第1話 七日後の決戦

朝露の中、馬の蹄の音が帝都中に響いた。

物資を運ぶ荷馬車と、急報を届ける伝令馬。

その二つが混じった蹄のリズムが、人々をいつも通り暗闇から蘇らせる。

だが、今日は少し違っていた。蹄だけでは無い。伝令達の荒い息遣いまでもが聞こえて来た。

人々はいつもより慌ただしく動き、再び帝国の動脈として機能する。

帝国の鼓動は、ついに速くなり始めた。


「…決戦地としてはここ、エルドラが最適でしょう。開けた平野で、大規模な軍隊が展開しやすい。そのうえ斥候兵からの情報によると、エルドラ中心部から北東に約3里程度の所に奴等の本陣があり、殆ど無防備と言って差し支えないと」

「戦争がここまで長期化したのは端的に言って、今まで決定的な打撃が与えられなかったことです。

ここで奴等を陽動し、本隊を誘き出させれば、兵力の絶対数が多いこちらに利があるでしょう。

丘陵でも無く、沼地でも無い以上、よっぽどの事がない限り負けません。皇帝陛下。どうか近衛兵を含む全軍招集の勅令を。」

「…分かった。不死の軍団含む全軍を渡してやる。但し貴様らを信任してのことだ。失態を犯せば勿論、首を刎ねる。分かったな?」

「「勿論でございます。陛下。」」


「…ということで今度の決戦地はエルドラに決まった。コルタナ、君の部隊は最前中央。一番激戦になるだろう。その他の隊長達には出来るだけ中央を支援するよう伝えてある。…こう言っちゃ無責任かもだが、頼んだぞ。」

「存じ上げております。団長。しかし、一つ聞きたい事がございます。兵員はどこから捻出されるのでしょう?鉄士団のみでは鉄士団持分の兵員すら補えないのでは?」

「あぁ、それか。そうだな。伝え忘れていた。

今回君含む隊長達は平民等から徴募して良いことになってる。だから街へ行くなり村へ行くなりして雇ってこい。資金はこっちで工面する。

今日から七日後までは準備期間だ。自由にやってくれ。それじゃあ、…解散?」

「そうですね。では、失礼します。」

…とは言ったものの…平民がはたして戦えるのか…?

だがまぁ、無いよりマシというやつだろう。

「北部のカータルまで出せるか?」

「えぇ。着くのは夜でしょうがね」

北部は貧乏な人々が多い。南に比べれば圧倒的に。だから皆今か今かと金が入る仕事を待ち望んでる。数埋めくらいはすぐ終わるだろう。

さて…着くのは夜か。支部に入ってからも仕事があるからな…少し…寝るか。


「聞きましたぁ?アンドレ様。皇帝殿下の話、「今度こそ帝国は決着をつける!」ですってぇ。それを何度言ってるんでしょうねぇ?」

「ははっ!そうだなぁ。終われば良いけどなぁ。そしたら平和に寝て過ごせるのに。」

「ちょっとぉ!平和になったら私と一緒になるんじゃ無いんですかぁ?」

「そんな事は言った覚えが無いぞ?昨日飲み過ぎたんじゃないか?」

「ってちょっとぉ…… 」


「じゃあ、もうさよならだな。また会う時があれば。」

「さよなら〜アンドレ様〜」


馬車が遠くへ、遠くへと去っていく。

クリムト家の四男として生まれ、病弱という理由で辺境へ封じられたアンドレ。しかし、彼の美貌は辺境へ送られる前から帝国中で広まっており、どこからか今住んでいる場所を嗅ぎつけては女性が来るのだ。

毎回毎回、アンドレはそういう女性と一夜だけの関係を持って、世間の情報を仕入れてい

た。


「…ああは言ったものの…今回ばかしはどうにも本気のような気がしてならない…」

前皇帝が始めた戦争は現皇帝の代まで続き、それが生活を圧迫してる。皇帝としてもこれ以上の民からの反感は買いたくない筈だ。

西といっても、どこだろうか。

…単なる予想に過ぎないが、ここ北部辺境ですら徴募の噂が出てるという事は、相当な大規模決戦…それが可能な場所…

幾多もの地図を開いてはさらりさらりと指をなぞらせ、そこを探す。

そして、指をある所で止めた。

「…エルドラ…か。」

帝国内で決戦を行う可能性は無くはない。実際前皇帝はそれをやったそうだ。

だが現皇帝の代からはそれがない。それを加味して

補給の面、距離の面、地形の面。

この三つから地図を見るとここしかあり得ない。

勝利するかは分からない。まだ情報が少ないのだから。

「だがまぁ…私でもここを選ぶだろうな。」

コンコンコンッ

「入っていいぞ。」

「失礼します。アンドレ様。」

「あぁ…カーラか。」

「アンドレ様。せめてベッドの上の布団をひっくり返すくらいはしてください。私だって馬車馬じゃないんですから。」

「すまんな。酔いってのはそんなもんだ。」

「んーもう!いい加減私の言う事も聞いてくださいよ!」

ポコポコ

「いたいいたい!分かった分かったから!」

「もう…私だけ見てくれれば許すのに…ボソッ」

「まだ何かあるのか?」

「何も…取り敢えず頼まれていた本たちです。」

「おお、ありがとう。」

「また後で来ますからね」


「……コルタナ様!」

「んえ?どうした?」

「着きましたよ。カータルに。」

「ああ、すまないな。ほら、これが運賃だ。」

「ありがとうございました〜」

さて、もう着いたか。ここの支部も大分城らしくなったな。相変わらず門は開放的だが。

「失礼します、帝都から参ったコルタナ・カルヴァンスクです。」

「んん?あぁ、君があの隊長さんかね?」

「仰るとおりです。3日間程滞在させて頂きたいと存じます。」

「やっぱ帝都の人は言葉遣いが綺麗だねぇ。ささ、もう夜だ。宿舎は城内にあるよ。向こうに比べれば見劣りするだろうけど、寝心地は負けてはいないと思うよ。」

「ありがとうございます。ありがたく使わせていただきます。」


おぉ…中々良いじゃないか。蝋燭も綺麗な物だ。村々の明かりも見える。明日の目印として覚えておこう。

さて、雇うと言っても何人必要かが分かっていなければ雇えない

「一、十、百…」

約300人程雇えば良いのか。となると一人じゃ雇いきれないな。明日、支部の人間にも協力を頼んでおこう。

しっかし…無茶を言うねぇ…俺は騎士であって、傭兵団長じゃないのに。

もう、月も大分上がって来た。明日はここら一帯を駆け回らなければ。

蝋燭は勝手に消えてくれるようになってるみたいだな。

分厚い布団を被り、瞼をゆっくりと閉じた。

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