第2話

桃は、どこぞの娘を探すのが自分の仕事なのか。親にはどんな仕事をしてると伝えればよいのか。行く気もない親戚の集まりに嫌気がさしながら、錆びた階段を降り、通りに出た。

めぼしいところを頭に浮かべる。桃は、頭に地図を浮かべ、印をつけるのが得意だった。

まずは、ボスの家近くの公園に足を運ぶ。鉄棒と砂場、ちりちりと剥がれたうさぎのスプリング遊具が設置されている。

この前、毒島が、老夫婦が子供の声がうるさく、敷地内にボールが入ったとクレームを入れ、ボールを使った遊びが禁止になったんだ。

と意味もないことを鼻を高くして話していた。

老い先短い老人に、子供の貴重な娯楽が奪われていることに対しても嫌気がさしたが、珍しいことではないなと、頭を切り替える。

娘どころか、人っ子一人いない簡素で、無防備な公園に背広姿の男が立ち入ることの方が、よほどクレームものだろう。と心の中で自嘲する。

ふと砂場に目をやると、日光で鈍く光る銀の指輪が目に入る。以前、娘が外すのを手こずり休日の数時間が奪われる元凶になったおもちゃの指輪だ。手に取り、これにも嫌気がさすと同時に、懲りずにまたつけていたのかとも思った。

この指輪は、死体ではないため、いつ頃からここにいたのかは定かではないが、この小さな公園を経由していることが分かった。


『お嬢ちゃん、指輪をお忘れですよー』


と長い脚を砂場の外に出し、左の胸ポケットに指輪を入れる。靴についた砂を払いながら出口に向かおうとするとき、小さな公園の中にある、さらに小さなトイレから、ニット帽に縁の太い眼鏡をした男がでてくるを目にした。

膀胱の状態によっては、そんな小さなトイレには入り切らなかったんじゃないかと心配する。

男は公園の出口付近の道端に停めていた黒いバンに乗ろうとするとき、後部座席のほうの窓に目をやると、おそらくピンクの服を着た小さな女の子がこっちに訴えている気がする。

窓が暗く外からは見えにくいが、それがボスの娘だと分かるのに時間はかからなかった。

桃はすぐさま地面を蹴り、車に近づくが、発進した車に追いつくことは到底できず、ナンバーを覚えるのが精一杯だった。

誘拐されたのか、と血の気が引くのを感じながら、ボスに知らせる前にまず、毒島に電話をした。


『娘が攫われたかもしれん。ボスの家の公園にこい。』


桃が簡潔に伝える。


『だれが知らない大人に散歩させてもらえって言った。結局、俺もかよ。知ってるか、あそこはボール遊び禁止なんだぞ、俺がガキの頃は、サッカーもできたし、夕方までいてもチャイムが鳴るだけだった。今はそんなことが流行ってんのかよ。そりゃクレームも入る。』


唸りながら腰を上げ、背広に着替えると銃を右胸に忍ばせ、ナイフを左手の腰のポケットに入れた。


『ボスは怒るだろうな。この公園も撤去されるんじゃないのか。』


別れの寂しさは特になく、冷淡に述べる。


『大人の都合で子供の娯楽が奪われるのは珍しいことじゃねぇよ。俺には関係ないな。』


寝癖のまま、まだかろうじて冷えた水のボトルを左手に持ち、靴を履く。玄関のドアを開けて、錆びた階段をよろつきながら降りるのが電話越しでも伝わった。

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