第4話
二人は車に飛び乗り、助手席に桃、後部座席には毒島が座った。桃が、黒のバンが向かった先を指で指して、林檎に伝える。
車が、けつを火で炙られたように発進し、広い後部座席で大きく脚を広げていた毒島は、背もたれに叩きつけられる。
『なぜ、止めなかったんだ』
事情も聞かずに林檎は桃の行動を非難する。
『うるせぇな。ありゃ無理だ。俺はスプリント選手じゃないんだぞ。中学のマラソン大会では、入賞したことがあるけどよ。車を相手にするのは聞いてねぇな。』
理不尽な失敗の指摘と、後ろで、二人分の座席を偉そうに使う毒島に対して、もう一人連れてきたら四人分の座席を平等に使えただろうに。
三人用の車はないのか。と、同時多発のストレスに声が強くなる。
『ナンバープレートを調べたが、あれは盗難車だった。身代金が目的なのか。車はどこから盗ったんだ。』
娘の父親は、ウイスキーの製造販売を行う大企業の社長。裏では、殺し屋や運び屋を雇い、闇深い営業も行っているため、情報には詳しかった。
『目的は金か、もしくは恨みでもあるのか。どちらにせよ、女児を人質にするのは賢明とはいえんな。あの香水臭くて、ギラギラした母親を攫う方がよっぽどいい。』
桃が眉をひそめて言う。怒ったそぶりはあまりなく、久々に会った林檎との会話を途切れないようにし、よそよそしくなるのを嫌ったように見えた。
『あの奥さんを攫っても意味ねぇだろ。お前は、ゴミ出しの途中に、そのゴミをひったくられても死に物狂いで追いかけるのか。余計な手間が省けて好都合じゃねぇか。大事なものを取られて人は、初めて目を向けるんだよ。』
毒島は、奥さんのきつい香水のせいで、ボスからもらった、新作のバーボンの香りが悪くなっていると勝手に思い込んでいる。
『あまり悪く言うなよ。奥さんのマドレーヌは美味かっただろう。あれが食べられなくなると考えると娘の子守りをする意味がなくなるじゃないか。』
この場には、自分以外に桃と毒島しか居ないが、ボスとその奥さんの顔を伺っているように、擁護し、ハンドルの握る手を強めた。
林檎の運転は荒いように見えたが、車が揺れることはほとんどなく、瞬く間に信号を三つか四つ、潜り抜けた。
その横で桃が、黒のバンはどこに行ったか、すれ違う車を全て目視し、目標かどうかを識別していく。
一方、毒島は飲みかけの水を少し溢し、シートを濡らして嘆いていた。
『いたぞ、今そこの角を左に曲がりやがった。』
桃が林檎に、車の居た場所を指で指し、林檎はアクセルを強く踏む。高速で曲がった拍子に、水が跳ねて毒島のスーツに染みる。毒島はボトルのキャップを閉め、まってましたと言わんばかりに、右の胸ポケットから銃を取り出した。
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