オルゼとクロワットの為の再びミックスフライ2
「妻は……いや、クロワットはもう長くないんだ」
「え?」
オルゼの言葉に霧島は目を見開いた。まさか、そんな話だと霧島は思ってもいなかったからだ。
「最近、クロワットが具合が悪い日が多くてね。医者にいかせると、長くないという判断が出た」
この世界の医療技術が高いとは思えない。でもこんな話がある。それは名医と呼ばれる人たちは触診し、患者を診ただけで患者の状況を当てる時があるという事があるらしい事を霧島は昔聴いた事がある。
「ぐすり、ごめんなさいね……でも最後の旅行と思ってこの王都へ来て、そしてあなたの料理が昔の主人の姿を思い浮かばせたの。昔を思い出せば出すほどに、悲しくなってしまって。本当は死ぬまで泣かないと決めていたのだけれど。人間そんなにうまくはいかないものね」
「す、すみません。私の料理が……」
霧島は泣きたくなった。そんな辛い思いで王都で旅行をし、そして自分の作った料理が悲しさを増させた原因になったのだと思うと。
でも、クロワットはそこで泣くのを止めて、僅かに笑みを浮かべて霧島に言った。
「頭を上げてくださいな、私は逆にありがたいと思っています。昔の若かった頃の主人を聡明に思い出せたし、若い頃の懐かしい思い出も楽しむ事ができたわ」
「でも、でも、そんな大事な料理だったら、もっと他に作りようがあったのじゃないかと……」
霧島は目に涙を浮かべながら深い後悔をするように、クロワットとオルゼにそう言ったが、オルゼは髭に手を当てると、霧島にこう言った。
「知らないからこそ、妻を感動させられる料理を作れたのではないかなと、私は思う」
「え?」
「気負って作った物では、妻を感動させられなかったのではないと思うよ、私の意見としてはね」
「そうね、確かに自由な料理だったから、昔の主人を思い出すこと、いえ、昔の私たちを思い出すことができたんじゃないかと思うの。魚介類にしても、牛乳してもね。ただ……」
そこでクロワットは一度区切り、霧島の顔を見ながら言った。
「悔しいのは、こんな体調だからあなたの料理を完全に満喫できたのかが、心残りかな」
「……」
きっと、クロワットさんは今後二度と王都へ訪れる事はないだろう。なんとなくの感だが霧島には分かった。だからこそ霧島も悔しい。
「そんな顔をするな店主」
我が事のように後悔をしている霧島へオルゼが声を掛け、そして一息吐いた後に霧島へ言った。
「君は優しい人なんだな」
「……とんでもございません」
「優しい人よ、あなたは。だってあなた泣いてるじゃない」
ぽろぽろと涙を零す霧島。自分でも泣いているのが気がつかなかったぐらいだ。こんな温かな夫婦が別れの時がくるなんて目を逸らしたくなる事だ。
「ただ、妻を泣かせた料理を作ってくれた君には感謝をしている。気丈に振る舞っているが、内心は私と同じ思いだったのだろう」
「あなた……」
騎士と姫だった二人。でも霧島の料理で二人は、そんな垣根を越えて昔を思い出す夫婦へと変化した。その事がオルゼにとっては嬉しい事だった。
だからオルゼは霧島の肩へ手をやると、こう言った。
「もう少し君の料理を堪能したいと思う。そうだろうクロワット」
「ええ、そうね」
オルゼの促しに、クロワットは同意をするようにして、霧島にこう言った。
「本当に素晴らしい旅行だったわ。主人と旅を出たのもそうだけど、あなたのような料理人と料理に知り合えて」
「あ、ありがとうございます。ぐす……」
「さあ、涙をふきたまえ。君が泣いて戻ったら何事かと思われるからな」
「ふぁい……」
霧島は目を赤くしながらオルゼとクロワットに促されるようにしてレストラン内へと戻った。霧島の目が充血しているのを見てルクソワールが驚いて声を掛けてきた。
「ど、どうしたんですか霧島さん」
「訳は後で話すから、今はなにも聴かないでほしい」
決して突き放した物言いではない。でも、なんとなくだがルクソワールは思う。きっと店内で、そしてお客様の前ではいえない話なのだと。だからこそルクソワールは霧島に従うように、はいと述べるのだった。
そしてルクソワールは席へ戻っていくオルゼとクロワットを目で追うと、一度目を閉じて吐息を漏らしたが、でも戻ってきたオルゼとクロワットは先ほどの重い空気を漂わせている感じではなく、純粋に料理を楽しむお客さんへと変化をしているのがはっきりと判るぐらいだった。
外でなにがあったのか判らない。でもなにかのターニングポイントになったのだろうとルクソワールは思うのだった。
ちなみに、クロワットは食事を終え店外へ出るときに、霧島とルクソワールへこう言うのだった。
「どんかんな騎士とお姫さまに祝福を」
――――
あの日から数ヶ月経ったある日、オルゼが一人で店にやってきた。この店で働いている者はあの時なにがあったのか、全て知っている。
だからオルゼの隣にクロワットがいないという事に対して、泣きたくなる気持ちだった。
オルゼが来ると、霧島は厨房から出て深く頭を下げた。オルゼは外へでれるかな? と聴くと霧島はこくりと首を縦に振った。
門扉を潜り、二人は青空が垣間見える空の下で話をし始めた。
「妻が、先日息を引き取った」
オルゼの言葉に霧島は悔しさを隠せず、拳を強く握りしめる。
「ご愁傷様です……」
「ご丁寧に痛み入る」
「はい……」
オルゼはそこで空を見るのを止めて、霧島の顔を見ながらこう言った。
「妻は、穏やかな感じであったよ。特に最後の旅行、つまりここ王都の話と君の料理の話を良くしていた」
「私の料理でなにか助けになったのであれば、幸いな事です」
「うむ。君がいなければ、いや君の料理を食べなければ、妻は私をさながら騎士として扱い、自分の気持ちを吐露させなかったと思う。だからこそ、君は本当にお礼を言いたい」
そこでオルゼは深く霧島に頭を下げた。霧島はそんなオルゼの肩に手をやると、目からぽろぽろと涙が落ちることを止められない。
「こ、こちらこそありがたい限りです……」
霧島の震えた声を聴いて、オルゼは顔を上げると、一度大きく息を吐き霧島へ問い掛けた。
「君は……」
「はい……」
「絵は好きかね」
「……はい、好きです……」
どうも後から聴いた話では、オルゼは絵画の世界では有名人らしい。そしてどんな王侯貴族様にも譲らない絵があるらしかった。それが妻という者という絵。
どんな絵なのか霧島は見て見たかった。何故ならこんな素敵な夫婦の全てが描かれているような気がしたからだ。
オルゼは再度大きく息を吐くと、霧島はこう言った。
「キリシマ君。君の店に妻という者という絵を飾ってほしいのだが、いいかな?」
「え?」
どんな王侯貴族にさえ譲られなかった絵。そんな絵が自分の店で飾ってくれないかという提案に正直霧島は驚くしかなかった。
「君の店は、家族連れもよく来る。そして夫婦もよく来るだろう? いやそれどころ、今後家庭を持つものさえも」
「はい」
「そんな、皆に見て欲しいのだよ。どうかね貰ってくれんかね」
「あ、ありがたく頂戴いたします」
「これが妻からの遺言だったわけだ。それと、これは君宛の手紙だ」
オルゼは胸元から手紙を取り出すと、霧島へ渡した。
「今は読まんでくれ。私が泣いてしまいそうだから」
「はい。後から拝見させて頂きます。そして生涯大事に持って、今後の料理への励みとさせて頂きたいと思います」
「ありがとう。やはり、君は妻が認めた優しい男だな」
オルゼの言葉に霧島は手紙を大事に持ち、そして一度目を瞑り、感謝をする。それはこんな豊かな気持ちにさせてもらった感謝の気持ちだ。
確かに悲しい話だった。でも、それ以上に心温まる夫婦を見させてもらい、今後の料理の励みとなる言葉をもらったからだ。
霧島はそう思うと、青空を眺めてこう言った。
「今度お墓参りに行っても宜しいでしょうか?」
「ああ、そうしてくれた方が妻も喜ぶ」
オルゼの言葉に霧島は深く、感謝の気持ちを込めて頭を深く下げるのだった。
それから数日後、霧島の店に妻という者が運ばれてきたのはいうまでもない。
――――
手紙を抜粋するとこんな感じだ。
私に素の自分を出させ、そして昔を思い出させ、感激を与えたお店。更に心残りを払拭させてくれたお店とシェフと従業員に深い幸を。
本当にありがとう。そして妻という者を見て、彼女を大事にしてあげてね。
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