第44話 絶対に危険なプールイベントの罠

「ねえ、佐伯さん。明日一緒にプールに行かない?」


 私に霧島詩織から電話がかかってきたのは夏休み前日のことだった。


 私は結局、一度も学校に行かないまま一学期を終えた。いわゆる登校拒否児童だ。


 もちろん、あの夜の密会以来、創太と会うことはもちろん電話で話すこともない。創太からスマホにメッセージは届いていたが、すべて無視して返信は行っていない。


 ヒロインたちに余計な警戒心を与えないためにも、私は創太に近づかないほうがいい。そう思っていた。


「明日、市民プールにみんなで行くのよ、神代君も来るわ。佐伯さんも一緒に行きましょう」


 夏休みのプールイベント。『トキメキめめんともり♡』の中でも重要なイベントの一つ。ヒロインたちの水着姿が見られるだけでなく、今後のストーリーにかかわる重要なキーになるフラグがいくつも隠されている。


 大まかなイベントの流れはこうだ。


 ヒロイン三人と主人公、ヨシオの5人で市民プールに行く。流れるプールで誰と泳ぐか?誰を誘って食事をするか?不良に絡まれるヒロインを助ける。などミニイベントがたて続けに起こる。


 どのヒロインを選ぶかで上がる好感度はほかのイベントの比じゃない。


 ただこれは罠だ。

 一人のヒロインを偏って優遇しすぎると、他の2人の不満度が爆発する。好感度が上がりやすい分、それ以上に不満度の上昇率がヤバイ。


 そして冷遇されたヒロインふたりの不満度が一定を超えると、好感度の一番高いヒロインとの人工呼吸イベントが強制的に発動する。これは最強スライダーでおぼれたヒロインを主人公が助けて人工呼吸を行うというものなのだが、この人工呼吸を見ることで残り二人の不満度が爆発し、このイベントを起こしたヒロインは殺されてしまう。


 残りの期間のゲームはヒロインが一人減った状態で続くことになるのだが、すでに不満度が爆発状態のため今後のゲーム進行が限りなく難しくなる。ほぼ間違いなく残った二人のヒロインも殺し合いルートに入り、残ったヒロインとハッピーエンドになる。ゲーム的には両思いなのかもしれないが、ある意味もっとも納得のいかないエンディングの一つだ。


 創太には絶対に進んでほしくないルートではある。


 そのイベントに私が誘われている。

 山登りイベントでもそうだった。ヒロインたちはこのプールイベントを使って私を殺そうとしている。それは間違いない。


「わ、私、泳げないから、お断りします……」


「あら、残念。でもそんな言い訳でこのイベントから逃れられるとでも思っているの?ゲーム的にはあなたはすでに4人目のヒロインとして認識されているわ。ヒロインが水着イベントに参加しないなんて許されないわ」

 詩織は電話の向こうで不敵に笑う。


「で、でも私水着も持っていないし……」


「ふふふ、安心しなさい。あなたの分の水着は私が用意してあげるわ」

 それだけ伝えると、詩織からの電話は一方的に切れた。不安が心を支配していく。

 

 *  *  *

 

 翌日、市民プールの入り口で待つことになった。約束の時間より早く到着してしまい、一人で立っているのが居心地悪い。

 薄いグレーのロングスリーブシャツに紺色のロングスカートという、真夏なのに肌の露出を極力避けた地味な格好をしていた。黒ぶちメガネはいつも通りで、髪は後ろで一つに束ねている。


 まず小鞠が現れた。オレンジ色のTシャツに白いショートパンツ、いつものバスケ部での活発さそのままの、動きやすそうな服装だった。


「あ、佐伯さん」

 小鞠が私を見つけて軽く手を振る。しかし、その表情は決して歓迎しているようには見えなかった。

 続いて詩織が到着した。淡いブルーのブラウスに白いフレアスカート、足元は上品なサンダルという、まるでファッション雑誌から抜け出してきたようなコーディネートだった。


「佐伯さん、来てくれたのね」

 いつもの清楚な笑顔で会釈するが、その目は冷たかった。


「はいこれ、約束の水着よ。私のお古だけど文句は言わないでね」


「は、はい……」

 私は詩織から紙袋に包まれた水着を受け取る。きわどいビキニとかだったらどうしようかと不安に震える。 

 そこへ最後に舞美が登場した。ピンクのオフショルダートップスに白いミニスカート、可愛らしいサンダルという、いかにもアイドルらしい華やかな装いだった。


「あら、佐伯さんも来たの」

 舞美の声には明らかに迷惑そうな響きがあった。

 

 そして、創太が現れた。久しぶりに見る彼の姿に、私の心臓がバクバクと鼓動する。

 創太も私に気づいて驚いたような表情を見せた。


「佐伯さん?どうしてここに?」

 あの夜の密会以来の再会。私はどう答えていいかわからず、申し訳なさそうに立っていた。


「あ、あの、霧島さんたちに誘われて……」

 創太の困惑した表情が見える。彼もこの状況の異常さに気づいているのだろう。

 モブである私がこのイベントに参加する予定はなかったことを創太も気づいている。私の不安を察し声をかけてくれた。


「佐伯さん、大丈夫なの?」

 創太の心配そうな声に、私は胸が締め付けられる。


「はい……」

 その返事とは裏腹に、私の心は暗い不安に支配されていた。


「あ、あの今日のプールはとっても重要で、何があっても絶対に私を……」

 私は必死に創太に伝えようとした。私が溺れても助けに来てはいけない、と。しかし、その時ヨシオが割って入ってきた。


「おはよう佐伯さん、せっかく来たんだから一緒に楽しもうぜ」

 陽気なヨシオの姿に、私は口をつぐんだ。彼の存在が、私の警告を封じてしまう。


「そうだね、せっかくのプールだし楽しもう」

 創太が曖昧に答える。


 ヨシオは創太の首に腕を絡ませ、何かを耳打ちしている。その内容は聞こえないが、ヨシオが意味ありげに私を見るのがわかった。


 二人だけになった時、創太が私に声をかけてくる。

「佐伯さん、さっき何か言いかけた?」


「い、いいえ、なんでも、ない、です」

 私はうつむいて答えた。ヨシオの存在がある限り、真実を伝えることはできない。


「何があるかわからないからさ、今日はできるだけぼくの近くにいて」


「は、はい」

 創太の優しさが身に染みる。しかし、それが私の不安をさらに大きくした。彼が私を守ろうとすればするほど、危険は増していく。


 私たちはそれぞれ更衣室に向かった。

 

 *  *  *

 

 女子更衣室で、詩織から渡された水着を取り出す。中に入っていたのはスクール水着だった。


「それを着なさい」

 詩織が冷たく命令する。


「え、でも……」


「ヒロインたちが華やかなビキニを着ている中で、あなただけがこの地味な水着。どう思われるかしらね」

 詩織の計算が見えた。私を惨めに見せることで、創太の同情を引こうとしているのだ。そして、その同情が他のヒロインたちの不満度を上げることになる。もちろんそれ以外にも、私に辱めを受けさせるという狙いもあるのだろう。


 とは言え、他の水着はないのだ。断るという選択肢は存在しない。更衣室の個室で一人、私はスクール水着に着替えた。

 

 鏡に映る自分の姿に、私は息を呑んだ。

 紺色のスクール水着は、私の体のラインをはっきりと浮き彫りにしていた。五十嵐隼人だった頃には想像もできなかった、女性らしい曲線。胸の膨らみ、くびれたウエスト、丸みを帯びた腰のライン。


 男の意識があるみのりにとって、それを身に着けるのは非常に恥ずかしかった。自分の体が完全に女性であることを、改めて認識させられる。


 でも、同時に小さな期待もあった。創太に見られることの恥ずかしさと、本来なら抱いちゃいけない「私の体を見て欲しい」という気持ち。

 そんな自分の感情に戸惑いながら、私はプールサイドに向かった。


 タオルで体を隠しながら現れると、既に三人のヒロインたちが水着姿で待っていた。

 小鞠は青いスポーツタイプのビキニ。健康的に日焼けした肌と引き締まった体型が美しい。

 詩織は深いネイビーのワンピース型水着。上品さと大人の魅力を兼ね備えた完璧なスタイル。

 舞美はピンクのフリルがたっぷりついた可愛らしいビキニ。アイドルらしい華やかさと完璧なプロポーション。


 そして、創太の視線が私に向けられた時、私は全身が熱くなった。


 彼の目が少し見開かれ、息を呑むような表情を見せる。メガネを外した私の顔を見て、驚いているようだった。

 しかし、その視線が私の体のラインを辿るのを感じて、私は恥ずかしさで真っ赤になった。


 「あの……やっぱり私、帰ります……」

 私は小さく呟いた。この格好で創太の前にいるのは、心臓に悪すぎる。


 「せっかく来たんだから、楽しんでいけばいいじゃない」

 詩織が表面上は優しく言うが、その目は冷たかった。


 「そうよ、せっかくの夏休みなんだから」

 舞美も同調するが、明らかに歓迎していない様子だった。


 「そうそう、そんな恥ずかしい格好でも気にする必要ないって、時間がもったいないよ、そんな子ほっといて早くいこう!」


 小鞠が創太の腕をつかんで流れるプールに引っ張っていく。小鞠たちに続いてほかのヒロインたちもプールに向かって歩いて行った。

 私は一人、プールサイドに取り残される。

 

 できればこのまま逃げ帰ってしまいたい。


 流れるプールで浮かんでいる創太とヒロインたちを眺める。

 周囲を一周する流れるプールはそれなりの長さがある。彼女たちの視界から消えている今ならここから逃げることができるかもしれない。

 ひとまずイベントに参加はしたのだ。

 

 問題が発生する前にこの場を離れる方が得策だ。後で何か言われるだろうが、このイベントをパスするほうが今は重要だ。

 そう決めて振り返り。更衣室へ戻ろうとした背中に声がかけられる。


 「かーのじょ、どこ行くの?」

 振り返るとそこにはヨシオが立っていた。


 「佐伯さん、まさか黙って帰ったりしないよねぇ、俺のシナリオをめちゃくちゃにしておいてそれは無責任じゃないか」

 表情はいつもどおりヘラヘラしているが、ヨシオの目は笑っていなかった。

 



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あとがき


みのりサイドからこの世界の真実に迫っていきます。

『絶コメ』今後の展開にご期待ください。


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 小説完結済み、約15万字、50章。

 

 毎日午前7時頃、1日1回更新!

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 過去の作品はこちら!


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