たかり兄弟 それでも本気の冷やし中華
商業左辺地区を颯爽と歩く二人の男。一人はある程度階級が高い神父服を身に纏っており、もう一人はその従者という感じか。
階級が高い法衣を身に纏っている男は、オルエスといい、従者はエルゼンという。二人が通れば、通行人が道を空け、露骨に嫌な顔をされる。
耳には入りはしないけれど、それでも住人が彼らにとって有益な話をしているとは思えない。
エルゼンは小生意気と取られてもおかしくない顔に嫌な笑みを貼り付け、オルエスを見上げた。
「いやー、兄貴、きょうもたかれますかね」
「たかるなどと言ってはなりません。そうですね。神の御名を出せば、進んで寄付をするでしょう。おや、なかなか良い香りがしますね。ラ・ラファエル? 新しくできたレストランでしょうか?」
オルエスはそこでなにかを企んだような笑みを浮かべると、エルゼンに意地の悪い笑みを浮かべた。
「では、今日はこの店に寄付して頂きましょう」
「へい」
この兄弟の通称はたかり兄弟という。ルイーダには教皇庁がある。教皇庁が結構な権力を持っていて、必要な寄付以外、つまり運営外の寄付金という名目でたかる事がある。
運営外の寄付金にも限度という物があり、この兄弟はその限度という物を超えてしまっていた。
目に余る行動がつい最近では鼻に触り、そろそろ苦情を出そうとしている店もある。そんな事を知らずか、兄弟はラ・ラファエルの門扉を開ける。
――――
時は流れ、霧島は中華麺を仕込み終えた後であった。中華麺を作った発端は簡単な事だ。それはこんな一言から始まった。
「なに? 冷えたおいしい料理を食べたことがないって」
「は、はい。冷めた料理でいうとパンでしょうか?」
「そうよね。パンだけよね」
ルクソワールとアリスの料理概念について霧島は頭を抱えた。
(な、なんて可哀想なんだ。よし、こうなれば俺が)
と霧島は思うと、バンとカウンターを叩きガッツポーズを作る。
「よし! 俺が最高の冷めた料理を作ってみようじゃないか」
「おおっ、本当にですかキリシマさん」
「冷えた料理……おいしそう。どんなんだろう」
ルクソワールは目をきらきらと輝かせ、胸の前に手を置いた。皿洗いをしているモモがルクソワールの言葉に続き、冷えた料理をイメージしようとするが、想像できるわけもなかった。
「はい、はい。そこ雑談はやめ。どんどんこなしていくよ」
雑談混じりになって少し緩んだ店内の雰囲気を引き締めるように、フランカは掛け声を掛ける。
「ではね。後で最高の物を」
「はい、はい。じゃあ後で店のメニューにしようかキリシマ」
『おおっ、冷えた料理とはどんなものか』
フランカの提案を聴いて客がどよめきたった。冷えた料理。それに興味を抱かない者はいない。小さな話が大きくなり、中華麺を作る事になったのは午前の話。
そして今は人がお腹を空かしてやってくるお昼。中華麺を作り終えた霧島は息を吐くと、よし準備はできたと小声で言った。
その瞬間に奴らはやってきた。店内の客がオルエスとエルゼンへ振り返り、聞こえないように舌打ちをする。
客の様子が変わった事に気がついた霧島は、カウンターに座るアリスへと話を振った。
「ど、どうしたんでしょうか」
「ふうー、とうとう来たか。たかり兄弟が」
「た、たかり兄弟?」
「そう」
アリスはお昼にできる冷えた料理を楽しみにして来たのだが、オルエスの顔を眺めると物思いに耽った顔をする。
オルエスは胸の前に手を置き、店内をじろりと見ると、ルクソワールの元へ歩み寄っていく。この対応はルクソワールだけでは無理だと思い、アリスが席を立つと、ルクソワールの元へと歩んでいった。
「教皇庁の者ですが、今日の食事ですが」
「はい」
オルエスは少し目線を上に上げ、祈るようなポーズをし、ルクソワールへ囁くように言った。
「私に……」
「はい」
「はい、はい、寄付しなさいでしょう。分かったから」
「き、寄付……?」
アリスの言葉にルクソワールは目を丸くするが、そうなる事が分かっていたからこそ、アリスが話に介入してきたのだ。
「で、でも」
「いいから、どうぞお客さん」
アリスはルクソワールに向かって微笑んだ。あの気の強いアリスが寄付に対して笑みを浮かべて対応するのだから、教皇庁の者という響きがまずい単語なのだとルクソワールは思う。
(小さな村には全く来ないのに、こんなところでは寄付という名目の……)
ルクソワールは強い憤りを感じるが、でもアリスの顔もある。だからルクソワールはオルエスとエルゼンから顔を逸らし、静かに勘定へと戻った。
オルエスとエルゼンが席の一角へと歩み座るのを見て、アリスはカウンターの席へと戻った。
「と、まあそんな話なわけよ」
「なるほど……」
事の事情をいち早く分かった霧島は、アリスの溜息に頷く。アリスは頷いた霧島に向かって話を振った。
「昔は、あんなんじゃなかったんだけど」
「お知り合いですか?」
意外な事だと思った。花屋と神父。どこに繋がりがあるのだろうか。だから霧島は話しに耳を傾ける。
「生まれも育ちも王都の私だけど、両親が旅行が好きでよく隣町に連れて行ってくれたの」
「はい」
「なにもない小さな村だったわ。でもそんな自然にはぐくまれた村がどんどん私も好きになってね」
そこでアリスは言葉を句切ると続きを喋る。
「そこでさ、私が遊びにくると、必ず村のトマトを持ってくる少年が居たわけ。家には金はないけど、こうして新鮮なトマトがあると行っていたわ。もっとも、どこから取ってきたトマトか分からないけど」
「ふっ……」
トマトの出先が分からない事にアリスは笑うと、霧島もそれに釣られて笑みを零した。
「とてもおいしく、新鮮なトマトだったわ。今食べたらおいしいのかどうかは分からないけど。子供頃に食べた物は新鮮に感じるじゃない」
「ですね」
小さな頃に行った祭りで、はたしてこれは旨いのかまずいのかよく分からない味の屋台の焼きそばやたこ焼き、ジュース類を飲んでおいしいと思った事を霧島は思い出した。
あれこそ祭りの雰囲気が出せる格別な味と言ってもいいだろう。
「そんなトマトを持ってきてくれた少年があれなわけ」
「え?」
アリスはオルエスに後ろ指を指すと、呆れたかのような溜息を出した。
「あれは覚えてないでしょうけど、私はあの顔とオルエスという名前は忘れないわ。まあ私が村に再度行ったときには、教皇庁の見習いになるとかなんとかで居なくなってたけど。しかしどうやってあの地位になったのやら」
「ふむ……」
オルエスの現在について呆れているアリス。霧島はそこでアリスに訊いた。
「どこの地域のトマトか分かります?」
「あー、ルーゲン村のトマト。赤くて瑞々しくて有名らしい」
「なるほど」
霧島はアリスの話を聴くと、野菜屋の伝票を取りに戻った。そこには
「ルーゲン産レッドトマト」
と、書かれており、それを見た霧島はにっこりと笑う。そう今日の料理のトマトはこれを使おうと。
その頃オルエスは店のメニューを見てもどれがおいしいのか分からないので、フランカへ店主のお勧めでとオーダーを取っていた。
それを聴いた霧島は ボールと卵を取り出し、卵を素早く割ると中身をボールへ滑らせた。ボールの中へ菜箸を入れ、中に入った卵を素早くかき混ぜると、とろりとした黄金の卵液へと変わる。
霧島は竈に火を点けると、たっぷりと水を張った鍋を竈へかけた。更に隣の竈に火を点け、その上にフライパンを置いた。
熱せられているフライパンの中に霧島は少量の油を注ぎ込んだ。余熱で熱されたフライパンから油が跳ねる小気味のいい音が鳴り響き、その音を聞いた霧島は、素早く卵液をフライパンへ流し入れた。
流し込むと、ふつふつ、じゅわりという踊るような音を立て、フライパンから湯気が上がった。その湯気の美味たるや香りだけでも食せる程に甘く、香ばしい香りだ。フライパンの上で、ふんわかと波打つように焼かれる卵。気泡と湯気を浮かばせ卵は固まっていく。
ここがベストだと感じた瞬間、霧島は素早くフライパンの火を落とす。湯気を放つフライパンから素早く卵焼きをまな板へ滑らせた。
少し焦げ目が付いた卵焼きの上には、まだ余熱が感じさせる湯気と、水泡が沸き立っており、霧島はその卵焼き冷ますために放置した。
その間にキュウリを取り出すと、素早く冷水で洗い、包丁を入れて細かく千切りにしていく。キュウリは切られる事で、身から新鮮さを感じさせる水気をじゅわりと溢れさせた。
切り終えたキュウリを霧島はボールへ移すと、余熱がなくなり始めた卵焼きへと視線を移した。
霧島は粗熱が取れた卵焼きを手前に持ってくると、これもまた細かく千切りにしていく。
切った食材を全てボールへ移すと、赤く輝くトマトを取り出し、皮を剥くために包丁を入れる。包丁を入れようとすると、少し固さを持つ皮によって切られる事に抵抗を見せたトマト。しかし抵抗を見せたのも一瞬で、包丁を滑らすように入れると、すっと包丁が中へ入っていく。トマトに包丁が入る事によって、じゅわりと酸味のある水が流れ、清涼感を感じさせる。
霧島はトマトの皮を素早く切り、切り終えると、トマトをまな板の上へ乗せてスライスしていく。スライスされる事によって種と身がじゅわりと浮かび、これもまた新鮮さを感じさせる。しかし霧島は余韻に浸る暇もなく素早く行動していく。
「ふうー」
スライスしたトマトをボールへ移すと、霧島はこの料理の主人公であるあれを取り出す。
あれとは、チャーシューである。このお昼のために仕込んでおいたチャーシューを取り出すと、霧島は満足げな表情をする。
表面に僅かな焦げ目が入っているチャーシュー。その少し焦げた身からは肉汁と油が僅かに溢れ、神々しいまでになっている。
茶褐色の身に包丁を入れると、弾力で一瞬の抵抗を見せたが、その後は包丁を受け入れるように中へ包丁が滑っていく。
一度ブロック状にして切ると、霧島は良く火が通された事を確認し、その茶褐色の身を千切りにする為に細かく切り刻んでいく。
肉からわき出る油と肉汁。自分が食べたくなるぐらいだと霧島は思う。
「よしと」
霧島はチャーシューを切り終えるとボールの中へ移した。さてと、と息を吐き、霧島はこれまた下ごしらえがしてあった中華麺の生地を見る。伸ばした生地に霧島は素早く包丁を入れて麺にするために細かく切っていく。
やや黄色がかった生地が切られる事によって、弾力とコシのある麺へ変化していく。霧島は素早く切り、全て麺にすると、切り終えた麺を湯気を上げて沸き立つ鍋の中へと入れる。
蒸気を上げ、ぐつぐつと沸き立つ鍋の中へ麺を入れると、麺が小躍りするように踊り出す。
霧島は小躍りする麺に菜箸を入れると、解きほぐすようにして、麺の絡まりを防止する。
中華麺が煮られている香りがレストランに流れ、オルエスは喉を鳴らした。
「おおおっ……な、なんの香りだ……」
「う、うまそうだ……」
オルエスの感激するかのような声を聴いて、エルゼンはごくりと喉を鳴らしながら、香りを食し始めた。
アリスはそんなオルエスを見ながら大きな溜息を吐く。まだオルエスは無垢な子供のような表情もできるのかと。
目をきらきらと輝かせ、椅子から立ち上がり、オルエスはカウンタへと歩み寄ってくる。
「お、オルエス神父……」
体面上のあにきーという言葉は止めて、オルエスの行動に驚いたエルゼンは声を発していたが、既にオルエスの視界にはエルゼンの事などない。
カウンターからオルエスが顔を覗かせて、じっと霧島の行動を見る。
霧島はちらりとオルエスを見ると、鍋を持ち上げて中のお湯を捨て麺だけをざるへと上げる。
ここからがスピード勝負だと霧島は思うと、闇の魔法で凝結させていた氷水の中へ中華麺をざるごと入れて、流水と共に素早く解きほぐしていく。
湯気が上がっていた、麺が即座に急冷され、湯気を無くす。そして即座に急冷された事によって、更にコシと弾力が麺に付与されていくのが霧島には長年の勘で分かった。
「おおおおおおおおおおお、まさに新曲だ。素晴らしい」
「ど、どうも」
なぜか拍手をし始めたオルエスを霧島は見て、そんな言葉を返すしかない。さて麺は重要だ。
霧島は素早くざるから麺を上げよく水気を切ると、取りだした底の深い皿へと盛りつけた。白磁の皿と黄色の麺の組み合わせが極上のアートとなり、オルエスは感激の声を出す。
「まるでお花の絨毯のようじゃないか! ふふぉ、凄い……」
「……」
霧島はそのアクションに言葉を返さずに、素早く行動に移る。これは時間が全てを握る料理、談笑している暇などない。
だから霧島は、麺の上へ彩りを見せつつも、素早く、千切りされたチャーシュー、卵焼き、キュウリ、トマトでアートを描いていく。
「おおおおおおお、ビューティフル。こ、これはなんなんだ」
「直ぐに分かります。時間が勝負なので、細かい説明は後で」
「おおお、そうなんですか。じゃあ邪魔しちゃわるい、じゅるりですね」
涎が口から垂れそうになってオルエスは少し慌てるようにしてじゅるりと唾液を飲み込んだ。
霧島はオルエスを見た後に、保存庫の中でぎんぎんに冷やしてある限定数で終了の汁の入った鍋を取り出すと、冷やし中華の元へと持っていく、素早くその鍋から汁を掬い取ると中華と具の上へふんだんに掛けた。
鶏ガラでとった濃厚でコクのある芳醇な香りのするスープ。一度煮たせる事によって清酒の香りを一度飛ばし、深い味わいと香りを再度出すための工夫をしてある。
冷やし中華ならではのフレッシュな甘さを感じさせるためにスープに勿論スープには砂糖を用い、汁を引き締める為の塩も入れてある。
そして選定されたような醤油をベースにした深い色合い。その汁には隠し味の為に薫り高いごま油が加えてある。更にこのスープの主役はなんといっても酢であろう。
醤油のコクと深みのあるうま味、そして酢のなんとも言えない食欲をそそる味とすっぱさによる引き締めがマッチし、更にそこへ砂糖の甘み、酒の香りと味。そして塩の隠し味と、ごま油特有のスープを際立たせる芳醇な味と香り。
その新曲とも言える組み合わせのスープが、なみなみと具にかけられた瞬間に、オルエスは目眩を感じる。
「おおっ、神よ! 腹が空いてしょうがない。助けたまえ」
作ったのは二人分。他のオーダーが入れば作る予定だ。なぜか霧島に祈るオルエスを見て、霧島はふうと大きく溜息を吐いた。
ふと霧島の心にこんな思いが流れた。この人は本当に悪い人なのだろうかと。そう思うと霧島はフランカへ声を掛ける。
「冷やし中華二人前できあがり! よろしくです」
「OK、じゃあさっさと運ぶわよ」
霧島のできあがりの合図を聴いて、フランカはメイドドレスを翻しながら歩んでいく。一方皿を洗い終えたモモは後ろで料理を見ながらごくりと喉を鳴らした。
喉を鳴らしたモモに気がつき霧島は微笑むと小声で囁く。
「みんなの分は後で別に作るから、待っていてね」
「ということは。食べられるんですか。この美味を」
「うん」
霧島はモモの嬉しそうな声を聴いて頷くと、モモは嬉しそうに飛び上がる。カウンターに冷やし中華を置きながら霧島はモモに言った。
「モモ君、そろそろいいよ。市場で食材の調査をしてきても」
「いえいえ、もう少し皿洗いをやります」
首を横に振り、僅かな遠慮を見せたモモに霧島は微笑みながら
「料理人は、自分で食材を見て研究する事も大事な事だよと、と偉そうな事を言ってみました」
と、ややキザっぽい口調で言う霧島を見て、モモはくすりと笑うとお礼をする。
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えまして」
「はいよ。気をつけていってらっしゃいな」
「はい!」
モモはエプロンを外し、冷やし中華をちらりと見ると、霧島にお辞儀をして厨房から出て行く。
「さてと」
霧島が息を吐くと、フランカが冷やし中華の前へと歩んできていた。そんなフランカに霧島は、ありがとうと労いの言葉を掛ける。
「いやいや、さてと運びますか」
フランカはカウンターに置かれた二セットの冷やし中華をトレイへ乗せると、オルエス達の席へと慎重に運ぶ。運んでいる最中にフランカは冷やし中華を眺める。
「しかし、これは……おいしそうな、霧島に後で作って貰わないと」
未知なる料理を眺めてごくりと喉を鳴らすフランカ。霧島が後で作ってくれる事を知る由もないフランカは、後で注文すると心に誓う。
一方背後からはオルエスがステップを刻みながらやって来る。未知なる料理に対して心が躍ってしまう。
こんなに心が躍るのはいつ以来の事だろうかと思う。そうこれほど心が躍るのは、ある少女と遊んだ夏の記憶。
自分はこの組織に属する為に、村を出て以来その少女と会う事はなかった。そういえば、昔の自分はピュアだったなと思う。
自分はいつからこんなにひねた人間になってしまったのだろうと過去を振り返ると、そうこの組織は這い上がれば、利権関係で得をすると知った時だと思い返す。
決して褒められようがない自分の今の行動の事を思い返すと、心が冒され始める。
「……」
ふと昔を思い出し事が、オルエスの心に迷いを走らせた。そうだ。この料理を食べた後に昔の自分を少し思い出してみようと思ったのが、ここ一五年で初めての事だったかもしれない。
スキップを止めて。オルエスはエルゼンの元へ戻っていくと、席に座り生真面目な顔をする。そんな席に置かれるのは、ヒヤシチュウカという聞き慣れない料理。
オルエスはエルゼンとフランカの顔を交互に見ながら、一度目を瞑ると、心を決めて食べ始める。
深い茶褐色に沈む中華麺。その茶褐色のスープの上には油らしきものがぽつりと浮かんでいる。
ふんだんに敷き詰められた具にと麺に心が躍る。
その具材の配置が極限まで極められた素晴らしいアートだと思うと、オルエスはまずは、卵焼きを汁に漬けて食べて見た。
「ふ、ふおお――! この汁はなんだ! 見た目の色を騙す味だ! なにを使っているかしらんが、深い味わいのあるスープに、口の中に清涼感を満たすすっぱさ。そしてふんわかとした卵が舌の中で踊る!」
そう言いながらもオルエスは手を止める事ができない。フォークとスプーンで絡ませるように食べていく。麺と一緒に手をつけたのはチャーシュー。
ずるずずずずっと、麺を食べるときにでる豪快な音が鳴り響き、その音を様子を見に来た霧島が聞く。
「モグモグ……ふぉ、こ、この肉汁と僅かな油を含む肉が、口の中でほとばしるぅ――! そ、その肉に絡み合うように、複雑な線上を描く麺が、汁をつれてやってくる――!」
や、やばいなんてもんじゃないと思う。ここに金を払わないと次はどうなるんだろうと心配になる程の味だ。
コシのある麺とチャーシューが喉越しよく通り、オルエスは身震いをしてしまった。身震いついでに、急いで食べていたせいか喉が詰まり、オルエスは水差しからコップへ水を勢いよく注ぐと、カップへ口を付け、ごくごくと勢いよく水を飲み干す。
「ぷふぁあ、冷たい水が喉に染み渡る」
喉が詰まったのも束の間、オルエスの未知なる料理への探求は止まらない。次なる標的はキュウリと麺のタッグだ。きゅうりと麺をしっかりと汁に絡ませて口の中へ入れた。ずるずずずっ――っという音が出ているが、そんな事に構う余裕などない。
(や、やばい――! キュウリの瑞々しい青さが、汁と協調するように麺と絡み合い昇華していく……)
汁と絡み合う事で、いつもは大人しいキュウリがパワフルなタックルをかましてくるようだった。酢で口がへの字に曲がるが、でも砂糖の甘さや、鶏ガラスープの深いコクとごま油の甘みと香ばしい油が、その感覚を消し去っていく。
「あ、あにき……トマトも絡み合って」
(これに金を払わないと、次どうなるんだろう)
オルエスはちらりと何度か霧島を見つつ、トマトへ手をつける。しっかりと汁を絡ませ、瑞々しいトマトへと手を付けた。
「ハグ……」
トマトを口の中へ運んだ瞬間に、脳裏に過去がよみがえる。その思い出は育った村。そこで畑をしている祖父に貰ったトマト。とても甘くて、酸味があって、それを食べた自分の頭を祖父は嬉しそうに撫でてくれた。
「うう……」
そんなトマトを村に遊びに来る少女へやると、「ありがとう、これ大好き」といい、本当に嬉しそうに食べてくれた。その少女の話を祖父にすると
「また、遊びに来たときにあげようね」
と、祖父は本当に嬉しそうな顔を見せた。少女のはにかむ顔も見たかったし、祖父が喜んでくれる顔も見たかった。
でも……
なんで自分はこうなったんだと考えた。金がない。それで親はよく喧嘩し仲違いをし始めた。
親を見て、呆れる祖父だったが、こんな風にはなりたくないと思った結果が今の自分だ。
「……自分は正しかったのか……」
霧島は思い悩むオルエスに少し笑みを浮かべると、悩み始めたオルエスに言った。
「料理を食べてなにか思われる事がありましたか?」
「あ、ああ……俺って……今まで酷いことをしてたよな」
「……いえ、俺はお客様が今までなにをしてきたのかは知りません。ですが、もし心に思うところがあるとすれば今から直せばいいことだと思います。それを気づけない人もかなりいますので。自分のおかしな所に気付いた場合は、年を取っても直せな人なので俺は」
「……今から直すか……ひ、一つだけ訊いて良いか店主」
「はい」
「もし、今日わた、いや俺がお金を払わなかったらどうしてた?」
オルエスの問い掛けに霧島は少し目を細めると、霧島らしくない低音口調で言葉を返した。
「今後の入店をお断ります。職業上での寄付金はご多用かとは思いますが、私的な飲食代が払えないという風には到底見えません。違いますか?」
「だよな……じゃあ最後に、これだけは訊きたい」
オルエスは冷やし中華から目を離すと、霧島に向かって真剣な顔を向ける。そんな顔を見て、霧島はこくりと頷く。
「はい」
「俺の生まれをどこかで聴いたか? このトマトは俺の生まれた村の、いや祖父の物だ」
霧島の視界にアリスが入るが、アリスは首を横に振る。言わないでくれ。アリスの目と顔がそう訴えかけているように見えた。それを感じた霧島はオルエスに向かって言った。
「いいえ、聞いた事はございません、が、ただ、お客様を満足させるトマトがただそこにあっただけだと思います」
「ふっ……このトマトを知っているのはあの少女だけなんだけどな」
オルエスは、霧島のポーカーフェイスを見ながら笑ったが、そこで笑いを止め、霧島に願いを言った。
「少女に、あの少女に……」
「はい」
「会ったら、もう一度やり直してみると言っておいてくれ」
「承知致しました。さあ、この料理は作る事もスピード勝負ですが、食べる事もスピード勝負ですよ。なにせ時間がかかるとのびて温くなって、食べられたものじゃなくなるので」
「ま、まじか」
「はい。ではごゆっくりご堪能くださいませ」
もう深く話す事などなにもない。オルエスはこう言ったのだから、やり直すと。これ以上の言葉はいらない。霧島はそう思うと微笑み、オルエス達に深く一礼すると、厨房へと歩んでいく。厨房へ歩む最中に霧島はアリスへ目を向けると、アリスは苦い笑いを浮かべるのだった。
その背後では、霧島の言葉を聴いて、懸命に魔法の冷やし中華を食べる二人がいるのだった。
食べ終わった二人は、ルクソワールが座る勘定台へと向かう。身構えたルクソワールだが、オルエスはにっと笑うと、懐から財布を取り出してこう言った。
「幾らかなお嬢さん」
「あ、え? は、はい。お二人で16フラーヌになります」
「はい」
オルエスはエルゼンに目を移すと、エルゼンもなにも言うことがないのか、二人でお金を分け合って払う。
「あ、ありがとうございました!」
ルクソワールは、お金を受け取りおつりを払いながら感謝の言葉を述べると、オルエスはにっと笑うとエルゼンにこう言った。
「ありがとうなんて久しぶりだろ」
「……」
確かにありがとうございましたなんて久しぶりでエルゼンはかゆい感じがして、身をよじらせた。そう、最高の物を食べて、学ばされて、お礼を言われる。
嬉しい事という余韻を胸に抱きつつ、オルエス達はありがとうございました! というラ・ラファエルのスタッフに見送られ、門扉を潜るのだった。
空を見ればあの頃に似た燦々とした太陽の光が降り注いでおり、オルエスは目を細めるのだった。
――――
それ以降、オルエスとエルゼンは人が変わったかのようになり、決して寄付を求めず、王都の施設に尽力を注ぐようになったらしい。
という噂を霧島が聴いたのは、冷やし中華を出した直後の事だった。
「そう言えばあにき。どんな少女だったんですか。今なら会っても」
「いや、思い出は思い出のままだからいい事もあるんだよ。エルゼン。少女もそう思ったんじゃないかな」
「そ、そんな物ですかね」
「そんな物さ」
と将来慈愛の神父が言ったのはまた別の話だ。
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