」


 「放して!? 汚らわしい!」


 女性シスターは気丈に振舞っていたが、本当は怖くて震えていた。


 それを見ていたアインは、その女性シスターを見た時、昔の知り合いの女性と姿を重ねていた。


 アインはおもむろに荷馬車の荷台に腰掛け、無言で座る。


 「なんだ? 俺達の仲間になる気になったのかい?」


 山賊の頭目が言い、アインは素っ気ない返事で返す。


 「気が変わった。」


 「へっへっへ、あんたも所詮は男ってこったな、女に興味が無いとか言いつつよ。」


 山賊の頭目はニヤニヤしつつ、他の山賊達に号令をかける。


 「よーし! 引き上げるぞ! それと誰か海賊の連中にも教えてやれ、この国を乗っ取るなら今しかねえってな!」


 「へい! じゃああっしが行ってきやす。」


 「おう、頼んだ。」


 動き出した山賊は、海賊との繋がりを確保しつつ、ロファール王国を手中に収めようと暗躍していたのだった。



   マーロンの町――――



 俺達はようやくマーロンの町へ帰還してきた、町に入る時に門衛が血相を変えていた事から、どうやらネリー姫様の素性は知られているらしかった。


 「ギルドに寄る前に、一度マーロン伯の屋敷へ行こう。そこで姫様を保護してもらわにゃならんからな。」


 「お手数をお掛けします。」


 「なーに、姫様が畏まる事などありませんよ。堂々としてて下さい。」


 バーツさんが先頭で、その後ろから姫様と俺達が続く、マーロン伯の屋敷までは俺達が護衛役をしなくてはならない。


 しかし、それも杞憂に終わる。何事も無く屋敷の前までやって来た。


 バーツさんが屋敷の守衛に声を掛ける。


 「すまないが、マーロン伯様に至急会いたいのだが。」


 「約束はあるか?」


 「いや、だが。」


 ここでバーツさんが、後ろに控えているネリー姫様の方を向いた。


 守衛がそれを見ると、血相を変えて慌ただしく駆けて行った。


 そして直ぐに戻って来て門が開かれ、守衛が慌てて声を掛ける。


 「お通ししろとの事だ、中に入ってくれ。」


 「そんじゃま、お邪魔しますよ。」


 こうして俺達は、ぞろぞろと連れ立って屋敷の中へと案内される。


 おお、ここが領主様の屋敷か、庭が広い、石像がある、立派な建物だし。


 感動していると、屋敷の玄関から数名のメイドさんが出て来て、整列した。


 「「「「「 ようこそお越しくださいました、姫様。」」」」」


 おお! ちょっと感動、アニメとか漫画でしか見たことが無い世界が今、目の前に。


 「失礼します、マーロン伯に会いたいのですが。」


 ネリー姫様は小さな声で尋ね、メイドの一人に聞いた。


 聞かれたメイドさんは畏まり、礼儀正しく受け答えしていた。


 「はい、今はマーロン様はお忙しく、部屋の執務室でお待ちです。」


 「解りました、早速向かいます。」


 「ご案内します、どうぞこちらへ。」


 メイドさんに案内され、俺達は屋敷の中へ招待された。玄関もまた調度品などで飾られていた。


 「随分金が掛かってるな。」


 「しー、聞こえますよバーツさん。」


 メロディーに心配されつつ、俺も意見を言う。


 「一体どんだけ稼げばこんな暮らしが出来るのかねえ。」


 「ジョーも静かに。」


 俗物的な事を言いつつ、俺達はマーロン伯が居る部屋の前まで来た。


 コンコンと扉をノックしたメイドさんが、部屋の中に居る人物に声を掛ける。


 「マーロン様、お客様をお連れしました。」


 「入ってもらえ。」


 おそらくマーロン伯の声と思われる人から、中に入っても良いと言われた。


 メイドさんが扉のドアを開けて、俺達を部屋の中へと促す。


 「どうぞ。」


 メイドさんはここまでのようで、後は俺達が勝手に中へ入って行った。


 ネリー王女を見たマーロン伯が、一番に声を出したのが、労いの言葉だった。


 「お疲れ様でしたネリー様、道中大変だった事でしょう。控えておる冒険者たちもご苦労。」


 ここでバーツさんが自警団団長からの手紙を出し、マーロン伯に渡した。


 「これが、自警団団長からの返事の手紙になります。」


 「うむ、ご苦労。」


 手紙を受け取ったマーロン伯は、一旦は机の上に置き、そのあと姫様からの言葉を待った。


 「マーロン伯、先ずはわたくしを部屋へ入れてくれて感謝します。」


 「とんでもない、我等家臣、ロファール様に忠誠を誓っておりますれば、そのお子様を歓迎するなど当たり前ですとも。」


 「ありがとう、マーロン伯、早速ですが用件をお聞き下さいますか?」


 「勿論ですとも、して、今回はどの様な目に遭われましたか?」


 「ゴッタに牢へ入れられましたわ。」


 「なんと!? あ奴め、とうとうやりおったな………………。」


 何だ? まるでこうなる事を知っているみたいな感じの会話だな。


 「色々と積る話もあるかと思われますが、姫様、単刀直入にお聞きします。これからどうなさいますか? また、私に何をさせたいのでしょうか?」


 ふーむ、マーロン伯は色々と知っていそうだな。姫様の周りで起きた事とか。


 ネリー姫様は俯き、目を閉じて深呼吸したのち、ゆっくりと語りだした。


 「マーロン伯、あなたには王都まで赴き、ゴッタの横行を止めさせ、拘束して欲しいと願っています。」


 「………………。」


 しかし、ここでマーロン伯が沈黙をし、深く考えている様子だった。


 口を開いた時は、鋭い眼光でネリー姫様を見つめていた。


 「姫様、それはつまり、ゴッタの軍と戦うと仰られる訳ですかな?」


 「はい、そうなります。」


 再びマーロン伯は沈黙し、何やら考え込んでいる様子だった。


 マーロン伯が口を開いた時には、既に覚悟が決まったと言わんばかりの表情だった。


 「姫様、非常に言い難いのですが、我が領内において賊が人々を苦しめている事実が御座いまして、とても姫様の為に割ける兵力は御座いません。この町の守りだけで手一杯なのが実情なのです。」


 ふーむ、やはり簡単には行かないか。山賊だって馬鹿じゃない、数を揃えている。


 こちらの戦力を王都に振り向けると、今度はマーロンの町が危険に晒される事になる。


 山賊め、頭を使ってるじゃないか。更に海賊の問題もある。迂闊に動けないだろう。


 こりゃあ、俺とフォルテ達の望む、賊の討伐に兵を出してもらうって話どころじゃなくなってきたな。


 「ですが、不可能では御座いません、足りない戦力は他から調達すればいいのです。」


 「と、仰いますと?」


 「はい、冒険者ギルドや傭兵ギルドなどに渡りを付けて、人員をかき集めるのです。さすれば、必要最低限の戦力は確保出来るかと。ただ。」


 「ただ?」


 「はい、資金の問題ですな。各ギルドに掛け合い、人員を確保するには人を雇うお金が必要なのです。」


 「お金ですか、わたくしには持ち合わせがありません。どうしたら?」


 ここでマーロン伯が二ヤリと笑みを浮かべた。


 「なーに、簡単ですよ、国庫を開けば良いのです。」


 「国庫を?」


 「はい、今はゴッタが管理している国庫をです。」


 そう言ってマーロン伯は、二ヤリと笑みを湛えた。


 「何はともあれ冒険者たちよ、ここまでのネリー姫様の救出と護衛、大儀であった。報酬として銀貨100枚を渡す、受け取るが良い。」


 「はは、ありがとうございます。」


 お、どうやら報酬を貰えるみたいだぞ。やったね。


 みんなを代表して、バーツさんが銀貨の入った皮袋を受け取る。


 と、ここでマーロン伯は更に俺達に言葉を掛けた。


 「ときに冒険者たちよ、ここまで姫様と関わり、折角乗り掛かった舟だ、もう少しだけ姫様のわがままに付き合わんか?」


 おっと、何か嫌な予感がしてきましたぞ。


 まさかとは思うが、俺達に何か動けと言われるんじゃなかろうか。

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