第27話 絶対に守ると誓う、ヒロインじゃない彼女

「ご、ゴメンゴメン、佐伯さんはもう帰るみたいだから、ぼくらだけでもう少し遊んでいこうか」

 みのりがどうなったのか不安は残るが、今はヒロインたちの意識をぼくに向けるほうが優先だ。

 表情を硬くしていた小鞠が最初に話に乗ってきた。


「そだね!まだ遊び足りないよ」


「霧島さんもどうかな?」

 ぼくがたずねると、詩織は低い声で答える。


「詩織……」


「え?」


「私のことも『詩織』って呼んでください。小鞠ちゃんも、舞美ちゃんもあの女でさえ名前で呼んでいるのに、私だけなんか他人行儀じゃないですか!」


 ああ、確かにおぼれたみのりを助け上げたとき、つい名前で叫んでしまっていたな。


「私も創太君って呼びますから」


「わ、わかったよ、詩織、さん」

 詩織の表情が緩む。


「はい、創太君」


「あー!なんかみんなでいい感じになってるじゃない!私もいるの忘れないでよね!」


「わかっているよ、舞美。じゃあ、何をしようか?」


「はいはいは~い!やっぱりスライダーがいい!」

 ぼくの脳裏にさっきの恐怖が蘇る。


「さ、最強コースはやめような、そ、そうだ二人ペアで滑れるコースがあるじゃなかったか?」

 ぼくはさっきのヨシオとの会話を思い出す。


「いいわね、ケンカしないようにみんな交代で滑りましょう」


「じゃあ早速、一番はわったし~」

 相変わらずのバカ力でぼくは小鞠に引きずられていく。そんなぼくたちの姿をヨシオが楽しそうに見つめていた。



 それからぼくらはヘビーローテーションでペアスライダーを繰り返し滑った。


 日が傾き、プールが終了するまで、ひたすら遊び続けた。みのりのことが気にはなっていたが、彼女たちの意識を少しでもみのりから遠ざけることが彼女の安全にもつながる。

 そう思って、ひたすらに『神代創太』を演じ続けた。


 * * *

 

 プールでの事件から数日がたった。


 あの事件の後、みのりに連絡を取ろうとしたが、電話もチャットもつながらなかった。

 今は夏休みで授業もない。学校で彼女に会うことはできない。


 何とか彼女に会おうと、毎日みのりの家を訪ねているが、部屋に帰っている様子はなかった。

 連絡をくれることがあるかもしれないと、ポストに入れておいた手紙も開かれた形跡がない。

 彼女はどこに行ってしまったのだろうか?


 もしかしたらもうすでに……不吉な想像がぼくの頭をよぎり、慌てて否定した。

 

 今は彼女が無事であることを信じてヒロインズの意識をぼくに向けておくことが重要だ。


 今日もローテーションでヒロインとのデートが待っている。今日は詩織と美術館巡りの予定だ。

 


 出発の準備をしていたぼくの家に珍しくヨシオがたずねてきた。


 「よう、邪魔するぜ。創太。今日も大変だな」

 ヨシオがいつものように軽口をたたきながら現れた。ぼくは身支度を整えながら振り返る。

 一時、こいつはぼくの見方なんじゃないかと思ったこともあったが、この前の事件ではっきりした。こいつは完全にゲーム側の存在だ。


 ぼくを助けるのも、あくまでストーリー進行のためであって、ぼくに対する思いやりというものは存在していない。

 とはいえ、現状把握のためにもヨシオの情報は貴重だ。一つ言えるのは、こいつはゲームを面白くするための誘導はしても嘘はつかないということだ。


「なんのようだ?ぼくはこの後、詩織とデートの予定があるんだ。要件なら早くしてくれ」

 今日は美術館ということで、ややフォーマルなジャケットに袖を通す。


「ああ、お前にとってはいい話だと保証するぜ」

 ヨシオがもったいぶって言葉をためる。「どうやらまだ佐伯みのりは生きているみたいだ」


「ホントか!どこにいるんだ?!」

 ズボンをはきかけのままパンツ姿でヨシオに迫る。しかしヨシオは唇に人差し指を当てて、静かにとジェスチャーを返す。


「落ち着け、この部屋は盗聴されている可能性が高いことくらいおまえもわかっているだろ」


「あ、ああ」

 ぼくはいったん落ちついて声のトーンを落とす。


「そ、それで、彼女はどこにいるんだ?」


「いや、場所はまだわからない。ただ、俺の情報によれば、詩織だけはもうすでにみのりの潜伏場所を見つけたみたいだ」

 詩織のストーキングレベルは天才的だ。何かしらの情報網でみのりを見つけていてもおかしくはない。幸いなのは詩織がまだ彼女に手を出していないということだ。


「みのりは、無事なのか?」


「まあ、今のところは無事かな」


「今のところはってなんだよ!」

 食って掛かろうとするぼくを、まあまあとなだめるようにヨシオが答える。

 

「ヒロインたちの攻撃がエスカレートしてるからな。メールやSNSでの嫌がらせはもちろん、みのりの家も見張られているから帰るに帰れないんだろう。大丈夫、まだどこかで生きてはいるぜ」


「見張られている?」


「舞美が『偶然の散歩』と称して毎日みのりの家の前を通ってる。小鞠は『ジョギング』という理由で周辺をうろついてる。詩織が来ている様子はないが彼女のことだ、盗聴器かなにかはすでに仕込んでいるだろう」

 ぼくは背筋が寒くなった。3人がそこまでして監視しているとは。


「ちなみに、お前が毎日みのりの家を訪問していることも当然バレてるぞ。ただ今のところ、ヒロインたちはそれを黙認している」

 気を使って出かけているし、デートの最中も何も言われないから大丈夫だと思っていたが、やはりばれているのか、しかしそれならなぜ?


「黙認?なぜだ?」

 素直な疑問をぶつける。


「みのりの存在のおかげで、今までになくお前がヒロインたちに積極的になっているからな。特に詩織は、みのりの居場所を知っているというアドバンテージを何かに使おうと企んでいるようだな」

 ぼくの驚きを面白そうに見ながらヨシオが続ける。


「でも逆に言えば、お前のデート作戦が効いているってことでもある。3人とも、みのりへの攻撃と同じくらい、お前への関心も高まってる。特に詩織は今日のデートをすごく楽しみにしているぞ」


「そうか……」

 複雑な気持ちだった。ヒロインたちの気を引くことには成功しているが、その分ぼく自身はヒロインのだれかとのハッピーエンドに向けて突き進んでいるってことだ。


 おそらく、みのりから目をそらすためにぼくがデートをしていることに、詩織は気づいているだろう。だからこそ逆にみのりの居場所を突き止めても完全な排除までは動いていない。みのりの存在がよりぼくとヒロインたちを強くつなぎとめている。


「ただし、問題もある」

 ヨシオの声が急に真剣になる。


「詩織はみのりの存在を利用してお前をつなぎとめているが、ほかの二人は今もみのりのことを完全に邪魔者として認識している。もし詩織以外の二人にみのりの所在がばれたら、何が起こるかはわからない」

 一時安心したぼくの心が再び不安に飲み込まれる。


「おそらく詩織が直接手をくだすことはないだろう。だけど、ほかの二人に情報を流す可能性は否定できない」

 確かに、短絡的な思考でみのりを排除しようと動くのは詩織よりも他の二人のほうが考えられそうだ。


「詩織以外の二人も、お前がみのりを隠すために彼女たちとデートしていることに薄々気づき始めてる。特に舞美は疑い深いからな。『このまま本気で私たちを愛してくれるのか』疑問が膨らんでいるのは間違いない」


「まずいな……」

 このまま彼女たちの意識を引き付けていれば何とかなると思っていたが、それは甘かったようだ。


「隠れるって言ってもこの限られた町の中だ。みのりの居場所を本気で探し始めたら逃げ切るのは難しいだろうな」

 そうだここはゲームの世界。マップは限られている。現実世界とは違い逃げられる場所はそれほど多くはない。

 

 ぼくは時計を見る。詩織との待ち合わせまであと30分だ。


「ヨシオ、みのりと連絡を取る方法はないのか?」


「う〜ん、直接は難しいな。彼女の存在はおれの管理範疇の外だからな」

 ヨシオが少し考え込む。


「でも、今日の詩織とのデートで、うまく誘導すれば何か情報が得られるかもしれないぜ」


「どういうことだ?」


「詩織は彼女の居場所の情報をつかんでいるからな。デートの中の何気ない会話の中で、みのりの居場所についてのヒントを得られるかもしれないってことさ」

 なるほど、確かにそれは一理ある。しかし、詩織にみのりのことを聞くのはリスクも大きい。


「気をつけろよ。詩織は頭がいい。変な質問をすれば、お前の本当の目的に気づかれる」

 ぼくは頷く。今日のデートは二重の意味で重要だった。詩織の気を引き続けること、そしてみのりの手がかりを得ること。


「わかってるよ」

 ぼくははきかけのズボンを引き上げ、身だしなみを整える。この世界に来て3か月。いい加減この姿にも慣れてきた。いつか本当の姿に戻れるときは来るのだろうか?


 そういえばみのりの姿もあれはゲームのキャラクターとしての姿だ。彼女もゲーム内の姿と現実の姿の間のギャップに悩み苦しんでいた。


 ぼくもこのままゲームのキャラクターに染まっていってしまうのだろうか?


 心に不安を覚えながらも詩織とのデートのための準備を整える。その姿をヨシオは面白そうににやにやと見つめていた。

 準備を終えたぼくはヨシオと一緒に家を出た。

 

「創太」

 デートに向かうぼくをヨシオが呼び止める。


「うまくやれよ、お前が無事にハッピーエンドに向かうのを楽しみにしているぜ」

 今日の行動もヨシオに誘導されていると感じる部分は大いにあった。しかし、このままではいずれみのりはこの世界から消されてしまうだろう。この世界で命を落とすということがどのような意味を持つのか。ぼくはまだ知らない。


 美術館へ向かう電車の中で、ぼくは今日の作戦を練る。詩織の好感度を上げつつ、みのりについての情報を探る。簡単ではないが、やるしかない。


 みのり、どこにいても無事でいてくれ。きっと君を守ってみせるから。

 


 


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あとがき


 プールのスライダーでイベント発生!今後の展開にご期待ください。


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 小説完結済み、約15万字、50章。

 

 毎日午前7時頃、1日1回更新!

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* * *


 過去の作品はこちら!


女子高生〈陰陽師広報〉安倍日月の神鬼狂乱~蝦夷の英雄アテルイと安倍晴明の子孫が挑むのは荒覇吐神?!猫島・多賀城・鹽竈神社、宮城各地で大暴れ、千三百年の時を超えた妖と神の物語

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