月下の恋文は妖狐の罠~御曹司はマドンナの奴隷に!?~

甘塩ます☆

第1話

 下駄箱から内履きを取り出した時、靴と一緒に一通の手紙が滑り落ちた。


 『宵闇蓮様』 


 綺麗な文字で書かれた可愛らしい色の便箋。差出人は不明だ。

 拾い上げて読むと、そこには簡潔なメッセージがあった。 


 『放課後、美術室で待っています』


 その手紙に、蓮の心臓が不規則に跳ねる。


 もしかして、俺の正体がバレたのか?


 そんな最悪の可能性が脳裏をよぎった。



「蓮、おはよう。なんだ? 恋文か?」


 気配もなく隣に立ったのは、小守 心遥(こもり こはる)だ。

 長い髪に涼しげな目元、眼鏡の奥に知性を宿した色白の美女。女性でありながら、特殊な家の生まれゆえか、どこか男らしい気質を持つ。

 蓮にとって、彼女はまさしく天敵だった。


「小守、おはよう。恋文なら良いんだけどな」


 そうであってくれと、心から願う蓮である。


「果し状だとでも?」 


 ハハッと苦笑する心遥に、蓮も苦笑した。彼女は冗談のつもりだろうが、それが無きにしも非ずなところが困りものだ。

 心遥とは腐れ縁なのか、なぜかいつも一緒に行動していた。気が合うのかもしれない。


「今日は1限から体育だぞ。その後国語だ。寝かしに来てると思わないか?」


「そりゃあ寝るわ」


 「ヤレヤレ」といった様子の心遥に、蓮は思わず「ハハッ」と笑みが漏れた。


「学校の楽しみなんて昼ぐらいだろう」


「給食といえば今日の日替わりランチはカレーだな」


「そうなの? なんか急にやる気出る」


「それは良かったな」


 適当な会話を交わしつつ、蓮は手紙を鞄にしまい、心遥と教室へと向かった。






 宵闇蓮は吸血鬼である。

 そして、ここ新星学園は、彼にとって『人間世界』で自由に生きるための最終試験の場だった。


 世界には、二つの顔がある。

 一つは、普通の人間が営む、秩序と平和に満ちた日常。

 そしてもう一つは、かつて人間を恐怖に陥れた異形の者たちの世界だ。


 今からおよそ千年前、一人の結界師によって閉じ込められた、無秩序と荒廃の『人外世界』。そこは地獄のような光景が広がり、人外たちは生き延びるために互いを食らい、飢えに苦しんでいる。

 だが、彼らの瞳の奥には、常に一つの夢が宿っていた。それは人間世界への進出だ。


 特に、人間から精気や血を吸うことでしか生きられない吸血鬼のような種族にとって、それは切実な願いであり、唯一の希望だった。

 しかし人外世界から人間世界へと渡る道は、決して平坦ではない。

 古くから人外の存在を知り、人間世界を守護してきた結界師の一族による、厳しく、そして残酷な審査を通過しなければならないのだ。

 その審査は、人間世界で代々ひっそりと暮らしてきた人外の子供たちにも課せられる。

 合格できなければ、彼らは自由を奪われ、家から出られず、あるいは人外世界へと送り返されるのだ。

 しかし、その過酷な試練を乗り越え、人間世界への移住を叶えた人外は、その生まれ持った高い能力を活かし、人間社会のエリートとして花開くことが多い。

 彼らは富と名声を手に入れ、まさに「人生の勝ち組」となる。

 その成功が、荒廃した故郷に生きる者たちの憧れを、一層強く掻き立てていた。


 蓮もまた、その人外世界から来た親を持つ人外である。

 彼は人間世界に生まれ、厳格な父親のもと、幼い頃から人間に紛れて生きる術を叩き込まれてきた。

 時折、「確認作業」と称して結界師が蓮の様子を見に訪ねてくる事が有った。

 その作業には不思議な少女が着いて来た。束の間の遊び相手となった記憶がある。

 その少女こそ、心遥だった。

 


 蓮が通うこの学園は、人間も通うごく普通の学園『新星学園』。ここでは、結界師の血を引く心遥や、ごく稀に存在する霊能力者を除き、人外の存在を知る者は誰もいない。

 彼らはこの学園で、完璧な人間を演じきらなければならない。

 もし、普通の人間にうっかり人外だとバレてしまえば、即座に失格となり人外世界に送られてしまう。

 由緒正しい蓮の一族は一発合格しか認めない厳しい一族だ。

 蓮ももちろん、一発合格を目指している。

 しかし、まさかこの場で心遥に再会してしまうとは、蓮は思ってもみなかった。

 心遥は結界師の家系なので、蓮がバレてもセーフではある。

 だが、彼女は結界師の力も弱く、普通の娘として深く結界師の事を理解しないまま育った様子だ。

 にもかかわらず、何かを感じ取ることがあるらしく、「あいつ、なんか変じゃないか?」などと、予期せぬ言動をする。

 普通の人間にまで怪しまれてはたまったものではない。

 しかし、幼い頃に遊んだ記憶があるためか、絆されてしまっているのか、強く拒むこともできなかった。

 そんなことをしているうちに、なぜか仲良くなってしまい、今更離れるに離れられないくなってしまっていた。

 クラスも一緒であるし、周りからの目も、「蓮と心遥はニコイチだよね」といった感じである。

 それが嫌でもないのだから、蓮は自分の感情がよく解らなかった。

 少なくとも今のところ、心遥に人外だと思われている様子がないのが唯一の救いだ。

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